05
――シグリーズたちが泊っている場所――ドルテの酒場では、アルヴがくだを巻いていた。
そこそこ広い店内で、カウンター席のテーブルの上で寝ころびながらワインをすすり、顔を真っ赤にして喚ている。
「ちょっと聞いてる、ドルテ!? あいつらホントに酷いんだよ! シグが言い返さないからって言いたい放題でさ! 正義は我にありって感じなのもムカつくし……あぁぁぁッ! ともかく最悪なんだよぉぉぉッ!」
赤毛にエプロン姿をした妙齢の女性が、愚痴を吐く小さな妖精に相づちを打っている。
女性の名はドルテ·ワッツ。
その名の通り、冒険者のたまり場――ドルテの酒場を少数の店員らと切り盛りしている大人の色気を持った美人だ。
彼女には少々男勝りなところがあり、冒険者の多くが、ドルテには逆らわないようにしようというのが、暗黙の了解だった。
「そうだね、そいつは確かに酷い。あんたの言い分もわかる」
幸いだったのは、今夜の店には彼女以外に客がいないことだった。
ドルテには妖精であるアルヴの姿が見えていた。
そのため、もし他の客が彼女を見たら、誰もいないカウンター席に話しかけているように映ってしまっていただろう。
「でしょでしょ! ……人間って、女神さまが言っていたよりもずっと酷い生き物だったよぉ。あッ! でも、ドルテは別だよ!」
ヒックとしゃっくりをしながら慌てるアルヴ。
ドルテはそんな妖精に微笑みを返すと、自分もグラスに入ったワインに手をつける。
もう店内に客がいないのもあって、他の店員はもう帰らせている状態だ。
「特別扱いしてくれてありがとうね」
「事実だよ、事実。あたし、ドルテよりも優しくて綺麗で色っぽい人を他に知らないもん。なんだったらドルテは、女神ノルンさまにだって引けを取らないよぉ」
「おやおや、そんなに褒めたってなんにも出やしないよ。でもね、アルヴ。あいつらも別に悪気があってシグリーズに忠告してるわけじゃないんだ」
酔っ払うアルヴを宥めるドルテだったが、妖精はムッと表情をしかめる。
納得ができないといった顔で、再び口を開いた。
「悪気がなきゃあんな言い方しないよ! 大体人間ってヤツはなんなんだ! 魔王が倒されて平和になったってのに、すぐに争い始めてさ!」
今アルヴが言ったように、魔王が討伐された後、各国で人間同士の戦争が始まった。
彼女たちがいるユラまでは戦火は広がっていないが。
それは、魔王を倒した英雄であるアムレット·エルシノアが恐ろしいからだった。
どういう理由かは誰にもわからないが、アムレットは各国に条約を定めさせ、中立地帯、非武装地帯としてユラの町を組合の代表者たちによって収めさせている(ドルテも代表者の一人だ)。
魔王が倒されたことで魔物の脅威こそ消えたものの、今でもカンディビアでは戦争が続いている。
アルヴにはそのことが理解できない。
せっかく勝ち取った平和を乱す人間たちに、嫌悪感すら持っている。
「なんだって女神さまはこんな世界を救おうとしたんだよ! 人間なんて魔王に滅ぼされちゃえばよかったんだ!」
「でも滅んじゃったら、あたいはあんたとこうやって飲めてないねぇ」
「それは困る。シグとドルテには生きててもらわなきゃ。ねえ、メルもそう思うでしょ」
アルヴは急に笑顔になって、傍で餌をついばむ白い小鳥に声をかけた。
この鳥はドルテの飼っている伝書鳩の雌で、他の地域や国との通信手段や、住所のないシグリーズが仕事を依頼を受けるための大事な連絡係だ。
メルは餌をついばみながらクルックーと鳴き返すと、アルヴはその体を抱きしめる。
サイズ的にまるで抱き枕だと、ドルテはそんな妖精を見て呆れていた。
「うんうん、メルはホント可愛いなぁ」
「あんたも負けてないけどねぇ。そういえばシグリーズに仕事の依頼が来てたよ」
「へー、めずらしいこともあるもんだね。シグを指名してくるなんてさ。いつもはドルテがなんとか探してくれてるって感じなのに」
シグリーズは、冒険者パーティーを解散した後に傭兵を始めたものの、あまり仕事にはありつけなかった。
それもしょうがない。
彼女には冒険者としての名声がないのだ。
誰も無名の人間をわざわざ雇ったりはしないだろう。
そのためドルテの伝手を頼りに、シグリーズは大したことのない小競り合いの戦に参加して日銭を稼ぐ毎日だった。
多くの傭兵はすでにある傭兵団に入り、その団員として活動している。
魔王軍との戦いで名を上げた冒険者の中には、自分で団を立ち上げる者もいる。
当然シグリーズはどちらでもない。
冒険者時代と同じく、底辺として細々と活動をしている身分だ。
アルヴはもちろんそのことをよく知っており、シグリーズを指名して仕事を頼んできたことに驚いていた。
「無名のシグに仕事を頼むなんて、どこの誰なの?」
「差出人はデュランフォード国の王さまからだねぇ」
「デュランフォード国? なに? ドルテの知り合い?」
「いや、違うよ。フルネームで聞けばわかるかねぇ。ラース・デュランフォードって言えばカンディビア四強の一人に数えられるくらい有名なんだけど」
アルヴは依頼主の名を聞くと、顔を歪めながらメルを抱く力を強めた。
メルは苦しそうに鳴くが、今の彼女に白い小鳥の声は届かなかった。
「え……えぇぇぇッ!? ラ、ラースだってッ!?」