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アンドロイドオアロイド  作者: M. Chikafuji
アンドロイドオアロイド|リターンズ
9/14

戻ってきた

 


 長い通路に硬い足音が響く。左右に並ぶ牢屋からは物音ひとつしない。透明な静けさを、天井から垂れる古い灯光(ランプトーチ)が白く霞ませている。



「まるで遺跡だな.生命活動をまったく感じない」


「少なくとも、宮廷の牢獄とは異なる……奇妙だ」



 鉄格子の向こうには、無人の薄闇が映るばかり。囚人も看守(まも)る騎士団もいない。いったい、どこから転移させてきたんだ? そして何より、こんな牢獄で私を捕らえようなどとは、全くあり得ん道理だ。



「脱獄のため、魔術で地図を記す。そこの壁に右手をつけ」


「こうかね.魔術で測位できるのはありがたいな.私も技術的に測位を試みているのだが――」


 無視して杖の左手をつかみ、鑑定(レーティア)地図記(マッパー)を詠唱。壁越しに魔術応答を探り、牢獄全体の地図を浮かび上がらせる。


 廊下の両端にそれぞれ出口があるだけの、一本道。……やはり奇妙だ。


「通路一本とは簡素すぎる。まさか、魔術で作られた牢獄とでもいうのか? これほどの大魔術の詠唱には、莫大(ばくだい)な術力を要するはずだが」


「背景情報よりも,この牢獄の追加情報を私は取得したい.あの光のような(もや)のせいか,私のS.E.N.S.E.(センス)には奥の構造が感覚されないんだ」


 アンドロイドは手を離さないまま、私に裏回(うらまわ)って背を押してきた。


「ただの古びた灯光(ランプトーチ)だぞ? 世界地図から地名(ブラダリア)を消し飛ばすアンドロイドが、いったい何を怖がる」


「だってだね,これだけ明るいのに光子(フォトン)は検出できないし,通路の奥も観えないんだよ.私の知る光の法則が成り立たないのは,アンドロイドとして,だんだん気味が悪くなってきてね」


「分からんな。私の杖ともあろうものが情けない。通路の奥が知りたいのなら、この地図を読むことだ」



 鑑定レーティア地図記(マッパー)の結果から、通路に罠が仕掛けられていないことは明確。私はアンドロイドの左手を引いて先へと進み。進んで。進もうと。……進めん。


 両目が宙に浮かぶ地図に釘付けだ。右手で触ろうとしては当然に空を切っている。試しに地図の方を動かすと、超重量の杖も追従してきた。


 これで私と似た体格とは、やはり謎が多い。地図に張りつく様ひとつをとっても、この世界の生き物ではないことを改めて感じさせる。異世界を出自とするアンドロイドは、視線を地図に固めたまま口を開いた。



「君の鑑定(レーティア)の結果は,視覚的感覚があるにもかかわらず,私のS.E.N.S.E.(センス)には直接観測されない.試行回数はn=2だが再現性もある.これは,――実に驚くべき現象だ」


「訳のわからん言葉を並べるな。私は、貴様のセンスがどんなものかも知らんのだぞ」


「技術情報は機密が多く,私自身にもアクセス制限があるのだよ.しかし――私のInHeartalOnインハータロンの能力向上により,想起(リコレクション)できる内容は増えている.この機会に,君にもっと私を知って欲しい」


「歩きながら聞こう。ただし、貴様の説明能力には課題が多い。私が理解を深められるよう、心的機構(インハータロン)とやらの能力向上には常に励むことだな」


 心的機構(インハータロン)の能力向上が相互理解の鍵であることは、初対面の時に聞かされた覚えがある。私は未だに理解していないが、常に前進しようとする姿勢は、私の杖としてふさわしいと言えるだろう。


 黒きローブを大きく(ひるがえ)して先歩(あゆ)みを進める。見通しの悪い白霞みの視程に、白服を纏う金髪が滑るように映り込んだ。


「私の心的機構――InHeartalOnインハータロンは,コミュニケーションで成長する.コミュニケーションとは双方向の情報伝達の意味だ.私の情報伝達に対して,君も応答してくれると嬉しい」



