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第十六話「フェアラート会戦:その四」

 統一暦一一九六年九月十七日。

 リヒトロット皇国西部フェアラート城外西。ゲルハルト・ケンプフェルト将軍


 グライフトゥルム王国軍本隊が奇襲を受けたという情報が届いた後、俺はすぐに城壁への攻撃をやめさせ、撤退の準備を命じた。


 しかし、ゾルダート帝国軍の動きは予想以上に早く、こちらの準備が終わる前に二万近い数の敵兵が現れる。


 更に悪いことに敵の半数以上が騎兵だ。一方こちらは渡河の後にフェアラート攻略という流れであったため、指揮官以外、馬は置いてきている。そのため、兵数ではそれほど変わらないものの、機動力の点で大きく劣っていた。


「密集陣形に変えつつ、西に移動する! だが焦るな! 不用意に動けば敵に付け入る隙を与えることになるからな!」


 帝国軍が現れた時、一・五キロメートルの城壁に沿うように展開しており、敵が現れた南側が手薄だった。更に縦に長い陣形であり、側面から攻撃を受けると分断される恐れもあった。


 唯一の利点は北門を攻撃していた部隊が、徐々に合流していることだ。

 グライフトゥルム王国軍が攻撃を受けたとの連絡を受け、いち早くこちらに合流しようとしているのだ。


「北門の別動隊が合流すればこちらの方が数的に有利なんだからな! 側面もあまり気にするな! 敵が分断しようとしてきたら、逆に包囲して殲滅すればよい! だから俺の命令に従って慎重に動いてくれ!」


 包囲殲滅と言ったが、実際にできるとは思っていない。確かに数的には優っているが、陣形が歪すぎて敵を包囲することなど不可能だからだ。しかし、こうでも言っておかないと、兵士たちが不安に苛まれ、実力を発揮できなくなってしまう。


「敵が前進してきました!」


 副官の声を受け、南に視線を向ける。

 七百メートルほど離れており、馬上からでも全体が把握しきれないが、敵が動いていることだけは分かった。


「前衛は後退しつつ、敵を受け止めよ! 後衛は急いで前衛の支援に向かえ!」


 五百メートルほど離れた場所で戦闘が始まった。

 敵将ローデリヒ・マウラー元帥は歩兵をゆっくりと前進させた上でこちらを拘束し、その状態で騎兵を投入してきた。


 王国軍を破った勢いのまま攻めてきてくれた方が対応しようがあったが、堅実な作戦ではこちらも常識的な手しか打てない。


「敵の騎兵部隊の一部が西に回りました! 数は五百から六百!」


 嫌らしいことにこちらの弱点を突こうと別動隊を出してきたようだ。


「予備部隊を回せ! その他は正面の敵本隊に集中せよ!」


 別動隊に過剰に反応すると、正面の本隊に対する注意が散漫となり、混乱が生じてしまう。特に本陣が直接攻撃を受けるような場合、指揮命令系統が一時的に麻痺するため、前線に対する支援が疎かになる可能性が高い。


 しかし、敵の別動隊の動きは予想以上に早かった。

 予備の歩兵大隊を展開させようとしたが、それをすり抜けるようにしてこちらに向かってくる。弓兵がいればよかったのだが、城壁への攻撃のために東側に集中しており、味方が邪魔になって攻撃できないのだ。


