5.魔女の秘密、勇者にバレる
※魔女視点
(次回は勇者)
クロネコさんに許しをもらった翌日から、森の遺跡の中へと通う生活が始まった。
魔獣を撫でまわすために遺跡に通う、なんて魔物と戦う冒険者さんには口が裂けても言えない。家を空けるのをどう言い訳しようと悩んだけれど、摘んで見せた薬草がどれも違うとカロンさんが言うので、これ幸いともうしばらく薬草摘みを口実にすることにした。
「そうですか・・・これ以外で・・・」
台所に作ってもらったテーブルに並べた薬草を見てどれも違うというカロンさんに、これ以外に貴重な薬草なんてあったかしらと私は少し困ってしまった。口実になるのは助かるけれど、カロンさんの依頼が達成されないのは困る。冒険者は信頼が一番、達成度はギルドの評価に響いてしまうはずだ。
「すみません。あの、あまり気にしないでください。依頼書を無くした俺が悪いんですから」
カロンさんは自分のミスだと気を遣ってくれる。いやまぁ元を正せばそうなのだけど、助けた恩返しをしてくれるカロンさんになにか報いたいと思った私はつい気落ちした。
「本当に、無理はしないでくださいね。依頼は破棄で良いので」
今日も遺跡に向かう私にカロンさんが言う。数日前までそれは私の台詞だったのにと思うと少しおかしかった。
「大丈夫ですよ。食材探しも兼ねてますから。毎日きのこスープじゃ飽きますし、今日は野鳥を狙ってみます。こう見えても私、雷撃使えるんですよ」
「そうですか・・・」
カロンさんは納得しかねる様子だったけれど、気にしていると埒が明かない。私は行ってきますと言って家を出た。森の奥の遺跡には木の根の下に隠れた石畳をたどれば迷うことなく行き着くので、私は自然と考え事をする。
(そろそろ言い訳を変えないと駄目かしら。気を遣わせるのも申し訳ないし)
さっき咄嗟に口から出た食材探しは次の良い口実かもしれない。
「力仕事をしてるんだからお肉も食べたいわよね、きっと」
昨日なんて、あっという間に家の土台が完成していた。カロンさんは色々と考えあぐねた結果、今あるボロボロの家の向かい側に木組みで家を建てると言い出した。修理と聞いていたのになんだか大がかりなことになってしまったけれど、木材さえ整えばひと月ほどでできあがるらしい。
(ひと月か・・・)
私はため息をついた。
カロンさんとの生活は自分でも驚くほど快適だ。何もかもカロンさんの人柄のおかげだと思う。私を上にも下に見ることもなく対等に話をしてくれるし、越えて欲しくない壁を越えてこない。話していて楽しいし、黙っていても居心地が良い。人が嫌になり森に引きこもった私にとって、とてもありがたいリハビリになっている。
なのでひと月くらいなんの問題もないけれど、魔獣の皆はきっと嫌がるだろう。
(もう木材は揃ったって言っていたし、剣は使わないことで何とか納得してもらえるといいんだけれど)
左右から下映えの葉が迫る細い道を抜けると少し開けた場所に出る。広がるのは古い石畳の円形の広場だ。そしてその向こうには、木や蔦やコケに覆われ植物と一体となった崩れた石壁の遺跡があった。
この場所が「城」だとクロネコさんは言う。
崩れたアーチの入口を抜け石壁の内側に入ると、緑鮮やかな木々と光の中、壮麗な神殿を思わせるかつて部屋だった広場。その中心にクロネコさんがしとやかに座っていた。
今日はまた一段と美猫だ・・・。
クロネコさんがこちらに気づくと、その陰からわらわらと小さな子猫たちが飛び出してくる。小クロさんたちだ。何匹いるのかは数えたことがないので定かではないが、とにかく沢山、毎回こちらがうっとりするくらいの子猫に囲まれた状態になる。
「おはようございます~」
