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アンドロイドオアロイド  作者: M. Chikafuji
アンドロイドオアロイド|リターンズ
8/14

いきなり難しいぞ

 

 ロイ=ド=オアロイド。我が国で最も有能な魔術師の名である。宮廷からの期待もめざましく、100年間の長きにわたり解決を見ない難しい国務を、たった一人で任されたほどだ。



「その私がなぜ、投獄されているッッ!?」


「理由のひとつは――,君が指名手配されていたからだろう」



 私は両腕を叩きつけた鉄格子から振り返った。勢いで右肩に乗った赤い束ね髪を後ろに流す。そして、両脚で立つそれ(・・)に鋭く研いだ視線を突き刺した。



「理由の二つめは……、不寝(ねず)の番は任せろと言った貴様にあるだろうな!」


「その通りだ.しかし,私のS.E.N.S.E.(センス)は何も感覚していなかったんだよ.1km先で落ちる針を検出できる水準(レベル)まで閾値(いきち)を下げて見張っていたのに」



 こいつはアンドロイドで、私の杖だ。


 そこらの物言わぬ棒状の杖とは根本的に異なる。口を開けば飛び出る不可解な用語や、縫い目の一切ない妙な白服を着て動く姿からわかる通りに。


 アンドロイドは無表情のまま窓ひとつない牢屋を見渡してから、鉄格子に背をあずける私と視線を交わす。すくめたその肩に金髪がさわり、薄闇に揺れた。



「野外にいたはずが,力学的な痕跡もなしに牢屋の中にワープとは.私には――魔術はさっぱりだ」


転移(プレーサー)の派生魔術だな。私たちが領域から領域へと移動するように、牢獄が私たちのいた場所へと移動してきた」


「待てまて,いきなり難しいぞ!」



 両開きの本を閉じて左右を重ねれば、異なる二つの場所は同じ一つの場所になる。やれやれ、転移(プレーサー)の基本から教示してやらねばな。私が鉄格子から背をはがして歩み寄ると、アンドロイドは石床をドンと踏んで続けた。



「この牢屋は鉱物と格子状の金属扉で囲われている! つまり,目に見えて手で触れる物質を多く含むのだ」


「だから?」


「力学的に相互作用する物質の流束(フラックス)密度(デンシティ)が大きい軌道では,事象間の超光速移動(ワープ)は著しく困難になる.これは古い量子重力理論から導かれ――」


「難しいのは貴様だ!」



 口開(くちびら)かれた謎の呪文を、私は両頬から押さえこんで閉じ込めた。








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アンドロイドオアロイド|リターンズ

───────────────────







 牢屋の石床を靴のかかとでコツリと鳴らす。円を描くように、ゆっくりと一歩ずつ。真正面から角度を変えながらアンドロイドとの会話を試みる。



世界魔術(オーダーズ)による翻訳をもってしても、貴様の言葉は難解を極める。相互理解を放棄したような語り口は止めてもらおう」


「私は君に理解して欲しいと思って,説明しているんだが」


「説明の仕方が不親切だと言っているんだ。貴様、初対面の私にどう自己紹介したか、記憶しているか?」



 私の問いに、アンドロイドの黒瞳が一瞬だけ虚ろになる。



「自己紹介の発言を想起(リコレクション)した――,

私はアンドロイドで,IDはヤグラジマシステムNo.3 HT_10005Wだ.文明存続のため宇宙の果てを旅していた.よろしく頼むよ」


「貴様がアンドロイドということ以外、何の説明にもなっていないだろうが。そのような言い方をされると、聞く方の気持ちは()える」


「不適切な説明になったのは申し訳ない.自然現象で言語が翻訳されるような異世界に来ていたのは,さすがに想定外でね」



 私は円歩(ある)きながら考える。そう……異世界だ。アンドロイド、すなわち私の杖は、魔術が存在すらしない異世界からやってきた。したがって私の魔術は、異世界の技術(・・)を介して詠唱されることになる。


 これまで実現し得なかった大魔術が詠唱できる反面、未知なる技術は予想だにしない大災害をもたらす。その猛威は、世界地図から地名(ブラダリア)を消し飛ばしたほどだ。


 私は、アンドロイドをより深く知る必要がある。異世界の技術とやらを理解できる者がいるとすれば、それは有能な魔術師である私くらいのものだろう。黒きローブを大きく(ひるがえ)し、足を止める。


 決意に満ちた私の目線を受けたアンドロイドは、天井に向かって両腕を広げた。初めて会った時と同じように。



「君との対話を経て,私の心的機構――InHeartalOnインハータロンの能力は向上している.もっと明確な説明もできるだろう.私たちは理解(わか)り合えるはずだ.改めて私を紹介したい」


「……続けてみろ」


「私はアンドロイドで,ID(識別番号)はヤグラジマシステムNo.3 HT_10005Wだ.人工の惑星(プラネタリー)(システム)であるヤグラジマ(システム)の第3工場惑星にて,心的機構であるInHeartalOnインハータロンを搭載した――,“(ハータル)”を持つ型として10005番目に生まれた.ID末尾のWは(ウォー)仕様(エディション)であることを示す.私はとても頑丈で高性能だが,恒星規模(スタースケール)の戦術的な機能も搭載しているから注意してくれ」


