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4魔女、森の不穏を知る

※魔女視点




 カロンさんが目覚めてから三日が経った。


 思わず助けはしたものの、いざ目覚められると久々の人間相手にどう接すれば良いかびくついていた私に、カロンさんは思いもかけず親切だった。


 あれだけの毒から回復したばかりだというのに、私の住環境を見かねて私の家を修理してくれるという。目覚めたその日のうちに周りの樹木から丸太椅子と簡単なテーブルを作り、寝台が木の葉の上に布を敷いただけのモノだと気づくとすぐにまた木材を切り出しにかかった。


「あの、本当に無理はなさらないでください。ベッドに関しては私なにも困っていませんから」


 材木を調達しに森を進むカロンさんを追いながら私は言う。しかしカロンさんは穏やかに優しく笑って首を振った。ぐぅ・・・美形の圧を感じる・・・。


「俺が使ったせいで形も変わってしまいましたし、せめて枠を作ればマシだと思います」


 金色の髪か少し垂れた青い瞳のせいか、カロンさんは大柄なのに威圧感がない。私は勝手ながら、昔飼っていた大型の牧羊犬を思い出した。太めの眉にくっきりと整った目鼻立ち。逞しいのに物腰が柔らかく、村にいれば女の人が放っておかないタイプだ。


 だというのにまるで下草を刈るみたいに私の胴体ほどもある太さの木をご自分の剣で簡単に切り倒してしまう。何か技を使っているんだろうけれど、ただものじゃない。


 木を倒してから、カロンさんは剣を構えたままふと呟く。


「・・・もしかして、俺が寝ている間クララさんは外で寝ていたとか?」


「あー・・・えっと。まぁ」


 言葉を濁すと、カロンさんは私を見て気まずげに眉根を寄せた。たぶん申し訳ながっている。


「でも!いつも野宿みたいなものなので気になさらないでください!いつの間にか外で眠っていることもありますし!」


 私は慌てて言ったが、カロンさんはさらに眉間のしわを深める。


「駄目です。魔物の森であまりに無防備です。本当にすみませんでした」

 

 謝罪するカロンさんに私は逆に申し訳なくなった。そしてその日の夜はどちらが外で寝るかで揉め、折衷案として私がベッドを使う代わりにカロンさんも同じ屋内で眠ることになった。


「冒険者なので、横になることなんてあまりないんですよ」


 夜は抱えた剣にもたれかかって眠るというカロンさんに、私は寝ころんだまま尋ねる。


「それで熟睡できますか?」


「熟睡はしません、魔物の気配がわからなくなる」


「・・・この辺りはそんなに強い魔物はいませんよ」


「でも、クララさんに何かあってはいけませんから」


 そう言われると反論しづらく、私は上を向いて闇を見つめながらありがとうございますと呟いた。


(困った・・・)


 カロンさんは私に恩を感じているのか私に良くしてくれる。けれど私はそんなカロンさんに言い出せない秘密があった。




 私は家を修理してくれるカロンさんに代わり、私はカロンさん本来の任務である薬草を探しに行くことにした。


「危険ではありませんか?」


 カロンさんが心配そうに言う。しょげた耳やしっぽが見えそうな表情だ。自分もついていくと言うカロンさんに、私は大丈夫ですと答えた。


「この森の珍しい薬草なら十種あるかないかですからすぐに集まります」


 カロンさんは薬草に疎い上に依頼書を無くしてしまったらしく、依頼時に見せられた薬草の形しか覚えていないらしい。


「名前が思い出せればよかったのですが・・・」


 すまなそうに言うカロンさんに私は首を振った。


「大丈夫ですよ、もし実物を見てもわからなければ全部持って行ってくださいね」


 私はそう言って家を後にする。手には蔓で編んだ手製の籠を下げ、もう片方の手には道を切り開くための鉈を持っている。森にはいくつものけもの道があったけれど、人間が通れるほどの道は少なく、進むためには鉈で道を作らなければならない。


 薬草の採取地への道は既に切り開き済みだけれど、生命力に満ちた草木がすぐに道を塞いでしまうから、目的地に向かうためにはそれなりに体力がいるのだ。


(・・・倒れたところの荷物は全部運んだつもりだったんだけど)


 道を切り開きながら私は考える。


 カロンさんが倒れていた周辺はくまなく探したはずだから、依頼書があればきっと気付いたはずだ。けれど失くしたなんて、妙な気もする。でも本人が無いというのだから仕方がない。もしかしたら森のもっと浅いところで失くしたのかもしれない、だとしたらちょっとうっかりさんだ。


(でも・・・そんなうっかりしたままあんなに強くなれるものかしら?)


 そんなことを考えながら薬草を集めまわり、私は最後の薬草の群生地へとたどり着いた。


 家からかなり離れたところにある、針葉樹に似たとげとげしい樹木に囲まれた妙に美しい花畑。実はこの花畑は瘴気が見せる幻覚で、本当は毒の沼地だという。


 この沼の傍に生えているのが、幻覚に耐性を持つミーナ草だ。スズランに似た青白い小さな花をつけている。私は素早く使いやすそうな蕾を数本摘み、身をひるがえして沼から離れた。


「ふぅ。これで全部」


 朽ちて苔むした古木の前まで戻り、私は一息ついた。沼の近くであまり息をしない方が良いらしく、息を詰めていた分を取り戻すように深呼吸をする。


 それにしてもこんなに遠くまで来たのは久しぶりだ。でも、私が会いたい相手を待つにはちょうど良い地点でもある。


(家から一番離れた縄張りギリギリのところだけど、どうかしら?)