 例によって嫌な予感がよぎる。しかし、これも心半分なアンドロイドの成長のためだ。私たちは歩調を前向きにそろえ、灯光(ランプトーチ)により白く霞む牢獄の一本道を進んだ。







───────────────────

アンドロイドオアロイド|リターンズ

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 長い通路に硬い足音が響く。左右に並ぶ牢屋からは物音ひとつしない。透明な静けさを、天井から垂れる古い灯光(ランプトーチ)と、私たちの会話が白く霞ませている。



S.E.N.S.E.(センス)は私の超感覚機構だ.明るい暗い,うるさい静か,硬い軟らかい――あらゆる感覚を統べる.ヒトの感覚が,目,耳,肌といった感覚器官から送られる情報を脳で処理することで生まれるのと似ている」


 情報を(のう)で処理? いや、まず細部は後に回して全体像を大掴(おおづか)みする。魔術の開発と同じだ。


「とにかく,視覚、聴覚、触覚などの感覚だな。では、わざわざ超感覚機構(センス)と称して私を混乱させるのはなぜだ」


 アンドロイドの黒瞳が瞬間だけ虚ろになる。再び光が宿ると、勢いよく両腕を開いて高らかに声を上げた。


「――技術情報の想起(リコレクション)に成功した!

S.E.N.S.E.(センス)の正式名称はSuper(スーパー) Entangled(エンタングルド) Neural(ニューラル) Sensing(センシング) Ensemble(アンサンブル).言い換えれば,超もつれ神経様感覚集団.ヒトの感覚を大幅に拡張したものなのだ」



 …………超もつれ神経様感覚集団。

 私は自分の前髪をかき上げるように頭をおさえながら、目線で続きをうながす。



「アンドロイドのモデルとなった古い時代の成人の脳では,平均して80億の神経細胞(ニューロン)が存在し,そのひとつひとつが1000程度のNeuron(ニューロン)と相互に繋がっていた.ニューロンは電気信号と化学物質により情報伝達を行い,総体として感覚を形成する.

――これに対してS.E.N.S.E.(センス)では,より多数のNeural(ニューラル)が,より協奏的に繋がる.ニューラルでは電気信号と化学物質だけでなく,超複雑系の量子もつれ(エンタングルメント)も利用して感覚集団を形成している」


「言葉の意味は皆目わからん。……が、イメージとして捉えよう。私の言葉で例えるなら、集落と国だな。より多くの民が集まることで、高度で複雑な魔術集団が形成できる」


 私の返答にふむと(うなず)く。幸い、この例え話は通じたようだ。


「我が国では、小さな集落領域よりも遥かに高度で複雑な魔術の開発と詠唱ができる。貴様の超感覚機構(センス)では、通常の感覚に加えて何ができる?」


「ヒトの感覚の大まかな分類は――視覚,聴覚,嗅覚,味覚,触覚の5つ,あるいはそこに平衡(バランス)感覚,固有覚を加えた7つだったらしい.しかし私の感覚は100をゆうに超える.S.E.N.S.E.(センス)は,多種多様かつ多数の検出器(センサ)群から送られる膨大な情報を,直感として制御する超感覚機構だ.しかもその気になれば,測定値として定量的に表現することもできるんだぞ」


 自慢げに胸を張ってはいるが、ひとつ大きな不備がある。


「しかし先の不寝(ねず)番では、この牢獄の転移に気付かなかった。貴様は、魔術応答を感覚しなかった。すなわち、この世界で最も重要な“魔覚”とでもいうべき感覚が欠落しているのだ。すさまじい超感覚を誇る異世界の技術でも、魔術応答は感覚できない」


「君に同意する.仕様(スペック)上は暗黒物質(ダークマター)さえ感覚可能な私のS.E.N.S.E.(センス)痕跡(トレース)も出ない.魔術応答,――驚くべき変数(パラメータ)だ」


「貴様が同意したことは分かった」



 アンドロイドは魔術応答を感覚できない。この事実は、薄々わかっていたことではある。ただ、双方向の対話で合意に至ったのは大きな一歩だ。前進をかみしめる私の隣で、アンドロイドは文字通り舞い上がって感情を表した。



