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第五話「帝都到着:前編」

 統一暦一二〇四年七月十五日。

 ゾルダート帝国帝都ヘルシャーホルスト、港湾地区。ライナルト・モーリス


 帝都ヘルシャーホルストに到着した。

 今回の帝都訪問の最大の目的は、叡智の守護者(ヴァイスヴァッヘ)から預かることになった通信の魔導具の設置だ。


 この他にも帝国政府に対し、食料供給が滞ることを説明し、帝国軍の侵攻作戦を遅らせるという目的もある。


 今回の入港は半月ぶりくらいになるはずで、そろそろ帝都の穀物相場が高騰し始めていてもおかしくないタイミングだ。


 そんな中に商会長である私が帝都にやってきた。

 軍の補給を担当する軍務府と国内の流通を監視する内務府の役人はやきもきしているだろうから、当然私を呼び出すはずだ。


 こちらとしてもコストアップ分の補填の交渉をしなくてはならないし、今後の輸送量についても説明が必要となる。その交渉の場で食料供給に不安があることを役人たちに認識させるのだ。


 案の定、帝都にあるザフィーア河の港に船を着けた途端、役人どもがやってきた。


「予定より三週間近く遅れたが、何をやっておったのだ」


 帝国の役人はレヒト法国やグライフトゥルム王国の役人に比べれば公平だが、上司にせっつかれているためか、いつもより居丈高だ。


「シュトルムゴルフ湾で魔獣(ウンティーア)が暴れておるんですよ。それも大物のシーサーペント(ゼーシュランゲ)巨大蛸(クラーケ)がわんさか出て、私が出港するまでに三隻の商船が犠牲になっているんです。貴国が困っているだろうから、商会長である私自らが命懸けでやってきたんですよ」


 この言葉はすべて事実だ。

 噂を流し始めた直後から、本当に魔獣(ウンティーア)が活発に動き出した。


 マティアス様はこれを見越しておられたのだと感心したが、魔獣(ウンティーア)の襲撃と沿岸部を航行したことから座礁の危険が増大し、本当に命懸けの航海になった。


 本当に魔獣(ウンティーア)が活発になるなら、出港前に伝えてほしかったと何度か思ったほどだ。


魔獣(ウンティーア)が……それは真なのか?」


「もちろんですよ。私の言葉を疑うんですか? 命懸けでようやく到着した私の言葉を」


 私も大商会のトップであり、木っ端役人如きに舐められ続けるわけにはいかない。そのため、少し語気を強める。


「い、いや……そう言うわけではないが……何も情報が入っていないから、思わず聞いてしまったのだよ」


 少し凄味を利かすと、すぐにあたふたとし始める。


「内務府と軍務府の方に伝えていただきたいんですが、当面ヴィントムントからの船はほとんど来ないはずです」


「それが本当なら一大事だが、君は無事に到着している。大袈裟に言っているのではないだろうな」


 その言葉で更に目に力を入れ、睨み付ける。


「こっちは命懸けでこのことを伝えるために来たんだ。貴国には世話になっているから困るだろうと思ってだ。まあ、信じなくても私は一向に構わんよ。困るのはあんたたちであって、私じゃないからな」


