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第二十三話「ガス抜き:前編」

 統一暦一二〇六年三月十六日。

 ゾルダート帝国帝都ヘルシャーホルスト、白狼宮内。軍務尚書シルヴィオ・バルツァー


 マクシミリアン殿下が帝都内の治安維持活動を皇帝陛下に申し出られてから二日が経った。


 その間にも帝都では不穏な噂が飛び交い、私の耳にも第二、第三軍団の兵士が蜂起するのではないかという話が聞こえてくる。

 帝都の民たちもその空気を感じ取り、商業活動が落ち込んでいるらしい。


 日が落ちた頃、内務尚書のヴァルデマール・シュテヒェルト殿から、兵士たちの不満が更に高まり、今日にも暴動に発展しそうだという話を聞かされた。


「大声で叫んでいた兵士が減っているようです。その代わりに仲間同士、小声で話し合う姿が多く見られると報告を受けました」


 シュテヒェルト殿はいつもの飄々とした表情ではなく、憂いを感じさせる表情でそう言った。


「では、もうどうにもならないところまで来ているということか……」


 私の独り言めいた呟きにシュテヒェルト殿は頷く。


「そうですね。というより、マクシミリアン殿下がそう持っていったようです」


 シュテヒェルト殿が驚くべき情報を口にした。

 内乱を誘発させずに収めろというのが、皇帝コルネリウス二世陛下の命令だったはずだ。


「どういうことかな? 陛下は治安維持のための活動はお認めになられたが、内乱を誘発させるようなことは認めておられぬと思うが?」


「そうですね。ですが、大胆な策を用いよと、陛下はお命じになられました。殿下はそのお言葉通りにギリギリの線を狙って、ゴットフリート殿下を支持する者たちを焚きつけているようです」


 確かに陛下のお言葉はそうだったが、内乱に発展させずに収められるのかと疑問持つ。


「大丈夫なのか? 情報操作で兵士たちを制御できるかもしれんが、元老たちは一筋縄ではいかない。彼らが動けば、思わぬ方向に発展しかねんが?」


「はい、その点は問題ありません。元老たちは前回のことで慎重になっていますから、フェーゲライン殿を始め、誰も動いていません。それに私の方でしっかり監視していますから、動こうとしたところで排除できます。今回動いているのは、テーリヒェン元帥だけです。彼はあんな性格ですから、殿下の策に簡単に引っかかったようですね」


 枢密院議員の元内務尚書、ハンス・ヨアヒム・フェーゲラインは、扱いにくいマクシミリアン殿下ではなく、政治的な才能に乏しいゴットフリート殿下を推していた。


 しかし、リヒトロット皇国攻略作戦の失敗と第三軍団の大敗北を受け、ゴットフリート殿下を支持することをやめている。


 シュテヒェルト殿から聞いた話では、この状況から逆転することは難しく、陛下とマクシミリアン殿下をこれ以上刺激することは、自分たちの首を絞めるだけだと言っているらしい。


 ザムエル・テーリヒェンは第三軍団の敗北に責任を感じ、マクシミリアン殿下とシュテヒェルト殿の策によって、ゴットフリート殿下を助けなければならないと思い込んでいた。だから切っ掛けさえあれば、容易く動くと見ている。


「卿はここにいてもいいのか? 諜報局を使っているのだろう?」


 そう聞いたものの、シュテヒェルト殿に抜かりがあるとは思っていない。


「諜報局は監視だけで充分ですし、私が動く余地もありません。マクシミリアン殿下とマウラー元帥が、蜂起した兵を暴発させずに鎮めるのを待つだけですから」


 既にそこまで準備が整っているということだと納得する。

 しかし、不安が完全に解消されたわけではない。


 私が沈黙していると、シュテヒェルト殿が話題を変えてきた。


「マクシミリアン殿下が信用できませんか?」


「難しい質問だな」


 正直な思いを口にする。

 マクシミリアン殿下が皇位を狙っておられることは周知の事実だし、彼が簒奪というリスクの高い方法を採らないだろうということも理解している。


 しかし、マクシミリアン殿下は私やコルネリウス二世陛下とはどこか違う。

 行き過ぎた合理主義者であり、常識に囚われる私では理解できないところが多すぎる。


 殿下が帝国に不利益をもたらさないことは分かっているが、どのように動くのか、いまいち読めないところが不安を掻き立てるのだ。


「今回に限って言えば、殿下を信じてもいいと思いますよ。バルツァー殿が釘を刺してくださいましたから」


「そうならいいのだが……」


 そんな話をしていると、諜報局の職員がやってきた。そして、シュテヒェルト殿に報告する。


「第二軍団と第三軍団の兵士の一部が騒ぎ始めました。今は商業地区の辺りで“ゴットフリート殿下を解放しろ”と気炎を上げているだけですが、皇宮に向かうことは時間の問題です」


