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第九話「軍改革:後編」

 統一暦一一九七年四月二十一日。

 グライフトゥルム王国王都シュヴェーレンブルク、エッフェンベルク伯爵邸。ラザファム・フォン・エッフェンベルク


 夕方、いつも通り、家族で食卓を囲んでいる。

 いつもと少し違うのは、いつになく父カルステンの機嫌がいいということだ。


 何があったのだろうとイリスと二人で顔を見合わせていると、母インゲボルクも知らないようで父に質問した。


「何かよいことでもあったのかしら? 今日はクリストフ様に呼ばれて騎士団の本部にお出かけになられたようですけど」


 クリストフ様とはクリストフ・フォン・グレーフェンベルク子爵のことだ。父と母の学院時代の一年先輩で、家も近いことから二十年来の付き合いがあり、僕もよく知っている人物だ。


 グレーフェンベルク子爵は見た目こそ文官のようだが、父と違い生粋の武人だ。

 レヒト法国との戦いでは数多くの武勲を挙げ、現在はシュヴェーレンベルク騎士団の騎士長として千人近い部下を率いていると聞いている。


「クリストフ先輩からよい話があったのだ」


 弾むような声に母が更に問う。


「どのようなことですの?」


「まだ発表はされていないが、王国軍を改革することが決まったらしい。そこで我がエッフェンベルク騎士団を改革のモデルケースとしていろいろと試したいとのことだった。そのための計画書もできていた。私のやってきたことを王国も認めてくれたのだ……」


 父はよほど嬉しかったのか、ワインを飲みながら改革について饒舌に語っていく。


「計画書を見せてもらったが、基本的な考えは私のものと同じだった。ただ完成度が非常に高い。形だけでなく、どのように進めていくかというプロセスまで詳細に詰められていた。他にも教育については目から鱗が落ちる思いだったな。騎士団長である私、隊長である騎士たち、下士官である従士たち、そして兵たちに至るまで各階層で細かな計画が練られていたのだ」


「さすがはクリストフ様ですわね」


 母がそう言うと、父は首を横に振る。


「私もそう思ったのだが、違うのだそうだ。何でも王国のある人物が叡智の守護者(ヴァイスヴァッヘ)に作成を依頼し、それを情報分析室という部署が作り上げ、宮廷魔導師を通じて騎士団に持ち込まれた。依頼した方の名はクリストフ先輩も聞いていないそうだ」


「魔導師の塔が? そのようなこともやっているのですね」


 僕がそう言うと、父は大きく頷いた。普段ならこんな話に口を挟むと怒鳴られることもあるのだが、父は笑顔を崩さなかった。


「私も驚いたよ。計画書自体は五十ページほどだが、それに百ページほどの司令官用の教本が付いていたのだ。まだざっとしか見ていないが、素晴らしい出来の教本だ。さすがは大賢者様のおられる塔だと驚きを隠せなかったほどだ」


 父の機嫌がいいことから、更に気になっていることを聞いてみた。


「いつからその計画は始まるのですか?」


「騎士団自体の改革は八月からだ。グランツフート共和国から教官を派遣してもらうから、少し先になる。だが、私は明日からだ。騎士団本部で資料作成に携わった魔導師から学ぶことになっているのだ」


