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――朝になり、シグリーズはアルヴと共に城へと向かっていた。


その道中、テーブルなどは片付けられていて、昨夜の盛り上がりが(うそ)かのように静まり返っている。


道行く人たちの顔も心なしか、緊張感のあるものに見えた。


あと昨日は夜だったので気づかなかったが。


デュランフォード国の城下町から城までの道は、かなり入り組んだ構造になっていた。


いくつかある大通りはどれも同じ建物の並びになっていて、それらを繋ぐ細い路地(ろじ)に入れば、さらに(せま)い道が現れる作りだ。


これが元々なのか、はたまた戦時中の特別仕様なのかはわからないが。


シグリーズとアルヴは、目の前に見えている城に、なかなかたどり着けなかった。


「なんだよこの街は!? まるで迷路じゃないか! 意地悪(いじわる)にもほどがあるよ!」


「ハハハ。そ、そうだね……。意地悪だね……。ホント、よくわからないや……もう……」


(わめ)くアルヴに、シグリーズはまるでゾンビのような生気のない顔で返事をした。


心ここにあらずといった様子だ。


それも無理もないことだった。


昨夜いきなり依頼人であるラースが部屋に現れたと思ったら、これまた急にシグリーズを呼び出した理由を話した。


「おいシグリーズ。俺はお前を(きさき)にする。そのために来てもらったんだ」


それは、彼女を自分の国であるデュランフォード国の(きさき)として(めと)るためだった。


その後、詳しいことは明日に城で話すと言い、ラースはシグリーズたちの泊まる部屋から出ていった。


それから彼女は、ずっと今のような放心状態になってしまっている。


「ねえ、シグ。あんな奴の言ったことなんて気にしなくていいよ。いきなり嫁にするために呼んだなんて、どうせからかっているだけって。真に受けるだけ(そん)だよ」


アルヴはラースとシグリーズが結婚するのが嫌なようで、相手にするなと言い続けている。


しかし一人の男性として、ラースのことを客観的に見てみると――。


スッキリとした短髪に金髪(きんぱつ)碧眼(へきがん)


背は高く、(きた)え抜かれた体を持った容姿。


その(するど)い目つきこそ好みが分かれそうだが、十人いれば六人、いや八人からいい男だと言われると思われる。


さらに彼は一国の王でもあり、これは多くの女性が(うらや)む、かなりの優良物件なのだが。


どうもアルヴだけではなく、シグリーズの様子からしても、彼女たちの過去に余程(よほど)のことがあったのだと推測(すいそく)できる。


「それもあるんだけど。私、傭兵としてこの国に呼ばれたと思ってたから……」


「思ってたから?」


小首を(かし)げ、オウム返ししたアルヴに、シグリーズは弱々しく言葉を続ける。


「てっきりラースに実力を認めてもらってたと……勝手に思っていてね……。やっぱりそんなことなかったんだっていう気持ちとか、いろいろ……。もう自分でもよくわかんなくなっちゃった……。ハハハ……」


「もうっしっかりしてよ、シグ! ラースの奴には嫁になんてなってやるか! って突っぱねやって、呼び出した理由がそれだけなら、報酬(ほうしゅう)の半額をもらってまた別の仕事を探せばいいだけじゃん!」


「でも、見つかるかな……。私、女神から加護(かご)を受けた選ばれし者なのに、結局、魔王を倒せなかったし……。おまけに今じゃ社会の底辺だし……。ハハハ……なんかあまりにも(ひど)いってのに笑えてきちゃったよぉ……」


人間というのは、本当にどうしようもなくなると笑うしかなくなる。


アルヴは今のシグリーズを見て、以前に女神ノルンに教えてもらったことを、頭ではなく体験して理解した。


彼女は実際よくやっている。


魔王が十八歳の青年アムレット·エルシノアに倒される前――。


女神から選ばれた者として故郷(こきょう)を出た。


それから約十年間、魔物や人間同士のいざこざで戦い続け、誰にも知られることもなく冒険者としての人生は終わった。


その後、元パーティーの仲間たちからは現在の自分を否定された。


もういい歳なんだから安定した仕事をしろとか。


年頃の女なんだから男の一人でも見つけて結婚しろだとか。


彼らは世間的には正しいのだろう助言をしてきた。


幸せとはそういうものだと、それこそ魔王から世界を救う勇者にでもなったかのように、我々は間違っていないと口撃したのだ。


その時点で心が折れ、彼らの言う通りに生きようとしてもおかしくない。


それでもシグリーズは、まだ傭兵を――自分の進みたい道を歩いている。


だが、今回はこれまでの積み重なってきた辛いことや、ラースに認めてもらっているという期待(冒険者としての実力を)、他にも彼に突然結婚を言い渡されるなどいろいろ心をかき乱されてしまっていた。


なんとか(はげ)ましてあげたいが、アルヴにはその方法が思いつかなかった。


いつもの調子で声を荒げて応援しても、具体的に前へ進むための案を出しても、今のシグリーズにはきっと届かない。


長い付き合いだからわかる。


シグリーズはかなり追い詰められている。


(もしノルンさまだったら、シグを元気にするようなこと言えるんだろうけど……。うぅ……あたしってば無力……)


なんだかアルヴまで落ち込んできていた。


結局、彼女はシグリーズに言葉をかけられず、気がつけば二人は、ラースのいる城へとたどり着いていた。

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