 その時、近くの茂みからヌッと獣の顔が現れた。


「オイ、ナンなんだアイツ」


 不機嫌に言うのは猫のような顔つきの、虎のように大きな獣だ。虎よりは細身のしなやかな体に闇のような漆黒の毛並み。瞳は赤く、額にももう一対の金色の瞳がある。


「クロネコさん!」


 私は思わず駆け寄り両手を差し出す。するとクロネコさんがそこに顎を置き、私はふわふわの毛を楽しみながら顎の裏をよしよしした。ごろごろと喉が鳴るところなんて普通に猫みたいだけれど、私より遥かに大きな体と額の目がクロネコさんがただの動物ではないことを示している。


 クロネコさんは魔獣だ。


 しかもこの辺り一帯を縄張りにする高位の魔獣であり、私がこの森で生活するにあたり一番お世話になっている魔獣だった。私が魔物の森の中でのうのうと野宿に近い生活ができるのも、すべてクロネコさんの縄張りに住まわせてもらっているおかげ。恩人ならぬ恩獣である。


 クロネコさんは喉をごろごろと鳴らしながらも不機嫌な声で言う。


「アイツフユカイ。ハヤクオイカエセ」


「クロネコさんでもですか・・・」


 私は思わずため息をついた。


 魔物は総じて力の強弱に敏感だ。自分より強い相手には近寄ることすらしない。カロンさんが目覚めてから私の前に魔獣が一匹たりとも現れないのは、カロンさんを警戒してのこと。つまりカロンさんがかなりの高レベルの剣士であることを物語っている。


「すみません。考えなしに助けてしまって」


「ダレでもタスケルのオマエのイイトコロ。デモアイツ駄目、アノ剣ナントかシロ」


「剣ですか?」


 倒れていたカロンさんが背負っていた剣。カロンさんを運ぶのを魔獣さんたちに手伝ってもらった時も、あれだけはみんな運ぶのを拒んだ。ものすごい重さで運ぶのに苦労したのに、カロンさんは片手で軽々と扱っていた。


「アレフユカイ。モノスゴイ破魔。ハヤクキエルがイイ」


「すみません・・・」


 私はクロネコさんから手を離し、胸の前で両手を組んだ。


「でも・・・実は住処を直していただくことになったんです。私としても雨漏りがつらいなぁと思っていたところだったのでついお願いしてしまって・・・」


 縄張りの主が嫌がっているのに申し訳ない。私の言葉にそんなことかとクロネコさんは長いため息をつく。


「ダカラオレの巣にコイと・・・」


「だって・・・あのへんジメジメしてるじゃないですか」


 大きな猫のように見えてクロネコさんは水が大好きなので、年中じめじめした沼地近くの洞穴を寝床にしている。クロネコさんと生活するのは大歓迎だけれど、脚の多い虫が大量に這っているようなところでは寝たくない。


「クロネコさんには本当に申し訳ないと思っているんですが、もうちょっとだけカロンさんの滞在に目を瞑ってもらえますか?多分悪い人じゃないと思うので」


「・・・・・」


 クロネコさんは私にズイ、と顔を差し出した。


「城マデ来テナデル。アイツ消えるマデ」


「クロネコさん・・・!」


 私は感謝を込めて差し出された顔をくしゃくしゃに撫でまわした。


 これがカロンさんに言い出せない私の秘密だった。私が魔物を恐れず魔物の森に住みつけているのは、クロネコさんを初めとする魔獣さんたちの撫でまわし要員として生きることを許されているからだ。


 どういう理由かまるで分らないけれど、クロネコさんたち魔獣はみんな撫でまわされるのが好きらしい。そして私は猫ちゃんをはじめとする動物全般が大好きだ。なんて相補な、ウィンウィンな関係。こんな天国みたいな森を出る必要がどこにあるんだろう。そんな風に生活していたらいつの間にか一年もたっていたらしい。


 太い首に手を回し、抱き締めながらうりうりと背中をかき回していると、クロネコさんが唸る様に言った。


「アレ、オレのナワバリから出スナ。魔物が騒グ。森荒レル」


「承知しました!」


「オマエもシバラクナワバリ出ルナ。オオモノイル」


「オオモノ・・・大物ですか?」


 クロネコさんの言葉に私は驚いていた。クロネコさんが警戒する大物。魔物だろうか魔獣だろうか?


「もしかして、カロンさんに毒を浴びせた方でしょうか?」


「多分ソウ。ヨソモノチカゴロ多イ」


「分かりました・・・気を付けます」


 最後に低い声でニャーゴと鳴き、クロネコさんは煙が消えるように姿を消した。ひさびさの撫でまわしにご満足いただけたようだ。


 私は肉球を触れなかったことに少しだけ物足りなさを覚えつつも、許しをもらえたことに安堵して帰路についた。


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