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2.病み勇者、魔女に助けられる

※勇者視点


 最初は家族を守るためだった。


 それがいつしか村のためになり国のためになり、いつの間にか世界のために血だらけになって魔物を殺した。いつの間にか俺は勇者で、追い立てられるまま必死で魔物退治に明け暮れた。


 あらゆる脅威の討伐を押し付けられ、最後に命じられたのは魔王討伐だった。魔王の住処へと乗り込んだ俺は、ただ俺の望みを叶えるためだけに魔王を殺した。


 これで世界は救われる。俺は『勇者』から解放され、やっと家に帰れるんだ。


 もう血だらけの最低な世界から解放されるんだ。


 そう信じていたのに、俺に与えられたのはやはり最低な世界だった。




 全身の痛みに目を覚ます。木の葉を敷いた天井が目に入り、ここがどこか分からず身体を起こそうとして身動きが取れないことに気づいた。


(何だ・・・)


 感覚で分かるのは、身体が毒と痺れにやられていることだった。体中の血液が沸き立つように熱いのに、全身の感覚が遠い。


 動かせるのは目と、無理やり動かして首程度。顎を引いて何とか自分の身体を見て、自分が寝台に寝転がっていることが分かった。


(どこだ、ここは・・・)


 覚えているのは深く広い魔物の森に立ち入ったこと。そして直前の記憶と言えば、突然の地鳴りと背後からの毒液。そして大きな生き物に体を突き飛ばされたことくらいだ。意識を失う瞬間、さすがに死んだと思ったのだが。


(死ねなかったか・・・)


 眼球を駆使して見回す。周囲は廃墟のようだった。最初に見えた天井は渡した丸太に木の枝を幾重にも重ねて雨露を凌げるようにしただけの原始的なものだし、壁も朽ちたレンガがかろうじて立っているようなありさま。


 そうであるにも関わらず、俺の体にはどうやら毛糸の上掛けがかかっていた。


(助けられた・・・・?)


 森の獣に上掛けを掛ける気遣いなどないはずだ。しかし、周囲の気配から村に戻ってきたのでもなさそうである。だとするなら、ここはまだ森の中だろう。


(・・・森に棲んでいるのは魔女だったか・・・)


 森の外の村でそんな話を聞いた覚えがあった。魔物を操る魔女がいると。きっと魔族か何かだから討伐を頼みたいと言う村人に、そうですか分かりましたと曖昧な返事をした記憶がある。


(魔女が助けた・・・?)


 その時、外から人の声が聞こえた。


「駄目よ、これはお客さんの分なの。皆には逆に毒かもしれないし食べられないわ。中に入らないでおいてね」


 穏やかな女の声だった。俺はますます分からなくなる。魔物を操る魔女にしては優しげな声だ。


「あっ、お気づきですか?」


 布がめくられる音と共に女が声を掛けてきた。寝台のそばに現れたのは、黒髪のまだ若い女だ。


「すみません。あの、誓って怪しいものではありません」


 女はそう言って持っていた盆をそばの棚に置き、身動きの取れない俺に見えるよう寝台に手をついて身を乗り出して顔を見せた。きぬのローブを身にまとった落ち着いた雰囲気の素朴な美人。赤暗色の瞳に長い黒髪が落ちかかるのを片手で押さえている。


 女は身体を戻して言う。


「あの・・・えっと・・・森の中で倒れているのを見つけまして、助けました。あの、怪我をなさっていたので・・・。一応治癒魔法で傷は塞ぎましたが毒がまわっているみたいで・・・痺れで痛みを感じないうちに毒消しだけでもと思ったのですが、その・・・飲んでいただけますか?」


 女はたどたどしく言う。自分が怪しまれることを前提とした物言いだ。怪しい自覚があるらしい。やはり魔女なのかと思いつつも、俺は何とか声を出した。


「・・・い・・ただ・・・く」


 喉がうまく動かずかすれて途切れた声がでる。かなりの痺れだ。この女が魔女かどうかなど今はどうでも良い。どうせ毒と痺れでは死ねないんだから、施してくれるのなら貰うまでだ。


(どうなっても良いんだし)


 俺の返事に女はホッとしたように胸をなでおろした。棚の上から小さな木の器を取り、木匙を俺の口元に差し出した。


「あの、とても苦いままなのですが」


「なれ・・・てる・・・」


 俺はそう言って口を開き、薬を飲ませてもらった。口の中にどろりと泡立った感触のえぐい草の味が広がる。毒消し草そのままの味だ。砂漠で餓えながら戦った時の記憶を思い出す。あの時も早く死んで楽になりたいと思っていた。