 私の口調が変わったことで、役人たちは蒼褪める。


「それよりもこっちは荷を陸揚げしたいんだ。さっさと許可してもらえんだろうか」


 私の機嫌が更に悪くなったと思ったのか、役人たちは一斉に手続きを始めた。

 帝国の役人は商人を見下しているが、グライフトゥルム王国やレヒト法国の役人に比べればまだまともだ。


 そのため、上司が私から話を聞きたがると考え、機嫌を取り始めた。


「よく来てくれた! このことは内務尚書閣下まで上がるように上司に掛け合っておくよ」


「軍務府も同じだ。君が運んできた小麦が我が軍の補給の助けとなる。元帥閣下や軍務尚書閣下から直接お言葉がいただけるよう、上申しておこう」


 私の思惑通り、上層部とのコネクションができそうな流れになった。

 適度に恩を着せ、適度に脅すというやり方はマティアスの示唆に基づいている。


 十年ほど前、マティアス様がまだ十歳になっていない頃に教えていただいた方法だが、あの歳でここまで役人のことを理解しているとはと驚いた記憶がある。


 積み荷を降ろした後、支店に向かう。

 小人族(ツヴェルク)のヨルク親方とその弟子三人が私に同行している。


「まだ揺れている気がするな。この揺れが収まるまで仕事にならん。まずは一杯やらせてもらうぞ」


 親方たちは叡智の守護者(ヴァイスヴァッヘ)から貸与された長距離通信用の魔導具の設置と調整のために、わざわざ同行してもらった。


 この魔導具は特殊な物なので、帝都に常駐している(シャッテン)では操作はできても調整まではできない。そのため、弟子の一人が帝都に残ることになっている。


「構いませんよ。設置と調整は明日の予定ですから」


 積み荷の中に分解した通信の魔導具があるが、帝国の役人たちには魔導コンロの部品と伝えてあり、全く疑われていない。

 我が商会ではこれまでもグライフトゥルムの魔導具を多く扱っているためだ。


 小人族(ツヴェルク)の親方たちも新しい魔導具を帝都で販売するために同行してもらったと言ってあり、こちらも全く疑われていない。実際、新しい照明の魔導具を支店の一階に設置するため、嘘ではないからだ。


「どこかよい酒場を知らんか」


「何軒かありますから、若い者に案内させましょう。ですが、そいつは潰さないでくださいよ。宿まで案内させるつもりですから」


「分かっておる。ではいくぞ」


 あっさりと了承してくれたが、案内の者が潰されることは間違いない。船の中で私も何度も酔い潰されているから、小人族(ツヴェルク)のことは理解しているつもりだ。


 親方たちと別れ、支店に入ると、すぐに魔導具を設置予定場所に運ぶよう命じた。


「この荷物を地下の貴重品倉庫の一番奥に運んでおいてくれ」


 この支店には支店長室の奥に地下倉庫がある。ここは魔導具や高級家具などの高価な品を保管しておく場所で、一定以上の権限を持つ従業員しか入れない。


 そして、地下倉庫の奥には隠し扉と脱出用の通路が設置されている。これは帝都に支店を出した際にマティアス様が密かに設置するよう闇の監視者(シャッテンヴァッヘ)に依頼されて作られたものだ。


 その隠し扉の奥に少し広いスペースがあり、そこに通信の魔導具を設置する。その場所なら信用できる従業員以外近づけないし、商品のチェックと言って出入しても不審がられることがないためだ。


 指示を出し終え、私が出張の時に使う部屋に入ったところで、若い従業員がやってきた。


「内務府の役人が来ております。内務尚書が話を聞きたいからすぐに来てほしいと言っています」


「内務尚書が……分かった。役人は第一応接室に通しておいてくれ」


 内務府のトップ、内務尚書ヴァルデマール・シュテヒェルトから呼び出しがあるとは思わなかった。せいぜい港湾局の次長か、よくても局長だと思っていたからだ。


 シュテヒェルト内務尚書は諜報局を作り、各国の情報を集めている切れ者だ。その内務尚書なら直接話を聞くこともあり得ると思い直し、素早く着替えてから応接室に向かった。

 応接室に入ると、内務府の秘書官がソワソワとした感じで待っていた。


「すぐに来てくれたまえ。尚書閣下が航路の状況について、すぐにでも話を聞きたいとおっしゃっておられるのだ」


「分かりました。では手土産を準備します。少しだけお待ちください」


「手土産は不要だ。それよりも急いでくれ」


 帝国でも付け届けは必要だが、それ以上に急いでいるらしい。

 支店の前に止めてある馬車に乗り込み、動き出したところで秘書官に話を聞く。


「シュテヒェルト閣下のご様子はどんな感じなんでしょう? 私どもも魔獣(ウンティーア)相手で困っているんですよ。それについて叱責されるようなことがあるなら、やってられませんからね」


「その点は問題ない。閣下は温厚な方だ。今回は急いでおられるが、君を叱責するようなことはあり得ない」


 一応噂通りであり安堵する。今後の話し合いでは、機嫌を損ねるようなことを言うかもしれないからだ。


 帝都支店から内務府がある白狼宮まではそれほど遠くなく、二十分ほどで馬車が止まった。

 相当急いでいるらしく、門は素通りし通用口まで来ていたようだ。


「こちらに来てくれたまえ」


 秘書官の案内で奥に奥にと歩いていく。

 そして、護衛らしき騎士が守る立派な扉の前で足を止めた。


「モーリス商会の商会長を連れてまいりました」


「入ってくれ」


 こうして私は帝国の内政のナンバーワン、ヴァルデマール・シュテヒェルトと顔を合わせることになった。


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本作品の設定集です。
エンデラント記設定集
― 新着の感想 ―
[一言] 複数の国家を跨ぐ政商に成りつつあるな 化物やんけw
[良い点] 潜入作戦みたいでドキドキする。
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