第七話「軍改革:前編」
統一暦一一九七年四月十六日。
グライフトゥルム王国王都シュヴェーレンブルク、ラウシェンバッハ子爵邸。マティアス・フォン・ラウシェンバッハ
ラザファムとイリスにエッフェンベルク騎士団改革案の説明を始めた。
「まず現状から説明するよ。エッフェンベルク騎士団は君が聞いてきた通り、騎兵三百、槍兵千二百、長弓兵千、輜重兵を含む補助兵士五百の計三千が標準だ。ここ数十年、この比率はほとんど変わっていない。攻撃の主体は長弓兵。槍兵は主に防御を担当する。騎兵は領内の見回りくらいでしか役に立っていない……」
エッフェンベルク伯爵領は王都シュヴェーレンベルクの南約百キロメートルのところにある。北側は平地で農地が広がっているが、南にはヴァイスホルン山脈があり、魔獣が絶えず侵入してくる王国でも一二を争う厳しい土地だ。
“狩人”と呼ばれる魔獣狩り専門の人たちがいるが、魔獣の数が多く広大な伯爵領のすべてをカバーしきれないため、エッフェンベルク騎士団が定期的に山に入って魔獣狩りを行っている。
山岳地帯は足場が悪いため、騎兵は機動力を生かすことができない。また、オーガやトロールといった大型の魔獣が多いため、動きが鈍い盾持ちの重装歩兵は餌食になりやすい。そのため、ロングレンジの武器、すなわち弓、それも攻撃力の高い長弓が好まれる。
魔獣の懐に入らなくても攻撃が可能な槍も有効で、エッフェンベルク騎士団は自然と長弓兵と槍兵が主力となっていた。
「……エッフェンベルク騎士団は通常の騎士団と大きく異なる点がある。それは弓兵や槍兵といった兵種ごとに部隊が編成されているということだ」
「兵種ごとに部隊を編成? 当り前じゃないのか?」
王国軍の常識を知らないラザファムがこの疑問を持つことは自然だ。
騎兵と歩兵が同じ部隊として行動すれば、騎兵は機動力を削がれ、無理に騎兵に合わせれば歩兵は疲弊してしまう。つまり、それぞれの長所を殺すことになることが、容易に想像できるからだ。
「シュヴェーレンベルク騎士団を含め、マルクトホーフェン騎士団もノルトハウゼン騎士団も配下の家ごとに隊を作る。例えば某騎士爵隊は騎兵五名、盾兵十名、槍兵十名の計二十五名で、某郷士隊は騎兵二名、槍兵五名、弓兵五名の計十二名という感じで、一つの隊でも装備や人数がバラバラなんだ……」
グライフトゥルム王国は封建国家であり、家単位で部隊を構成することが多い。
大規模な軍事行動でもその部隊ごとで戦闘に突入することもある。
但し、フェアラート会戦を除けば、ここ数十年のグライフトゥルム王国軍の戦闘はレヒト法国との国境にあるヴェストエッケという城塞都市での防衛戦であるため、ヴェストエッケに到着してから兵種ごとに統合することが多い。
兵種ごとに統合するなら問題なさそうに思えるが、部隊の最小単位が家単位になるから隊ごとに人数も装備も異なるし、部隊によって戦い方も微妙に違うから単に人数を集めただけとなってしまう。
「それがうちの騎士団だと違うというのか。なぜなんだろう?」
「まず、エッフェンベルク伯爵家には領地持ちの家臣がほとんどいない。家宰である男爵家と古参の騎士爵三家だけが独自の領地を持っていて、他の騎士爵はすべて俸禄が与えられているだけだ」
エッフェンベルク伯爵家はグライフトゥルム王国貴族の中でも特殊で、領地の九割以上を伯爵家本体が有している。他の貴族であれば、寄り親である侯爵家や伯爵家が直轄するのは五割程度でしかない。
「そうなのか……知らなかった……」
ラザファムが絶句する。
「どうしてうちだけ違うの? 理由があるんでしょ?」
イリスの質問に小さく頷いてから答える。
「エッフェンベルク伯爵領の特殊性が理由だね。伯爵領は南にあるヴァイスホルン山脈から絶えず魔獣が侵入してくる危険な土地だ。それも少人数では対応が難しい大型の魔獣が多い」
ヴァイスホルン山脈はグライフトゥルム王国とレヒト法国の国境に当たる大山脈であり、魔獣を生み出す魔素溜まりが多く存在する。
オーガやトロールなどの鬼系の大型魔獣だけでなく、災害級と呼ばれ、身長十メートルを超える単眼巨人、いわゆるサイクロプスまで現れる危険な土地だ。
「そうね。でも、それが理由につながらないわ」
イリスが可愛く首を傾げている。
