8.病み勇者、聖剣を振るう
※勇者視点
拙い小説をお読みいただきありがとうございます。
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魔獣の咆哮を聞き、クララは一目散に森へと飛び込んでいった。
俺は剣を掴みすぐに後を追ったがその背中は遠い。
(なんてすばやさだ・・・)
クララの背を見失わないよう走る。家の南に流れる小川を飛び越え、行きついた先は木々が打ち倒された奇妙な道だった。都の通りほども幅があるが、木々は根まで掘り返され平坦なところはどこにもない。以前クララから聞いた、俺が倒れていたという場所だ。
「こんなところから・・・・?」
しかしここで間違いないらしい。先にたどり着いたクララは倒れた木々の上に立ち、周辺を見回している。
「クロネコさん!どこですか?!」
クララが叫ぶと、頭上から黒い魔獣が現れる。しかしその着地は黒猫の敏捷さとは程遠く、ほとんど落下するように地面に倒れ伏した。
「グルナァ・・・」
よろよろと起き上がりながらクロネコが言う。クララが駆け寄り「治癒」よりも効果の強い「回復」魔法をかけるが、クロネコは警戒を解かず視線を道のむこうに向けていた。
俺はクロネコとクララの前に立ち、クロネコを痛めつけた相手と対峙した。なるほど、クロネコが負傷するのもわかる。相手と言うには数が多すぎだ。巨大なドラゴンを中心に、有象無象の魔物が集まっている。
俺は背後を振り向いて言った。
「ここは危険なので動けるようになったら下がってください。片付けてから戻ります」
剣を鞘から抜けば嫌そうにクロネコが唸る。ちょっとくらい我慢しろ。
目の前の魔物は数は多いが小物ばかり、久しぶりの運動には丁度良い。
クララを巻き込まないよう距離をとるためこちらから突っ込む。とりあえずの聖剣の一振りは弱い魔物を塵も残さず消し去り、魔物たちの注意が一斉にこちらに向いた。
邪悪な気配に、俺は奇妙な懐かしさすら覚えた。圧を持って迫りくる敵意に皮膚がヒリつき髪が逆立つ。
「ほら来いよ。消してやる」
剣を魔物に向け上段に構えながらうわごとのように呟く。
魔王城からこちら、魔物は減少の一途をたどりこんな場面は久しぶりだ。聖剣は久々の獲物に食らいつきたいのか羽根のように軽くなっている。
(この剣本当は魔剣なんじゃねぇのか・・・)
本当に聖剣なら魔物の血に飢えたりはしないだろう。
「いいぞ、たらふく食え」
飛び掛かってきた魔物を一閃する。
だめだ、緊張に我を忘れて飛び出すような小物じゃ話にならない。数でねじ伏せようとする魔犬も状態異常を与えようとする毒蛾も斬り甲斐がない。
仲間への殺戮に気付いてか、怒りの咆哮を上げてドラゴンが尾を振り回す。
そうだ、斬るならドラゴンがいい。刃が突き刺さる感覚がたまらない。的がデカくて硬いのがいい。聖剣の刃ではドラゴンくらいでないと手ごたえがないから困る。
「良いぞ!来い来い」
返り血を浴びないように切り裂きながら身をひるがえし、牙を逃れながら脳天を貫く。どこをどう刻めばドロップする素材が増えるのか、魔物を屠り続ける間にすっかり覚えてしまった。
「あっはは!!」
思わず笑い声が出る。魔物を殺すのは良い。頭が空っぽになる。今では肌で感じた感覚にただ反応するだけで体が動く。
(最初はこんなふうじゃなかった・・・)
初めて殺した魔物は村外れの家の畑に現れる、ミミズに似た気持ちの悪い魔物だった。麦を刈る鎌を手に死に物狂いで戦った。もう十年以上前の話だ。
あの時は痛くて怖くて辛かった。手に残った肉を断つ感触がいつまでも消えず、しばらくなにも食べられなくなった。
あんなに気持ち悪くて恐ろしい生き物なのに、温かさが消え命が無くなる瞬間に強烈な罪悪感が襲った。止めを刺した魔物の血をしとどに浴び、生き残った自分の方が魔物なんじゃないかという錯覚は、今も深く残っている。
魔物は容赦なくやってくるから、俺は家族のために戦うしかなかった。畑が荒らされれば飢えて死ぬ。村の大人は誰も助けてはくれない。畑を守るために魔物を殺し、嘔吐をこらえながら悪臭を放つ死体を片付け続けた。
(それに比べりゃ聖剣は楽だな・・・小物の死体なら灼き消えるんだもんな)
そんなはるか昔の記憶をたどったせいか、背中に隙ができた。他に比べやけに図体のでかいドラゴンへの剣撃をかました直後、鋭いくちばしの魔鳥が飛び掛かってくるのを視界の端で捉える。
「あーぁ」
(肩よりましか・・・)
背中は手当が面倒だが、避けられないと判断した俺はかまわずドラゴンへの二撃目を放つ。優先するべきはこちらだ。口から毒霧を漂わせるこのドラゴンがきっと群れの親玉だろう。
しかし背中の痛みを覚悟したその瞬間、クロネコが魔鳥めがけて飛び込んできた。
「お前?!クララについてろよ!」
背後に降り立ち魔鳥を噛み殺すクロネコに俺は怒鳴る。しかしクロネコも同じように怒鳴りかえした。
「トドメオレのモノ!ユズレ!!」
「はぁ?!ふざけんな!巻き込むんだよ!」
クロネコも所詮は魔物だ。いざ聖剣に触れれば命だって危うい。
「ウルサイ!オマエアブナッカシイ!!クララ心配シテル!!」
(クララ?)
俺は思わず後ろを振り返る。下がっていろと言い距離も取ったはずのクララが、魔物の死体で溢れる背後に立っていた。地面には魔犬が、毒蛾が、様々な魔獣が斬り殺され散らばっている。
(あれ・・・魔犬って魔獣に含まれるんだっけ?)
クララは強張った顔でこちらを見ている。その表情に俺はひどく動揺した。
どうしよう。
見られたか?魔獣を殺して思わず笑った俺を。本能のままに嬉々として聖剣を振るう俺を。
(クララに見られた・・・!?)
どうしよう。嫌われる。魔物の血に汚れる俺を見る村人の嫌悪と拒否の目がフラッシュバックする。仲間からの軽蔑の目、諸国の王の侮蔑の目、殺戮を繰り返す俺に向けられたあらゆる憎悪が蘇る。
その動揺が仇となり、俺はまたしても毒を浴びた。
「カロンさん!!」
クララが俺の名を叫ぶ。その声には俺の負傷を危惧する響きがあった。
(心配してくれた・・・?)
痛みよりも何よりも、クララの声が俺に突き刺さった。その声は確かに魔物の血反吐で汚れた俺を心配してくれていた。
(良かった・・・優しい・・・クララ)
この毒には覚えがある。こいつが俺を吹き飛ばした奴だったのか。俺は毒と血でまみれた視界の中、巨大なドラゴンを捕らえた。
その時感じたのは圧倒的な感謝だ。
(お前のおかげでクララに拾われた)
最後に安らぎを得られた。
(せめて一撃でやってやる)
強い毒に意識までも侵されながら、俺は死の淵までの最後の力を振り絞り、魔滅の一閃をドラゴンへと繰り出した。