「あと三口です。口直しもなくてすみません」


「いい・・・」


 二口目から身体の熱が引いていくのを感じる。さらにもう一口で呼吸が楽になり、最後に内臓からの違和感が消えた。質の良い毒消しだ。


「痺れの方の薬もお持ちしますので、もうしばらく横になっていてください。お水飲まれますか?」


「欲しい」


 そう言うと、女は承知しましたと言って立ち上がり、寝台を離れた。そしてすぐに水の入った木のコップを手にして戻ってくる。


「どうぞ」


 先程と同じように木の匙にすくい、俺の口元に水を運ぶ。口の中の苦味がいくらかマシになった。


「あなたは・・・?」


 敵意を感じない甲斐甲斐しい世話に、俺は警戒するのも馬鹿らしくなり尋ねた。


 コップを手にした女はハッとして言う。


「あ、すみません。私はクララと申します。えっと・・・元僧侶です」


「僧侶・・・」


 聖職者でありながら信仰にのっとり魔物と戦う者を僧侶という。この女の穏やかな物腰と毒と痺れへの素早い対応。確かにかつて僧侶であったなら辻褄は合う。


 しかし、元僧侶なら普通は教会で僧や尼に戻っているはずだが。


「あの、私もお名前をお聞きしてよろしいでしょうか?」


 女、もといクララが尋ねてくる。自己紹介・・・。勇者と呼ばれるようになってからは名乗るまでもなく名を知られていたから、久しぶりだ。


「カロン・・・です。姓は・・・・・・ありません」


 声を出すのが楽になってきた。元々痺れには耐性があるのにここまで回復しなかったのは毒が相当強力だったかららしい。魔物に受けた痺れは大抵上半身から引いていく。腕に力が入るか試したが、まだ頃合いではないようだ。


 俺は息をついて言う。


「見ての通り、冒険者です。もはや世間では厄介者扱いですが・・・」


 自分でも気づかないうちに、俺は自嘲めいた笑みを浮かべていた。魔王が死に魔物は激減した。それ故に冒険者は戦う対象を失い、ギルドは機能しなくなり、多くの者が失業に喘いでいる。


「えっと・・・それはどうして?どういうことでしょう?」


 しかしクララは俺の自嘲の意味が取れず首を傾げた。俺もまた眉根を寄せる。この女、知らないのか?


「それは・・・魔王が倒されたからですよ。もう一年も前のことです」


「えぇっ!?」


 クララは飛び上がるように驚いた。コップの水が揺れる。


「一年前?!それは・・・確かなのですか?」

 

 確かかと問われれば、止めを刺した本人が言っているのだから間違いはない。けれどそれを言うと話がややこしくなる気がして、俺は頷くにとどめた。


 そんな・・・とクララは虚空を見つめる。


「そうか・・・!だからあんなに・・・なるほど・・・はっ!だからあれが・・・そうか!それでみんな・・・・」


 ぶつぶつと呟きながら驚愕と納得を繰り返す。情報には疎いが察しは良いらしい。


 クララはふとこちらに気づくと、コップを両手で握り恥じ入った様子で言った。


「すみません。私、少々引きこもり気味で・・・」


「いえ、こんな森では仕方がないでしょう」


 その言葉にクララはあっと声を上げた。


「あの・・・ちなみにどうしてそんな森で行き倒れていらっしゃったのでしょう?」


「それは・・・・・・・依頼があって」


 咄嗟に嘘をつく。言いづらい。死に場所を求めてきたなんて。しかしクララは傾聴の姿勢を崩さない。どうやら依頼の内容まで言わなければならないようだ。


「・・・・・・森にある珍しい薬草の採取で」


 とりあえず適当に誤魔化してみる。するとクララは初めてぱっと明るい笑顔を見せた。


「そうでしたか!よかった・・・・あ!でしたら私、お手伝い出来るかもしれません。何という薬草でしょう?」


「え?えと・・・なんだったか・・・まだ頭が働かなくて・・」


 俺は首をかしげて眉根を寄せた。するとクララはハッとして恐縮する。


「あ!すみません、そうですよね」


 クララはそういうと、傍らの盆にコップを置いて俺の上掛けを軽く直した。


「痺れ取りを煎じますので、少しお休み下さい。食べられそうなら後程お夕飯をお持ちします、粗末なものしかありませんが」


「いえ・・・すいません、世話になって・・・」


「いいえ、困ったときはお互いさまです。それにカロンさん、御自覚があるか分かりませんがとてもお疲れのようですよ。治癒魔法がなかなか通りませんでした。根本的な回復が必要です」


 俺が何者かわかったせいか、クララは途端に明るくなった。初対面の俺が思うことではないが、男をそんなふうに簡単に信用してはいけない。


 しかしクララはすっかり気を許したように微笑みかける。


「私は外にいますので、何かあったらお声がけください。少し時間がかかるのでゆっくりお休みくださいね」


 拾っただけの俺に対しなんて優しい言葉。俺は思わず心打たれる。そう、俺は休みたかった。どこか安心できる場所で、ただひたすら休みたかった。


 クララはおやすみなさいと言って部屋を出ていった。その頃には痺れは胸まで解かれ、自分の周囲が少しだけわかる。寝台の周囲に土レンガの壁がある、それだけだった。三方を囲む壁に無理やり屋根を敷き、出入口には布一枚。


 こんな廃墟に住んでいるのか?魔物の棲む森に?たった一人で?


 そこまで考えて俺は思考を止めた。やめよう、詮索するのは。


 彼女が何者でもいい。もし本当に魔女だとして、寝ている間に魔物に食い荒らされようと別に構わない。


 俺は休みたいし、彼女は休んで良いと言う。たとえそれが永遠の休息だったとしても、俺は構わないんだから。


 俺は静かに目を閉じると、許された休息をひたすらに貪った。


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