「引き続き監視を。それから第一軍団の状況も適宜知らせてほしい」


 私がいるからマクシミリアン殿下の動きも知らせろと命じたようだ。


「了解しました」


 そう言って職員は下がっていく。


「始まったか……」


 私がそう呟くと、シュテヒェルト殿も頷いている。


「マクシミリアン殿下のお手並みを拝見しますか」


 私と異なり、彼の表情はいつも通り明るかった。


■■■


 統一暦一二〇六年三月十六日。

 ゾルダート帝国帝都ヘルシャーホルスト、白狼宮城門前。マクシミリアン・クルーガー元帥


 夕方になり、第二軍団と第三軍団の兵士の一部が酒場で騒ぎ出したという報告がきた。


「商業地区の酒場で大声を上げる兵士たちの姿を見かけました。最初は賭博場で大儲けした者が騒いでいるのかと思いましたが、“ゴットフリート殿下をお助けしろ!”と叫ぶ者が現れ、多くの兵士が同調したようです」


 私の仕込みが上手くいったようだ。


「分かった。引き続き、監視を続けろ」


 新しくできた賭博場、“幸運の館(ハオスデスグリュック)”で大儲けした兵士が、商業地区の酒場に流れることは調べてあった。


 魔導師の塔、“真理の探究者(ヴァールズーハー)”の下部組織、“真実の番人(ヴァールヴェヒター)”の隠密を送り込み、そんな大儲けした兵士になりすませて、兵士たちに酒を奢り、兄ゴットフリートを助け出せと騒がせたのだ。


 “真実の番人(ヴァールヴェヒター)の隠密は、十月に軟禁を解かれた後、軍の予算を使って大幅に増やしている。以前は枢密院の反対があったが、元老たちも情報操作で第三軍団が敗れたことを重く見ており、すんなりと認められた。


 兵士たちだが、第三軍団は二月中旬、第二軍団は二月下旬に帝都に戻ってきたばかりだ。第三軍団は二年以上、第二軍団でも一年半近く、帝都を離れていた。


 連隊単位で帝都や故郷に何度か返していたが、それでもこれだけ長期の遠征の後ということで、兵士の多くが休暇中だ。


 しかし、長期にわたる遠征であったにもかかわらず、得ることもなく帰還したことに、兵士たちの多くが忸怩たる思いを抱いている。


 更に第二軍団も第三軍団も兄ゴットフリートを崇拝している兵が多く、今回の解任に納得していない者がほとんどだ。


 そんな状況で酒を奢られ、不平を口にした者が出たら必ず同調する。もちろん、最初から多くの兵士が同調するわけではないが、一部の者が騒ぎ始め、誰も注意しなければ、酒の勢いも手伝って、行動を起こそうとする者が出てくる。


 あとは適度に煽って皇宮に向かわせればいい。

 計画的な蜂起なら武器を持ち出すだろうが、勢いに任せた行動なので武装しておらず、想定外のことが起きても対処は難しくない。


 もちろん、私の兵になるのだから殺すつもりはない。

 今回の目的は一度暴発させた後、私が彼らの前に出て謝罪することで、ガス抜きを行うことだ。


 忌々しいことだが、ラウシェンバッハの策略によって、私に対する兵士たちの感情は最悪な状態だ。それを完全に払拭することは難しいが、緩和するために彼らが行動を起こし、私が謝罪したという事実を作る。


 その話を聞けば、根が単純な兵士たちは私が悔いていると思い、ある程度態度を軟化させると思っている。


 これで駄目なら、別の手を考えるが、今は兵士たちの鬱憤を少しでも晴らし、コントロールできる範囲に持っていくことが重要だと考えている。


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本作品の設定集です。
エンデラント記設定集
― 新着の感想 ―
[一言] マクシミリアンのチート像がどんどん大きくなってるような。 主人公とのバランスが必要なんだろうけど帝国内では防諜関係の中核になる諜報局は監視者にして世論工作をする力が個別にあるとなればいろん…
感想一覧
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