「君との会話で確信できた.――測定の歴史が変わるぞっ!! この高揚感は,姿勢制御スラスタで飛び上がるほどだよ! 科学技術はまだ進歩できる! 次は私の仮説――魔術による複素数の実測について議論したい」


「その前に、貴様の説明の問題点を指摘しておく」



 私が歩みを止めると、宙空で静止したまま首をかしげた。肩にかかる程度の金髪が片側にこぼれる。……まさか、今の長ったらしいS.E.N.S.E.(センス)の説明が明確でわかりやすかったとでも思っているのか?


 全体像の大掴(おおづか)みはどうにかこうにかだが、会話のひとつひとつは理解から遥か遠い。有能な魔術師の私にさえ、アンドロイドの話は難解だ。理由ははっきりしている。



「貴様の説明は具体的でわかりにくい。もっと抽象的な表現を心がけろ」


「ええ――!? 具体的でわかりにくいって,数学者みたいな発言だな.普通は逆だと思うよ」


「私たちの対話は世界を越えているんだぞ。世界魔術(オーダーズ)による翻訳にも限界がある。わかるか? 貴様の使う技術用語の翻訳ができないという意味だ」


 宙に浮かぶアンドロイドの左手を引き、私と同じ高さに下ろす。


「しかも、ひとつの用語を問えば、新たな用語が二つ三つと返ってくる。貴様の世界が記し積み重ねた技術の歴史書を、異世界の魔術師に全て読み込んで理解しろと貴様は迫っているのだ」



 難解な概念を身近な例で具体的に説明するのは常道だ。しかしながら、私に説明するのは異世界から来たアンドロイド。魔術の詠唱もせず、姿勢制御スラスタとやらで宙に浮くアンドロイドである。

 私はあいにく、このような存在が身近にいなかったため、挙げられる具体例は複雑怪奇な迷い道。下手をすれば脱出困難な牢屋に入りこんでしまう。


 ()るべき方針は逆だ。


 難解で抽象的な概念を、そのまま難解で抽象的なイメージとして共有する。その具体例は、私たち自身が示していけばいい。ここには、私たちがいるのだ。我が国で最も有能な魔術師であるロイ=ド=オアロイドと、異世界の技術の集積たるアンドロイドは、すでに手を結んでいる。



「具体例は、言葉ではなく行動で示せ。貴様のS.E.N.S.E.(センス)の真価は、今後みさせてもらおう」


「承知した.そうなると,先に抽象的な説明か.私の心的機構――InHeartalOnインハータロンの能力向上が必要そうだが,なにごとも挑戦だ.少し聞いてみてくれるか」


「……歩きながら聞こう」



 例によって、猛烈に、嫌な予感がよぎる。しかし、これも心半分なアンドロイドの成長のためだ。私たちは改めて歩調を前向きにそろえ、灯光(ランプトーチ)により白く霞む牢獄の一本道を、さらに先へと進んだ。







───────────────────

アンドロイドオアロイド|リターンズ

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 長い通路に硬い足音が響く。左右に並ぶ牢屋からは物音ひとつしない。透明な静けさを、天井から垂れる古い灯光(ランプトーチ)と、アンドロイドの話が白く霞ませている。




「――――――って,君.聞いているのか? 一方的に私だけ話すのは寂しいよ」


「少なくとも、宮廷の牢獄とは異なる……奇妙だ」


「どうしたんだい? さっきと同じ発言をして」



 視界の右前方には、ひしゃげた鉄クズが静かに壁にしがみついている。さっきと同じ。その通り、まったくもってその通り(・・・・)だ。



「私たちは戻ってきた。さっきまで居た牢屋の前に」



 鉄格子の向こうには、無人の暗がりが映るばかり。囚人も看守(まも)る騎士団もいない。いったい、どこから転移させてきたんだ? そして何より、こんな牢獄で私を捕らえようなどとは、全くあり得ん道理だ。



 ……まったくもって、あり得ない一本道だ。


 


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