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第八話「法国の動き:後編」

第八話「法国の動き:後編」


 統一暦一二〇六年七月二十三日。

 グライフトゥルム王国東部ヴィントムント市、モーリス商会本店。マティアス・フォン・ラウシェンバッハ


 商都ヴィントムント市にあるモーリス商会を訪問した際、南の大国レヒト法国の聖都レヒトシュテットから緊急の連絡が入った。


 連絡してきたのはモーリス商会のレヒト法国総支配人ロニー・トルンクで、法王アンドレアス八世が権力を掌握し、綱紀粛正を宣言したと伝えてきた。


 トルンクらレヒト法国にいるモーリス商会の関係者は、約四万人の獣人族(セリアンスロープ)を救出している。その救出の際に、私の指示もあって金に汚い聖職者や騎士団関係者を使っており、その線から彼らにも手が伸びる可能性があった。


「それは拙いですね。上手く切り抜けられそうですか?」


『その点は問題ありません。ダムマイヤー奴隷商会は二年前に地元の商会に売っていることになっています。ですから、私やモーリス商会の関係者が今も関与していると考えている者はほとんどいないでしょう。問題は娼館である“マリアンネの館”を放棄していいのかという点です。情報収集もそうですが、賭博場と連携させるつもりでいましたので』


 五年前の一二〇一年に獣人族の救出を始めた頃は、トルンクがダムマイヤー奴隷商会の商人として交渉に当たっていたが、軌道に乗り始めた一二〇三年頃から、万が一発覚した場合を考え、地元の商会に経営権を売り、資本関係を解消している。


 また、獣人の買い取りもモーリス商会のダミー会社が行い、その会社を通じてダムマイヤー奴隷商会に依頼している形だ。そのため、法国の役人が調べたとしても、モーリス商会の名前が出てくることはなく、安全は確保できているはずだ。


 娼館の方は獣人族の救出とは直接関係はないが、法国の主体でもあるトゥテラリィ教団上層部の情報収集に使っている。また、帝都で始めたカジノ経営を法国内でも行うことを考えており、その拠点とするつもりでいた。


「賭博場の建設が認められにくくなりましたから、娼館も放棄した方がいいでしょう。考えるべきは皆さんの安全です。拠点はまた作ればいいですが、皆さんを失えば取り返しがつきませんから」


 私の言葉にライナルトが賛同する。


「そう言っていただけるのであれば、娼館は売却しましょう。綱紀粛正で儲からなくなるから早めに売り払ったと言えば、決断が早いと言われている我が商会なら、誰もおかしいとは思わないでしょう。ロニー、お前は聖都支店でもう少し情報収集に当たってくれ。但し、商人として疑われない範囲でだ」


『承知しました、商会長。法王もモーリス商会を敵に回すつもりはないでしょうが、十分に気を付けます』


 モーリス商会は法国内に支店を持つ商人組合(ヘンドラーツンフト)所属の数少ない大手商会だ。


 レヒト法国は関税が高く、更に恣意的な政治を行うため、リスクが大きい割にはリターンが少ない。そのため、組合(ツンフト)所属の大手商会は法国での商売を諦め、支店を出していない。


 また、独自の通貨である“レヒトマルク”を使用していることから、貿易でも不利な状況であり、数少ない世界的な商会に逃げられることは避けたいと考えるだろう。


 通信を切った後、イリスが溜息交じりに零す。


「帝国の方が落ち着くと思ったら、今度は法国が動き出すなんて……王国内もバタバタしているし、気が抜けないわね」


「帝国と法国が同時に動かなかっただけよかったと思うことにしよう。それに動き出したと言っても法王は外征に反対だ。当面は国内に掛かりきりになるはずだ」


「そうね。でも、アンドレアス八世は有能という評価だったわ。彼に時間を与えると法国が強くなるのではなくて? 元々国力は王国より上だし、兵士の質も高いのだから危険だと思うわ」


 レヒト法国は広い国土を持ち、水資源に恵まれた農業国だ。また、国軍である聖堂騎士団は身体強化を使える常備兵で構成されており、政府が適切に統治すれば、大陸一の強国になり得るポテンシャルを持つ。