「通常、騎士爵家の規模で常備できる兵力は精々十人程度なんだ。鍛えられていたとしてもオーガクラスの大型の魔獣に対抗するには少なすぎる。領民を徴集したとしても大型の魔獣相手に訓練が行き届かない兵士は役に立たない。しかし、騎士爵とはいえ、領主がいる場合には自領の戦力で対応することが求められる。そのために領地が与えられているのだからね」
封建主義では王家への税の上納や兵役の義務はあるものの、徴税を含め、領地の経営は領主が行う。その中には自領の防衛も入っており、他国からの侵略や大規模な魔獣の大氾濫、いわゆるスタンピードのような場合を除き、自分の領地は自分で守ることになる。
しかし、騎士爵領は精々五百人程度の村であることが多く、軍備の増強は予算的に厳しい。また、魔獣を狩れる状態でも家臣や徴兵した兵士、すなわち民を失うリスクがあり、自分の領地に影響がなければ戦いを避けることが多い。
その結果、見逃した魔獣が近隣の村に向かうことになる。領主である騎士爵はそれでいいかもしれないが、魔獣が向かった先の騎士爵領の規模によっては大きな被害が出る。つまり、寄り親である侯爵や伯爵にとっては何の解決にもなっていないのだ。
もちろん近隣のことを考える領主もいる。その場合、寄り親に支援を要請することになるが、それが常態化するのなら寄り親の領地にして対応した方が効率的だ。
また、エッフェンベルクから南に百キロメートルほどの場所にあるツヴェルクホルンという町には、希少金属を産出する鉱山と精錬工場、それらを使った金属製品の工房などがあり、街道の確保は非常に重要だ。
そのため、街道沿いの魔物を掃討する作戦が頻繁に行われているが、討伐を行う度に毎回いくつもの領主軍を招集するのは非効率的だ。
エッフェンベルク伯爵領には約十万人の住民がいるから税収は多いし、志願する兵士の数も多い。それならば金は掛かるが、いつでも動かせる常備兵が定期的に魔獣狩りをする方が効率的で安全だ。
こうした理由から、エッフェンベルク伯爵領では騎士爵たちに領地を与えず、伯爵家が一括管理し、代官を派遣している。
「……伯爵家が一括で騎士団を管理しているから、最も管理がしやすく効率的な編成となる。つまり兵種ごとに部隊を編成し、それを十人単位で班、それが十個集まって隊としているんだ。その班の長が従士であり、隊の長が騎士だ」
そこでラザファムが疑問を口にした。
「それって帝国軍の編成に似ている気がするんだが、何が違うんだ?」
「いいところに気づいたね」
そう言って褒めた後、彼の疑問に答えていく。
「帝国軍の部隊の最小単位は二十人からなる小隊だ。まあ、小隊の下に分隊や班はあるけど、それは管理上の話に過ぎない……」
ちなみに分隊は十名、班は五名。分隊の長は従士が、班の長はベテランの兵士がなる。但し、分隊や班の単位で行動することはほとんどなく、歩哨に立ったり、食事を受け取ったりと管理を容易にするためのものだ。
「……話を戻すと、小隊が五個集まって中隊になり、更にそれが五個集まって大隊、大隊が五個集まって連隊となる。帝国軍の輜重兵は独立しているから、一個連隊二千五百名はエッフェンベルク騎士団の実戦部隊とほぼ同じ数になるんだ……」
ラザファムとイリスは先を促すように頷く。
「……連隊長は五人の大隊長に命令すれば済むし、大隊長も五人の中隊長に命令すればいい。一方エッフェンベルク騎士団は騎士団長が二十五人の隊長に命令を出さなくてはならないんだ。ひと塊になって戦える防衛戦なら、これでも問題は少ないんだろうけど、それぞれが離れた場所で展開するような野戦では命令が行き届きにくい」
私の説明にラザファムが頷いた。
「何となく分かった気がする。二十五の隊にそれぞれ役目を与えて動かすのは大変そうだ」
「その通りだね。でも、帝国式の編成にするだけじゃ駄目なんだ」
「何が駄目なの? それぞれの隊長が五人の部下に命令を伝えていくだけなんだから、楽だと思うんだけど」
イリスが疑問を口にする。
「確かに連隊長以下の隊長たち全員が命令の意味を正しく理解していれば、問題は起きない。でも、誰か一人でも間違って受け取ったら大変なことになる」
「分からないな? 命令に従っていればいいだけだろ? 間違えようはないと思うんだが」
ラザファムが首を傾げる。
「例えば、連隊長がA大隊長に“左翼の防衛陣地に敵を引き付けておけ”と命じたとする。A大隊長はそれを理解した上で部下のB中隊長に“敵陣地の正面を派手に攻撃しろ”と命じる。この時、B中隊長が目的を理解していないとどうなると思う?」