私がクロネコさんのそばに膝をつくと、小さな黒い子猫たちが次々に膝に肩にと飛び乗ってくる。どの子も羽のように軽いのに肉球のぷにぷにの感触とふわふわの温かさ、久々の感覚に私は思わず声をあげた。
「ひぁぁあああぁ・・・可愛いぃいいいぃぃぃ~!」
小クロさんにまみれながら私は楽園を感じていた。どろどろした沼地に住んでいるはずなのにいつもふわふわで良い匂い。やわやわでほかほかで、ぬくぬくなのにぷにぷにしている。
語彙力を失いながらしばらくされるがままになっていると、やがて気が収まったのか小クロさんたちはクロネコさんの陰に入りその姿を消した。どういう仕組みかさっぱりわからないが、いつもああやって帰っていく。クロネコさんも煙のように消えるんだし気にはしていない。
続いて現れた一本足で立つピンクの魔鳥さんのくちばしをよしよしし、手のひらサイズのしっとりとした肌のドラゴンさんをよしよしし、ワニ顔のカメさんの甲羅をよしよしする。大きなムカデみたいな魔獣さんは少し苦手だけれど、うぞうぞ動くのが苦手だと以前伝えているのでその甲殻をよしよしする間は模型のように動かないでいてくれる。
「はー・・・今日はこんなもんでしょうか?」
ムカデさんの甲殻を撫で終えて達成感を覚えながら私はクロネコさんに尋ねた。毎回違う魔獣さんが次々と現れては消えてゆくけれど、クロネコさんは毎日監督のようによしよし会場を見守っている。
「オレ」
クロネコさんはそういうと立ちあがり、私の前に寝そべった。
「あら?お疲れですか?」
頭も上げないクロネコさんの大きな背中に手を置いてわしゃわしゃしながら私は尋ねた。魔獣さんはその生命力がすぐに身体に現れる。いつもしっとり艶やかなクロネコさんの毛並みが少し短く、パサついていた。
「ネブソク」
(魔獣も寝るんだ・・・)
「いつもより触って欲しくないところとかありますか?」
「ナイ」
言葉少なに話すクロネコさんは本当にお疲れのようだ。腕を回した胴体もいつもより細い。おしとやかに見えたのは疲れて痩せてしまっていたせいらしい。私はしばらくクロネコさんを無言で撫でまわした。黙ってしまうとこの遺跡は静かだ。森の中なのに建物のせいで梢が遠くて、物音一つが大きく響く。
ふと、クロネコさんが顔を上げた。満足したのかと思い、私は身を離す。
けれどそのまま立ち上がったクロネコさんから黒い煙に似た瘴気が立ち上がるのを見て私は慌てた。目を開いていられない圧と共にクロネコさんの体が一回り二回りと大きくなっていく。
「クロネコさん?!」
「オマエ、バラシタカ」
ほとんど唸り声のような低音でクロネコさんが言う。その時にはクロネコさんが睨みつける相手も姿を現していた。私は一つの予感をもって振り返る。
遺跡の入り口に、金髪の男性が立っている。
「カロンさん・・・」
カロンさんは静かに立っていた。剣も鎧もなく、朝見たままのシャツとズボンの普段着姿で、片手には山鳥を逆さに持っている。
(そうか、鳥を仕留めますって言って出てきたから)
手伝いに追ってきてくれたのかもしれない。
カロンさんは無表情で、見たこともない昏い目をしていた。完全な丸腰状態のはずなのに、カロンさんからは恐ろしいほどの殺気が放たれている。
私が気付いたことに気付いたカロンさんは、無言のままこちらに歩いてくる。
「ま・・・待ってください!」
よくわからないままに、気が付けば私は駆けだして一人と一匹の間に立っていた。丸腰のカロンさんを相手にクロネコさんが恐慌に近い威嚇状態に入っている。
私は完全にクロネコさんをかばうつもりでカロンさんに立ち向かっていた。
「クロネコさん!あの!お帰りください!私から説明しますので!」