 グランツフート共和国から教官を招くという話を聞き、マティアスが見せてくれた計画だと確信する。

 但し、そのことは口に出さなかった。


「では、父上は八月には領地に戻られるのですか?」


「共和国次第だが、もっと前になるだろう。受け入れ態勢を整える必要があるから、六月くらいには領地に向けて出発することになる」


 元々、父は領地と王都を頻繁に行き来している。

 ただ最近は騎士団のことで上手くいっていなかったから、王都にいる時間が長かった。


「こちらにはなかなか戻ってこられませんわね」


 母の言葉に父が頷く。


「少なくとも一年で結果を出さねばならん。王都(ここ)に戻るのは来年の夏以降だろう」


「私たちはどうなるのですか?」


 イリスが少し不安げな表情で父に聞く。


「お前たちはここに残る。このまま学院で学ぶのだ」


 イリスは安堵の表情を浮かべていた。僕も同じ思いだ。学院生活は思った以上に楽しく、更にマティアスと別れるというのが耐えがたかったのだ。


 結局、母と弟ディートリヒは父と共に領地に戻り、私とイリスはこの屋敷に残ることが決まった。


 夕食を終えた後、私の部屋にイリスがやってきた。


「お父様の話って、マティアスが言っていたことと同じ気がしたんだけど、兄様はどう思う?」


「僕も同じ意見だ。ただ、マティアスがどうやってあの計画を手に入れたかが気になるところだ」


 ラウシェンバッハ子爵は宰相府の財務官僚と聞いている。

 詳しいことはよく分からないけど、騎士団の改革に直接関係しているとは思えない。


 それに父の話では叡智の守護者(ヴァイスヴァッヘ)の魔導師が関係している。彼に伝手はないだろうし、数日前に彼がこの情報を持っていたことが気になっている。


「明日聞いてみましょう。彼のことだから関わっているかもしれないし」


「確かにあり得ないことじゃないな。何といってもマティアスなのだし」


 僕の言葉にイリスは笑いながら大きく頷いた。


 翌日の夕方、彼の家で勉強をした後、その話を切り出した。


「先日見せてくれた騎士団の改革案なんだが、あれに君は関わっているのか?」


 僕の問いにマティアスは小さく首を傾げる。


「君の父上のところに話が行ったのかな? 思ったより動きが速いな……」


 最後の方は独り言といった感じだ。僕とイリスが見つめていると、微笑みながら話を続ける。


「あれの作成に関わっているよ。もちろん全部じゃないけどね」


 予想通りの答えだが、僕の口からは否定の言葉が漏れる。


「そんなことがあり得るのか? 父上から聞いたが、叡智の守護者(ヴァイスヴァッヘ)が作ったそうじゃないか。君は魔導師(マギーア)なのか?」


「魔導師じゃないよ。それどころか魔導(マギ)は一切使えないそうだ。君たちが習っている東方系武術もだけどね」


 僕たちが学んでいるのは東方系武術の四元流という剣術で、魔導器(ローア)を使って身体強化を行う点が王国の武術と大きく異なっている。


「つまり君には魔導器(ローア)がないと……普人族(メンシュ)には必ずあるものだと聞いたんだが」


「ごく稀にいるらしいね。私としては魔導(マギ)が使いたかったんだけどね」


 僕が知っている常識では魔導器(ローア)は誰もが持つものだ。そのことに驚き、話が逸れた。


「魔導師でもないのに叡智の守護者(ヴァイスヴァッヘ)と関係がある。おかしいんじゃないか」


 そう言ったものの、僕に魔導師の塔の知識はほとんどない。ただ、おとぎ話のイメージで語っているだけだ。


「まあ、私の場合は特殊でね。治療のために魔導師の塔に四年ほど居たんだ。そのおかげで今も生きていられるんだけど、その時にいろいろと伝手ができたんだ」


「そう言えば、入学式の後に長い療養生活を送っていたと、ベックマン先生が言っていた気がするわ」


 イリスの言葉で僕も思い出した。


「そうなのか……魔導師の塔には治癒魔導師もいるから、そういうこともやっているんだな」


 僕はそれで納得したが、マティアスが苦笑いを浮かべているような気がした。


「違うのか?」


叡智の守護者(ヴァイスヴァッヘ)の魔導師が治癒師として働いているのは間違いじゃない。だけど、私の場合は偶然なんだ。ネッツァーさんという上級魔導師の方に治療をお願いしたら、運よく魔導師の塔に行く話になったという感じかな」


 それでも疑問が残る。

 彼は先月十三歳になったばかりだ。いくら知り合いがいると言っても、十歳くらいの子供に国に関わる資料を見せることはあり得ない。


 そのことを指摘すると、彼は困ったような顔をした。


「そうなんだけどね……何と言ったらいいんだろう……偶然が重なっていろんな人と知り合って、ちょっとした手伝いをするようになったからという感じなんだけどね」


「よく分からないけど、あなたが魔導師の塔と関係があることだけは分かったわ。それにいろんなことを知っているから、あなたなら大人と対等に話ができそうだし」


 イリスはマティアスが言いにくそうにしているから無理やり納得したというか、そう考えることにしたらしい。


「納得はできないが、僕もそう思うことにするよ。その上で僕にも父上が学ぶという指揮官の心得という奴を教えてくれないか。父上が興味深いと言っていたから気になっているんだ」