「私もそれが懸念だ。だから、反法王派の北方教会と東方教会に情報を流して、改革を妨害させないといけない」


 北方教会と東方教会はどちらも主戦派で、北方教会は我が国へ、東方教会はグランツフート共和国への侵略を考えている。


 それに対し、西方教会と南方教会は基本的には外征戦争に反対の立場で、豊かな領土を利用した交易で国力を増強し、その後に各国に攻め込むべきと主張していた。


「主戦派が暴走すると戦争になるわよ。その点はどう考えているの?」


「そこが難しいところだね。まあ、どちらも経済的に厳しいから、すぐに戦争ということにはならないと思うけど」


 そこでライナルトが話に加わってきた。


獣人族(セリアンスロープ)の救出が難しくなりますが、今後はどういたしましょうか?」


 モーリス商会が儲けにならない法国に進出したのは、獣人族の救出と情報収集という私の依頼に応えたためだ。


「当面は中断ですね。一応当初の目的はある程度達成できていますし、トルンクさんたちの安全を優先すべきですから」


 獣人族の救出は、奴隷兵の決死隊として酷使されている獣人族を氏族ごと救出することで、法国の戦力を低下させるためだ。


 現状では主要な都市に近い場所に住んでいた獣人族約四万人を救出し、法国軍の戦力低下という目的はほぼ達している。


 ちなみに我がラウシェンバッハ子爵領には三万人が入植している。二年前から入植地にできる場所が減ってきたため、残りの一万はエッフェンベルク伯爵領に入植していた。


「承知いたしました。ここ最近では、獣人族を見つける方が大変でしたので助かります」


 獣人族は森や草原に氏族ごとにコミュニティを作って住んでいるが、聖堂騎士団の奴隷狩りを嫌って森の奥深くに住むようになった氏族も多い。


 まだ、森の奥にはいるようだが、魔獣(ウンティーア)が跋扈する森の中を商人たちが進むのは危険が大きかった。


「いずれにしても、安全を最優先してください。情報収集については、“叡智の守護者(ヴァイスヴァッヘ)”の情報分析室でもできますので」


「そうですね。長距離通信の魔導具のこともありますから、何としてでもこれは守らないといけません」


 ライナルトは長距離通信の有用性を肌で感じているのでその点を強調していた。


 応接室に戻ると、ライナルトの妻マレーンとフレディとダニエルの兄弟が口論をしており、扉の外まで聞こえてきた。

 私たちが中に入ると、口論は収まったが、ライナルトが厳しい口調で問い質した。


「何があったのだ! エレン殿たちのいらっしゃるというのに!」


 その言葉にマレーンがばつの悪そうな顔で頭を下げる。


「この子たちがうちを継ぐ気がないと言い始めまして……それで少し……」


 どうやら先ほどの私の言葉で二人とも舞い上がったらしい。

 その言葉にライナルトが驚く。


「二人ともなのか……」


 飛ぶ鳥を落とす勢いのモーリス商会の跡を継ぎたくないと、二人の息子が言ったことに驚いたようだ。


「なぜなんだ?」


 ライナルトの問いにフレディが力強く答える。


「僕はマティアス様のお手伝いをしたいです。ですから、高等部の政学部にいって、文官としてお傍に仕えたいと思っています」


 フレディに続き、弟のダニエルもはっきりとした口調で話し始める。


「僕は情報分析室に入りたいです。いろいろな情報を見て、どんなことが起きているのかを調べるのは面白そうだし、マティアス様のお手伝いにもなるから」


 二人とも私のことを考えてくれているようだ。


「そうか……それなら仕方ないな。娘のどちらかが養子をとるということも……」


 ライナルトはショックを受けたようだが、私のためと言われて反対できないらしい。


「結論を出す必要はないと思いますよ」


 ライナルトに向けてそう言った後、フレディたちに視線を向ける。


「私の役に立ちたいと考えてくれたことは嬉しい。だけど、今決める必要はないよ。第一、ライナルトさんは商会長として手伝ってくれている。それも他の誰にもできないようなことを。だから、いろいろ経験して、自分がやりたいことを見つけたらいい」


「そうよ。私も彼を助けたいと思って一緒にいるけど、兄様やハルトは同じ思いだけど、騎士団にいるわ。だから、自分たちのやりたいことを見つけて、その中で手伝ってもらえると嬉しいわ」


 イリスが優しく諭すと、二人は興奮が収まったのか、小さく頷いた。


本日で書籍化作家デビュー8年となったみたいです。

ここ数年本は出していませんが、今後ともよろしくお願いいたします\(^o^)/


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