私は背後のクロネコさんに叫ぶ。しかし、その気配は消えない。
「クララさん」
カロンさんが私を呼んだ。美形が無表情だと冷たくみえるんだなと間の抜けたことをどこかで思う。無表情の中、目だけが明確な敵意を持ってクロネコさんに据えられている。だというのに声だけがいつものように優しげなのが怖かった。
「その後ろにいるのは、魔物ですか?」
「あの・・・・ち・・・違います!」
違わなくはないけどそうだとは言い切れない。魔物という大きなくくりの中にある魔獣という種別で・・・なんてそんな話を悠長に出来る気がせず、私は声が震えるのを隠すように叫ぶ。
「この方はクロネコさんと言って、こ・・この辺りのヌシなんです!その、私がお世話になっている守り神と言いますか・・・」
かなり苦しい言い訳だ。カロンさんに敵意を向け、瞬く間に倍近くも膨れ上がった獣を守り神だなんて。でも、私にとっては間違いなく大切な存在だ。
「な~んだ。そうでしたか」
ねじ伏せられそうな殺気が嘘のようにかき消え、カロンさんがにこりと笑った。
あまりの変化に私は戸惑いながらも頷き返す。
「あ・・はい・・・あの・・・そうなんてす」
「だったら俺もご挨拶して良いでしょうか?クララさんのところにご厄介になってるわけですし」
すぐそばまで来たカロンさんは私の顔を覗き込んでから、ちらりとクロネコさんを見た。戦闘態勢のクロネコさんを前にしてそんなことが言えるなんて・・・。少し信じられない思いはしたけれど、カロンさんの申し出に私はぶんぶんと頷く。
「はい!多分!・・・あの、クロネコさん・・・・ご挨拶を受けてくださいますか?」
私はクロネコさんを振り返り、手を伸ばして尋ねる。クロネコさんは私の言葉をしばらく無視していたが、私が手を伸ばして待っていると全開にしていた二対の目の一方を渋々といった様子で閉じ、私の手に顔を乗せた。敵意を取り下げてくれたようだ。
(良かった・・・・!)
一触即発が未遂に終わり、私は胸をなでおろした。しかしまだ油断はできない。やはり魔物だとカロンさんが気づいたり、クロネコさんが怒り出す可能性もある。
けれど私の心配をよそに、カロンさんは私の肩口から顔をだし、いつもの穏やかな調子でクロネコさんに話しかけた。
「初めまして、カロンと申します。ご挨拶が遅れてすみません」
見上げると、いつもの穏やかな笑顔と目が合う。その顔に殺意や害意は見えない。
(良かった・・・)
私は思わず涙ぐんだ。
「・・・・フユカイ」
クロネコさんはそう言い残すと、いつものように消えてしまった。
「消えちゃいましたね・・・」
カロンさんが残念そうに呟く。
「危険な魔物と間違えて失礼な態度を取ってしまったな。申し訳ない・・・」
カロンさんは私を見てしょんぼりと言った。今更胸がばくばくしてくる。
「あの・・・信じてくださるんですか?」
私は恐る恐る尋ねた。何をどう言いつくろっても、クロネコさんを守り神だなんて、普通ならおかしいと思うに決まっている。育った村でも捨てられた教会でも、魔物と通じ合う私を異常者として扱ったのに。
私の問いにカロンさんは微笑む。
「もちろんですよ。クララさんがそう言うんですから」
(うそ・・・本当に・・・・)
生まれて初めて、私の秘密が許された。私は思わず両手で口元を押さえる。目の奥が熱くなり、今度こそ涙が滲みそうになる。私の詭弁を本当に信じている可能性もあるから、全部を許されたわけじゃない。でも、この秘密を目の当たりにして私を恐れなかった人は今まで一人もいなかった。
私の涙に気づいているのかいないのか、カロンさんは優しく笑ったまま私の手を取った。
「帰りましょう」