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第二十一話「ライナルトとの協議」

 統一暦一二〇五年七月三日。

 グライフトゥルム王国南部ラウシェンバッハ子爵領、領都ラウシェンバッハ。マティアス・フォン・ラウシェンバッハ


 昨日、叡智の守護者(ヴァイスヴァッヘ)の情報分析室からゾルダード帝国のゴットフリート皇子が皇都攻略作戦を開始したという情報が入った。


 イリスたちと協議し、ゴットフリート皇子の戦略の方向性が何となく見えたことから、リヒトロット皇国に対し、警告を行うべく、長距離通信の魔導具があるヴィントムント市に向かう。


 ここラウシェンバッハとヴィントムントは約百キロメートル離れているが、エンテ河で結ばれているため、船を使って下流にあるヴィントムントに向かう場合は、一日あれば到着できる。


 船は定期船もあるが、今回は緊急ということで領主の権限で小型船を一隻徴用した。

 乗り込むのは私の他にイリスと護衛のカルラ、ユーダ、三人の(シャッテン)(シュヴァルツェ)(ベスティエン)猟兵団(イエーガートルッペ)五名だ。


 当初は黒獣猟兵団を連れていくつもりはなかったが、昨晩どこからか聞きつけてきた狼人(ヴォルフ)族のエレン・ヴォルフがどうしても同行させてくれと懇願してきた。


「我々黒獣猟兵団はマティアスをお守りすることが任務です。同行を許可いただけないでしょうか!」


 そう言って大きく頭を下げる。


「今回はヴィントムントに行くだけだから危険はないよ。カルラさんたち(シャッテン)が五人もいるんだから。それに小型船で川を下っていくつもりだから少人数に絞るつもりだし」


「しかし、それでは我々はどうしたら……」


 泣きそうな顔で私を見ている。

 彼らに同情的なイリスが会話に加わってきた。


「連れていってあげたら? こういったことも経験になるのだし」


「経験と言ってもヴィントムントに行くだけだよ。ヴィントムントには一ヶ月くらい前に一緒に行っているんだし、あまり意味がないと思うけど」


「そう言う意味じゃなくて、少人数での護衛の経験を積ませてはと思ったのよ。カルラたちは目立たないように護衛してくれるけど、エレンたちのような明らかに護衛と分かる兵がいた方が守りやすいこともあるわ」


 言わんとすることは理解できるが、あまり意味がない気がしていた。


「私もイリス様に賛成です。ラウシェンバッハ子爵家の家臣で武官という身分の者がいた方が、面倒が少ないこともございますので」


 カルラとユーダはラウシェンバッハ家の使用人という扱いだ。ユーダは執事であるため、平民に対してある程度強く出てもおかしくないが、カルラはメイド姿でいることが多く、他の(シャッテン)も目立たない格好をしており、権威が備わっているとは言い難い。


 一方、エレンたちは正式に守備隊の兵士として採用され、エレンは五十名の部隊長ということで騎士並みの権威がある。王国の役人に対して権限があるわけではないが、一定の影響力は行使できるはずで、そのことをカルラは指摘したのだ。


「そうですね。では、人選はイリスに任せるよ」


「分かったわ。人数は……五人くらいでいいわね。本来なら特別チームを編成すべきだけど、緊急だからエレンたちのチームにするわ。街中での護衛向きとは言い難いけど、連携に問題はないし、スタミナもあるから伝令としても使えるから」