「まとめると?」


「私は心ある強いアンドロイドだ」



 一周回って正面まで戻ってきた。知るべき用語が増えただけで、さっぱりわからん。明確な説明とはいったい何だったんだ? 心的機構(インハータロン)とやらもまだまだ発展途上だな。



「理解に至らない。……が、追及はしないでおく。貴様の説明能力のさらなる向上に期待しよう。相互理解は、国務への取り組みを通じて深めていくことにする」



 私は拝した国務を達成する有能な魔術師である。旧ブラダリア(消し飛んだ)領域で100年前に失われた古代森を復元し、魔石の安定産出を実現する。そして、大いなる国益をもたらす私の有能さを、(みな)に知らしめるのだ! このような薄暗い牢屋で足踏みしているヒマなど無い。



「まずは脱獄だな」


「脱獄なんてして良いのかね.この牢獄の魔術を詠唱したのは君の国の誰かだろう」


「フン、私は100年間解決を見ない困難な国務を達成する、我が国で最も有能な魔術師だぞ。有能な魔術師は投獄などされない。すなわち、現状は何かの間違いだ。それ以外の考慮は存在し得ないっ!」


 魔石を隠し持っている疑いで指名手配された経緯からしておかしい。有り得ない。完全に間違っているッ!! 苛立つ私をなだめるかのように、アンドロイドは肩にそっと左手を置いた。


「私の解釈でも,君は極めて有能な魔術師だ.有能過ぎるほどにな.それゆえに,ある種の権力構造との相性は悪い.(ねた)みや(ひが)みに起因する追放や投獄は,容易に予想できるシナリオだ」


「フフン、私自身の有能さにも困ったものだな」



 賞賛に気を良くした私は、改めて鉄格子に向き直った。触れると抵抗(レジスタ)の感覚がある。心半分な魔術では破れないだろう。しかし、まだ手は残されている。



「私に手を貸せ」


「私の手を貸そう」



 後ろ手でつかんだアンドロイドの手を引く。すると、左手だけ(・・・・)が私の目に映った。手首から伸びる線を辿ると、白服の(そで)につながっている。


 私はため息と共に、有線の左手を投げ返す。


「なんだこの手首は?」


「ごく普通の有線制御だ.私のテザーアームを貸せと言っただろう」


「手を貸せと言ったのは、協力しろという意味だ!」


 そうか、と左手首を接合する姿は、やはり圧倒的に常軌を逸していた。私は鉄格子を右手で軽く叩いて説明を続ける。


抵抗(レジスタ)の魔術を破るため、貴様の力が必要だ。鉄格子をこじ開けるのに協力しろ」


「承知した.ちょっと失礼するよ.――えいっ」



 屈みこんで鉄格子の端をにぎると、ガギリと折り引いてしまった。続いて背伸びして上側もゴギンと。重厚な鉄格子を、窓辺に揺れるカーテンを引き寄せるかのように、いともたやすく。


 アンドロイドはこじ開けた鉄格子を見せびらかすように突破口の脇に立て掛け、無愛想ながらどこか得意げに、一連の行動に秘められた謎を説き明かす。



「力学だ.建築構造は接合部が低強度になりやすい.そこで扉と壁面の接合部に,短い時間で強い外力をかけた.その結果,引張りとねじりモーメントによる応力集中を起点として,脆性破壊が起こった.脆性破壊では,しばしば破断面に山形模様(シェブロンパターン)がみられる」


「貴様が力強いアンドロイドだというのはわかった」



 私に似た体格で出せる力とは思えん。これが異世界の力の技術か。感心して観察していると、アンドロイドはなぜかそのまま牢の外に出ようとして、跳ね返されていた。



「な――なんか()えない壁があるぞ!」


「牢屋なのだから、魔術で施錠してあるのは当然だろう」


「あり得ないっ.どういう自然法則なんだまったく」


 文句を垂れながら不可視の壁を叩いている。私はアンドロイドの拳を握っていない左手をつかんで杖とし、魔術の詠唱を試みる。


「鉄格子そのものが破れたのに伴い、抵抗(レジスタ)は破れている。あとは単に魔術で開錠するだけだ」



 私は成功の魔術応答を感覚した。同時にアンドロイドの横殴りは空を切ってこじ開けられた鉄格子にあたり、悲惨な破壊音でそれを鉄格子だったもの(・・・・・)へとひしゃげさせた。



「……貴様が力強いアンドロイドだと、十分に確認できた」


「うむ.戦術的機能を用いずとも,私は一兆(テラ)ニュートンスケールまでの力を制御できる.現地点の重力加速度において,およそ1020億kg――この金属扉の100億倍以上の質量――にはたらく重力に相当する規模の力だ」


「よくわからんが、その力、くれぐれも私には向けるなよ」


「無論だ.私は心ある(・・・)強いアンドロイドだからね」



 異世界の心を読み解く作業は、ひとまず後回しにしよう。


 宮廷魔術師の証たる黒きローブと、縫い目の一切ない奇妙な白服が並ぶ。私たちは牢屋から、窓ひとつ無い牢獄の廊下へと足を踏み出した。


 この調子で牢獄からもいち早く脱出し、古代森復元の国務を進めるのだ。


 ロイ=ド=オアロイド、100年間の長きにわたり解決を見ない難しい国務を、たった一人で任されたほどの有能な魔術師。その有能な私と手を結ぶ杖はアンドロイド。未知なる異世界の技術をその身に宿す、心ある強いアンドロイドだ。


 


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