1.魔女、勇者を拾う
西のウィチカ大陸には、魔物の森と呼ばれる深い森がある。
深く広大なその森は、かつて古の魔王が屠られた際、主を無くした魔物たちが逃げ込んだと言い伝えられ、長い間人々は近づくことすらしなかった。
そんな人も寄りつかない森の奥深くに、私、クララはこれまで一人隠れ住んでいた。
のだけれど。
のどかな午後、麗らかな木漏れ日の木陰の椅子に座る私の膝の上には、見目麗しい成人男性の頭部が差し出されている。その傍らには本日の獲物である数羽の野鳥。持ち帰ったのはもちろん目の前にひざまずく男性、カロンさんだ。
金髪の髪に青い瞳、男らしいのにどこか可愛らしい少し垂れた目と整った顔立ち。立てば私より頭一つ大きい鍛え抜かれた身体を折りたたみ、私の前に跪き、私の膝に頭を置いてこちらをキラキラとした目で見上げている。褒められ待ちだ。
私は思わず苦笑する。
「たくさんの獲物をありがとうございますカロンさん。とっても嬉しいです。今日は焼き鳥にしましょうね」
そう言って頭をよしよしする。
よしよし・・・よしよし・・・よしよし・・・。
私が撫でるあいだ、目を瞑ってされるがままのカロンさん。
カロンさんは冒険者さんで、おそらく相当なレベルの剣士さんだと思うのだけれど、よくわからないままにいつの間にか森の中で一緒に生活している。
彼を拾ったのは、もう一月ほど前のことだ。
「えぇ・・・」
深い森の中の通いなれた薬草の採取地。
その道すがらに突如現れた巨大な『けものみち』に私は戸惑いの声を上げた。
『けものみち』と呼んだのは、そこだけが地面を抉り周囲の木々をなぎ倒して巨大な穴のようになっていたからだ。森の中に突然大通りが現れたようなその空間は、恐らく大型の魔物が移動した跡である。
倒木だらけのその道をたどり、その痕跡を見回しながら私は呟く。
「ドラゴンさんかしら・・・?それとも新顔さん・・・?」
(どちらにしろツナミ草は全滅だわね)
長く通っていた貴重な薬草の群生地は押しつぶされてしまったようで、残念ながらリボンを付けた目印の木は無残にも根本から横たわっていた。
(困ったわね。やっと移動呪文の更新が出来ると思ったのに)
薬草を売ったお金で魔法道具を買おうと思っていたのに。少しでも使い物になるモノは無いかと、私はその場に膝をつき倒木の下を覗き込んだ。
「?!」
とたんに私は驚いて言葉を無くした。倒木の下に血だまりができている。
「大変!動物かしら・・・?」
私は立ち上がり、周囲をもう一度よく見まわした。すると倒木の向こう側、けものみちからはじき出されたようにすこし離れた所にその主は倒れていた。
「人だ・・・・」
私は思わず息をのむ。
(この森に・・・人!?)
ここは魔物の森。そして、住んでいる私が言うのもなんだがかなりの深部だ。ちょっとした用でこんな所までのこのこ入ってくる人はいない。
(何者なの・・・何の目的で・・・)
一瞬考えたあと、私はそっと近づいた。生死を確認しなくては。
近づきながら私は注意深く観察する。地面に投げ出されるように横たわる身体は均整のとれたたくましさで、装備からして冒険者のようだった。こんなところで冒険者を見るなんて初めてだ。見たところ剣士のようだけれど、他に仲間はいないのかしら?
私はもう一度周囲を見回しながら、冒険者の頭元へと回り込む。金色の髪が血で汚れている。頭を怪我しているなら動かさない方が良いかしら?動かすにしてもまずは治癒してからでないと。
口元に手を当てて息を確認する。
「・・・・・あぁ・・・」
生きてる。
(助けなきゃ・・・駄目よね・・・)
さすがに見殺しは良心が痛む。
私は戸惑いながらも冒険者さんに手をかざし治癒魔法を唱え始める。
そうして私はカロンさんを拾ったのだった。