 無理を承知で言ってみた。僕のような子供に騎士団長である父が学ぶ内容を明かすことはできないと考えたからだ。

 しかし、マティアスはあっさりと認めてくれた。


「それなら構わない。機密に関する情報もほとんどないし、伯爵家の嫡男である君に役に立つと思うから」


「私も一緒に聞いてもいい?」


 イリスもそう言って話に加わる。


「もちろん、そのつもりだよ。王国では女騎士は珍しいけど、実力主義の帝国や共和国ではそれほど珍しい話じゃない。実際、帝国軍には女性の将軍がいるしね。王国軍の改革が進めば、君が王国騎士団初の女性団長になるかもしれないな」


 そう言ってニコリと微笑んだ。

 この国では女性が剣を持つことは比較的少ないが、魔導器(ローア)を使った肉体強化を極めれば、女性であっても男性以上の力を出せるから非現実的な話ではない。


「わ、私が!」


 驚くイリスにマティアスは大きく頷く。


「君も東方系武術を習っているんだからあり得ない話じゃないと思う。私としては危険なことはしてほしくないけど、今の歳で選択肢を狭めるようなことはしたくないから」


 こうして私たちは指揮官用の教本を使った勉強を始めることにした。


 毎日の放課後に加え、学院が休みの日曜日にも時間を見つけて、マティアスの話を聞いた。

 彼は教本を使うものの、雑談をするように会話の中で必要なことを教えてくれる。


「……指揮官に必要なことは何か。君たちが理想の騎士団長だと思う人の特徴を思いつく限り、挙げてくれるかな」


 その時僕は祖父のことを念頭に置いて考えていた。


「まずは武力かな。弱い人より強い人の方がいい。あとは頭の良さもいるな。武力だけの馬鹿にはついていきたくないからな」


「他にはないかい。イリスも思ったことがあれば言ってくれたらいいよ」


 その言葉にイリスが口を開く。


「私なら豪快な人がいいわね。細かいことばかり気にする人にはついていきたくないもの」


 妹の言葉に僕は頷いた。


「確かにそれはあるな。だとすると、公平な人というのもありだな。えこひいきする人の下にはいたくないし……あとは何だろう?」


「もう思いつかないわ」


 僕たち二人が意見を言いつくすまでマティアスはほとんど口を挟まない。


「じゃあ、まとめるよ。君たちが理想だと思う指揮官は武力があって、頭が良くて、細かいことは気にしない豪快さを持っていて、公平な人。これでいいかな」


 僕たちは顔を見合わせると同時に頷く。


「君たちの考えはいい線をいっていると思う。戦場に立った時にこんな人が隊長として前に居てくれたら安心するから」


 僕たちは再び同時に頷いた。


「でも、あくまで隊長クラスでしかない。騎士団長は目の前の戦いだけを見ていたらいいわけじゃないからね」


 僕たちは同時に首を傾げる。


「騎士団長は戦うためにいるんだろ。なら、戦場のことを一番に考えるべきじゃないのか」


「その通りだけど、騎士団長、つまり将として必要な要件がいくつか抜けているんだ。まずは目的を理解し、きちんとした目標を立てられることが重要だね。自分たちが命懸けで戦っている戦場が場違いなものだったら、全く意味のない戦いだったら、どう思う?」


「それは嫌ね。頑張って戦って、命を落としても意味がないなんて」


 イリスは心底嫌そうな顔をする。


「僕も同じだ……なるほど、確かに意味のある戦いに兵を導くのも指揮官として必要だということか……」


 こんな感じで決断力や判断力、更には部下の言葉を聞く能力などが重要だと教えてくれる。

 彼に教えてもらい、自分の考えの浅さが嫌になった。


「僕は全く駄目だね。全然分かっていない……」


「最初からすべてを分かっている人なんていないと思う。それに経験もなしに身に付くことなんてたかが知れているし。だから、これから頑張って理解していけばいいと思うよ」


 そう言って慰めてくれるが、彼の笑みを見るとますます落ち込む。


「でも、君は理解しているじゃないか。経験だってないだろうし……」


 僕の言葉に微笑みが苦笑に変わる。


「経験と言ってもいろいろあるから……こう言った話をするだけでも経験は積めると思うよ」


 なるほどと思い、それから彼といろいろと話をしていこうと思った。


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[一言] これを教える人をこれから用意しようとしているのにすでに理解している不自然さを指摘できるところまでは気が回らないw
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