「て、敵が突入してきます!」


 副官の悲鳴に近い声が響く。


「敵は僅か五百! 冷静に迎え撃てば大した問題にはならん!」


 そう一喝した後、俺の直属部隊に命令を出す。


「敵を食い止めるぞ! 俺に続け!」


 本来将軍である俺が前線で戦う必要はないが、このままでは陣形深くに食い込まれ、大混乱に陥る可能性が高い。


「ゴットフリート・クルーガー、推参! 死にたい奴は掛かってこい!」


 先頭を走る騎兵が大声で叫んだ。驚いたことに皇帝の長男、ゴットフリート皇子が指揮する部隊のようだ。


「生かして返すな! 奴を倒せば、帝国の威信を大きく傷つけることができる! 掛かれ!」


 この時、俺は指揮官としての冷静さを欠いていた。

 第一皇子という大物が飛び込んできたことで、この劣勢を跳ね返すことができるのではないかと考えてしまったのだ。


 それを読まれたのか、ゴットフリート皇子は本陣の手前で北に方向転換した。そして、俺の目の前をあざ笑うかのように通り過ぎ、南に移動している後方部隊に突入していった。


 俺は不味いと思った。しかし、打つ手はなく、大声で部下を叱咤することしかできなかった。


「敵は少数だ! 正面から当たってはこないぞ! やり過ごして横から敵を削っていけ!」


 それでも後方に大きな混乱が起きた。そして、その混乱は帝国軍本隊と戦っている前衛にも伝搬する。


(ゴットフリート皇子一人にしてやられたか……)


 そんな思いが沸き上がるが、我が軍の混乱は収拾がつかないところまできていた。

 ここに至っては全滅を防ぐことしかやりようがないと腹を括る。


「後衛部隊は西に転進! 渡河地点に全力で向かえ! 前衛はその場を死守せよ! 中央部隊は俺に続け! 帝国軍に一泡吹かせてやるのだ!」


 俺は馬から降りて愛用の大剣を抜き、帝国軍との前線に身を投じた。



■■■


 統一暦一一九六年九月十七日。

 リヒトロット皇国西部フェアラート城外西。ローデリヒ・マウラー元帥


 ゴットフリート皇子の大胆な策により、グランツフート共和国軍との戦いも我が軍の勝利に終わりそうだと思った。

 しかし、突然共和国軍の動きが良くなる。


「敵将ケンプフェルトが前線に出てきたようです!」


 その言葉に前線が見える位置まで進んだ。そして、驚くべき光景に思わず視線が釘付けになる。


 ケンプフェルトは一・五メートルほどの大剣を振り回し、帝国兵を文字通りなぎ倒していた。そのひと振りで我が軍の兵士が五人ほど吹き飛んでいく。これは比喩ではなく、文字通り数メートル吹き飛ばされていたのだ。


(ケンプフェルト将軍は四元流の達人であったな。それにしても凄いものだ。一騎当千とはあの者のことをいうのであろうな……)


 そう考えるものの、敵将の奮闘を賞賛するわけにもいかない。

 このままでは不味いと考え、命令を出した。


「ケンプフェルト将軍とは距離を取れ! 周りの兵から討ち取っていけばよい!」


 しかし、一度敵に移った主導権は容易には取り戻せなかった。

 ケンプフェルトだけでなく、その側近たちも東方系武術の達人らしく、あの一団が動くと、前線が大きく抉られてしまうのだ。


 そして、その人外の活躍に我が軍の兵士たちが恐怖を感じつつあり、動きが目に見えて悪くなっていく。


「テーリヒェン将軍に伝令。側面から突撃し、敵を分断せよ!」


 ザムエル・テーリヒェンはいわゆる猛将タイプで、大局を見る能力はさほどでもないが、このような場合には大いに力を発揮する。

 それでも命令が実行されるまでの時間で共和国軍は立ち直っていた。


 テーリヒェンの師団が側面に回ろうとしたところ、ケンプフェルト率いる共和国軍の前衛部隊はそのできた隙間に強引に突入してきたのだ。


 もし先頭にケンプフェルトがいなければ、成功しなかっただろうが、鬼神を思わせる彼とその側近たちの戦いぶりに、我が軍の兵士たちが委縮してしまい、前線は大きく削られてしまう。