ラザファムは考えながらゆっくりとした口調で答えていく。
「派手に攻撃か……だとすると強引な攻撃を命じるかもしれないな……それで全滅……そうなると敵を引き付けるという本来の目的を果たせなくなる……こんな感じかな」
私は彼の理解力に驚きながらも笑顔で頷く。
「その通り。大隊長がきちんと伝えなかったことが問題だけど、作戦の目的を理解していれば、大隊長の命令を聞いても、見た目だけ派手に攻撃すればいいと分かるはずだ」
「なるほど……」
ラザファムが納得したように頷く。
「一方、エッフェンベルク騎士団のように騎士団長が隊長に直接命令し、隊長たちは従うだけでいいなら間違いは起きようがない。つまり、帝国式の組織は指揮官の能力が一定水準以上にあることが前提なんだ」
自分で言っておいてなんだが、例としてはあまり適切ではない。騎士団長が有能で二十五もの部隊に適切な命令を出すことができ、かつ二十五人の隊長たちがいずれも騎士団長の命令を確実にこなすだけの能力を持っていないと成立しないからだ。
「ということは、お爺様の時代の騎士団は、それができていたから強かったということなのか?」
「そうだね。君たちのお爺様、エグモント卿は優秀な指揮官であったし、長く騎士団長を務めていただけあって、部下である騎士たちのことをしっかりと理解していた。恐らくだけど、エグモント卿は部下によって命令を変えていたんだと思う」
「どうして父様は改革しようなんて考えたのかしら?」
イリスの疑問はもっともなことだ。
「君たちの父上、カルステン卿は自信がなかったんだと思う。エグモント卿は先代の国王陛下も高く評価されていたほどの武人だったけど、カルステン卿は元々文官だし、二人の兄が急逝した関係でエグモント卿の下で経験を積む時間があまりなかったからね。だから、自分が細かく命令しなくても動けるシステムに変えたかったんじゃないかと思うんだ」
カルステンは八年ほど前に兄二人が相次いで他界し急遽嫡男になった。また、父であるエグモントは三年前に亡くなっているが、亡くなる一年以上前から臥せっていた。そのため、僅か四年で名門エッフェンベルク騎士団を継ぐことになったのだ。
「何となく分かってきたよ」
ラザファムは状況が分かってきたのか、疲れたような笑みを浮かべていた。
私は彼の言葉に頷き、更に説明を続けた。
「帝国式の編成はそれぞれの階級の者がしっかりと自分の役目を理解していないと成立しないんだ。まして、今まで命令に従っているだけでよかった者が、いきなり大隊長として命令する側に回っても明確な指示を出せるわけがない。当然、その人の下に付く中隊長や小隊長も曖昧な命令に対応できる教育を受けていないのだから、上手くいくはずがない」
ラザファムが頷く。
「単に真似るだけじゃ駄目だということだな」
「そうだね。でも、それだけじゃないんだ。少し前置きが長くなったけど、この紙を見てもらえるかな」
そう言って用意しておいたメモを見せ、私の計画を説明していく。
その計画とは王国軍改革の素案で、フェアラートでの大敗北を受けて自主的に作成したものだ。
十分ほどで説明を終えると、ラザファムとイリスは茫然としていた。
「これは君が考えたことなのか……」
「どうしたらこんなことが考えられるの……」
誰が作ったかという点は誤魔化す。
「それはともかく、一つ一つの話は理解できるだろう。あとはやるべきことに対して、障害になりそうな要因を思いつく限り挙げていく。それをどうやったら潰せるかを一つ一つ考えていけばいい。そして、その策を計画案に落とし込めば、こんな感じで出来上がるはずだよ」
一人でブレーンストーミングをやって、要因分析と対策の立案、スケジューリングなどをやったが、日本である程度情報分析やコンサルティングの仕事に携わっていた者なら、それほど難しいことではない。もっとも専門的な部分では粗が目立つが。
「とりあえず、この話は伯爵にはしない方がいい」
「そうだな。僕がこんな話をしても父上は信じないだろうし……」
ラザファムの言葉にイリスが相槌を打つ。
「そうね。私たちのような子供が考えられることじゃないわ」
「まあ近いうちに何か動きがあるかもしれないけど……」
二人には聞こえない程度の小声でそう呟いた。
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