 彼女の言葉にエレンが大きく頭を下げた。


「ありがとうございます!」


 他の猟兵団員に羨ましがられたようだが、イリスの決定ということで問題は起きなかったらしい。


 夜明け前に船に乗り込み、すぐに出発した。

 初夏だが、川の上は涼しく気持ちがいい。正確な速度は分からないが、スマートな船体で、結構なスピードが出ている。


 それでもエンテ河の流れはそれほど強くないため、ヴィントムント市に到着したのは日が大きく傾き、空がオレンジ色に染まり始めた午後六時頃。

 すぐに町に入り、モーリス商会の本店に向かった。


 既に昨日伝令としてやってきた(シャッテン)が商会長のライナルトに連絡していたため、すぐに中に通される。


「お待ちしておりました」


 柔らかい笑みで出迎えられるが、帝国軍が動いたと知っているため、やや緊張気味だ。

 応接室に向かいながら、ライナルトが状況を説明してくれた。


「王都のマルティン・ネッツァー上級魔導師殿には昨日のうちに連絡済みです。グレーフェンベルク伯爵閣下にも昨日のうちに話をしていると聞いております。閣下は午後七時頃にネッツァー殿の屋敷に入られるそうです。また、エーデルシュタインでは我が商会の支店長が魔導具の前で待機しております」


 ライナルトは四月中旬に帝都ヘルシャーホルストに行き、私への帝国士官学校勧誘について内務尚書であるヴァルデマール・シュテヒェルトに抗議を行った後、五月末にヴィントムントに戻っていた。


 本来なら七月に入ったところで再び帝国に向かう予定だったが、帝国軍が動いたことから、ヴィントムント市に留まっていたのだ。


「情報の提供、ありがとうございました。エーデルシュタイン支店の方々にも私が感謝していたとお伝えください」


 そう言って頭を軽く下げるが、すぐに本題に入る。


「グレーフェンベルク閣下との話し合いの前に、ライナルトさんに確認しておきたいことがあります」


「何でしょうか?」


「ここから急いで皇都リヒトロットに向かうとして、到着はいつになるでしょうか?」


「この時期でしたら、海路とグリューン河を使えば半月程度ですね。陸路を使うのであれば、一ヶ月半はみていただかないと難しいと思います」


 ヴィントムントからリヒトロットまでは船を使うと、グリューン河の河口までが約六百キロ、河口から皇都までが約四百キロの計約千キロメートル。陸路は北公路(ノルトシュトラーセ)を使い、約七百キロメートルの移動距離となる。

 陸路は国境を越える際の偽装が必要となるため、その分余計に時間が掛かる。


「最も早く出発できるのはいつでしょうか?」


「船であれば、明日の夕方には出港できます。幸い、皇都向けの物資の輸送の仕事が入っていましたので」


「それでもギリギリのタイミングですね……」


 帝国軍がエーデルシュタインを出発したのは七月一日。エーデルシュタインから目的地と目されるナブリュック市までは約五百キロメートルある。帝国軍の進軍速度は平均して一日当たり二十五キロ程度であるため、順調にいけば七月二十日頃に到着する。


 海路とグリューン河を使うルートの場合、文字通り風任せになるため、ライナルトの言っている半月という数字にはプラスマイナス二日程度の誤差は充分に考えられる。


 また、王都シュヴェーレンブルクからここヴィントムントは約二百五十キロメートル離れており、最速の輸送手段を使ったとしても二日は掛かる。


「ということは、王国政府からの正式な文書を渡すことは難しいですね……エーデルシュタインから王国軍情報部の情報として渡すしかないか……」


 本来なら国王は無理でも宰相かグレーフェンベルク伯爵辺りから、リヒトロット皇国政府に対して正式に警告した方が、信憑性があってよかったのだが、それは難しそうだと諦める。


 幸いエーデルシュタインに配置している(シャッテン)は王国軍が雇ったことになっているため、情報部が予め与えられた命令に従って情報を提供したとしてもおかしな話ではない。


 但し、権威主義が幅を利かせている皇国では一介の情報部員の話をどこまで信じるか疑問はあった。


「明日、私も皇都に向かいましょう。幸い、王国の大使とも面識はありますし、皇国の高官にもパイプはあります。私が独自に入手した情報を売りにいったということにすれば、ある程度は信じてもらえるでしょうから」


 ライナルトは王国政府の委託で皇国に対して物資の輸送を行っており、皇都でも顔が広い。


「そうしていただけると助かります」


 その後、グレーフェンベルク伯爵と協議するため、長距離通信の魔導具のある部屋に向かった。


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