 テーリヒェンの師団が側面から攻撃し始めると、ケンプフェルト隊も足を止めるが、テーリヒェンたちも壁にぶつかったように機動力を発揮できなくなる。

 その間に敵後方の部隊が次々と西に脱出していった。


 ゴットフリート皇子の騎兵大隊が敵の脱出を妨害するが、さすがに多勢に無勢で、足止めすらできていない。


「逃げる敵は捨て置け! 前方の敵に向けて突撃せよ!」


 テーリヒェンの師団に追撃を命じることもできたが、ケンプフェルトの活躍によって士気の上がっている部隊への圧力を弱めると、先ほどの勢いで突破を図られ、我が軍が大きな損害を被る可能性がある。


 戦略的には敵を殲滅する必要はなく、今後のリヒトロット皇国との戦いに向けて、できる限り戦力を温存する方がよい。


「ケンプフェルトを討ち取れ!」


 既に共和国軍の半数以上は戦場を離脱し、西に向かいながら陣形を再編しつつある。

 これ以上ケンプフェルトにしてやられることは今後に影響すると考え、彼を討ち取ることに決めた。


 しかし、状況はケンプフェルトに味方した。

 ほぼ半包囲にまで持っていったところで、東側で戦闘が起きた。

 王国軍の一部がこちらに到着し、共和国軍を支援するためか、突撃してきたのだ。


 予め城内の兵を外に出し、警戒させていたため、私のいる本陣にまで届く恐れはないが、それでも側面から攻撃を受けたことに兵たちが動揺する。


 あと少しだったのにと、溜息が出るが、それを隠して命令を出す。


「予備部隊は王国軍の残党を始末せよ!」


 ケンプフェルトは自身への圧力が減ったことで、本隊とテーリヒェン隊の間に向けて突貫していく。


(これはまずい状況だな……)


 テーリヒェン隊は騎兵が主力で機動力を生かして突撃を繰り返していた。そのため、どうしても隙間が生まれてしまう。これまでは我が隊が敵を拘束していたが、それが緩んだため、その隙間に強引にねじ込もうとしているのだ。


 ケンプフェルトには未だ一万近い兵がおり、我が軍は歩兵の数では大きく劣る。そのため、数にものを言わせて少しずつ浸透されると、押し負けてしまうのだ。


 ケンプフェルトは強引に突破を図るかのように見せながらも、我々を王国軍と挟み撃ちにしようと動いていた。

 戦場の混乱でそのことに気づくことが僅かに遅れ、対応が後手に回ってしまう。


 テーリヒェン隊はケンプフェルト部隊の側方や後方から突撃を繰り返し、確実に敵を葬っているが、こちらは徐々に浸透され、本陣が危険な状態になってきた。

 挟撃を避けるためには本隊を前進させるしかなかった。


「ケンプフェルトに構わず前進せよ!」


 こちらが前進すると、すれ違うように共和国軍は前に進み、王国軍と合流した。

 この有利な状況を生かすために強引にこちらを攻撃してくるかと思ったが、ケンプフェルトは冷静だったようだ。


(猛将だと聞いていたが、思った以上に戦術眼があるな……)


 そう考えるだけの余裕はあった。


「全軍追撃態勢に入るぞ! まずは陣形の再編を行うのだ! テーリヒェン将軍に伝令! 北から逃げた共和国軍を追撃せよ!」


 情報では共和国軍で危険なのはケンプフェルト一人だけだ。混乱の中で追撃戦に対応できるほどの将がいるとは思えない。ならば、機動力のあるテーリヒェンの師団に追撃させれば少しでも敵を削ることができる。


 フェアラートを守っていた兵たちには休息を与える。徹夜で防衛戦をやっていたから疲労が溜まっているだろうし、追撃戦でケンプフェルトのような猛者と戦わせては被害が馬鹿にならないためだ。


「各師団、再編完了!」


 日ごろの訓練の成果が出たため、再編はすぐに終わった。

 既に完全に日は昇り、敵の動きはよく見える。まだそれほど離れておらず、十分に追撃は可能だった。


「全軍追撃せよ!」


 我が軍は追撃戦に移行した。


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