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アンドロイドオアロイド  作者: M. Chikafuji
アンドロイドオアロイド|ハロー
5/16

有力な仮説がある

 


 視程の果てからゾンビやスケルトンやゴースト共が続々と向かってくる。亡者共のすさまじい勢いはまるで迫りくる嵐だ。さすが国がひとつ落ちただけはある。



「何だいあの物量は! どう対策するんだね?」


「今考えている」



「私は君を死なせはしないぞ.協力できることがあれば何でも言ってくれたまえ」


「今考えている……!」



 《エコシード》を止める方法は二つ。100年の間に領域全域に蔓延(はびこ)った地下茎を全て同時に破壊するか、モンスターを全て殲滅するかだ。私は開発ノートをめくりながら、残り少ない猶予(ゆうよ)でどう対応するか思索を巡らす。


 アンドロイドは私の肩に左手を置いてノートを覗いている。ただその姿勢は明らかにうなだれていた。手先を落とした右腕も力なく垂れ下がる。



「本当に申し訳ない.これは,私が樹根を握りつぶしたせいで招いた状況だ」


「ぽっと沸いて出た貴様が気に病むことなど微塵も無い。むしろこの状況は絶好のチャンスだぞ」


「強靭だな君は」


「フフン、窮地を乗り越えてこそ、私が有能な魔術師だと示せるというもの」



 停滞気味のブラダリア古代森復元の現状を打破するため、私はいくつかの魔術を鋭意開発中だ。開発ノートをめくる手を止める。このページに記されているのは、ブラダリア全域の亡者を全て昇天させようという光の大魔術。



裏天使(バックヘイロウ)の魔術で、奴らまとめて天に還してくれるっ!」


Back(バック) halo(ヘイロウ),良い魔術があるんじゃないか! なぜすぐに使わなかったんだい?」


「存在しない魔術だからだ。ゆえに、これから開発して詠唱する」


「実に強靭だな君は」






───────────────────

アンドロイドオアロイド|ハロー

───────────────────






 裏天使(バックヘイロウ)の開発は以前に頓挫とんざしていた。必要な術力の莫大(ばくだい)さが、どうしても解消できなかったからだ。しかし、追い込まれた極限では時に起こるものがある。


 躍進(やくしん)、そう呼ばれるものだ。


 私は閉じたノートでアンドロイドの頭を軽く叩いた。あまりにも時間が無い現状では、この無表情に賭けるしかない。



「私だけでは術力をまかなえん。そこで、貴様から術力を絞り出す補助魔術を組み込み、裏天使(バックヘイロウ)を完成させる」


「私のエネルギーを術力に変換,――なるほどな.ただ,魔術は密度(デンシティ)行列(マトリックス)の複素成分を直接取得するような不思議な現象だ.懸念を言えば,未知なる魔術の影響で私のダークストレージから機密情報が漏洩(リーク)してしまった場合に」


「あ と に し ろ」



 私は小杖をアンドロイドに向ける。魔術は吸収(サクション)からの派生でいけるはずだ。派生魔術の開発では、まず元の魔術を詠唱した際の魔術応答を確認して、目的の応答に近づくように少しずつ変えていけばいい。


 私はアンドロイドに対し吸収(サクション)を詠唱する。しかしながら、魔術応答が私に感覚されることはなかった。



「魔術応答のひとつくらい返してこい! 何なんだ貴様はっ!!」


「有力な仮説がある.あまりにも現実離れした話だが,――私は異世界から来たのではないだろうか」


「そうか、後にしろ」


「興味無いのかい!? 異世界から来たかもしれないアンドロイドなんだよ!?」


「ただでさえ時間がないのに貴様の出自など聞いていられるかっ! こうしている間にも亡者共はバルコニーに……上がろうと……」



 小杖で指し示したバルコニーの欄干(らんかん)には、朽ちた手が掛けられていた。まさか、既にここまで! 振り返ったバルコニー出口の向こうからは、乾いた骨鳴りが近づいてくる。これほどまでに侵攻が早いのか……!


 逃げ場を失った私は忌々(いまいま)しく晴れ渡る天を仰いだ。



「くっ、この空高くに浮かぶことができれば!」


「承知した.加速に備えたまえ」


「は? ……うわぁっ!!」



 背後に回ったアンドロイドに抱きかかえられた次の瞬間、私の視界が黒く狭まった。暴風が服の中を荒らした。内臓が引きつり、裏返るかのように浮かび上がる。前後左右と上下の消失。私はすがりつくものを探して闇雲に手を振り回すしかなかった。



「ぅううっ! ああっ、何なんだいったい!?!?」


「落ち着いて,まずは呼吸を整えるんだ.深呼吸だよ.吐いて.吸って.吐いて.吸って.吐いて.そうだ,上手いぞ」



 (かす)かに聞こえた声に従って呼吸をするうちに、私は自分が真っ青な空間にいることに気付いた。風が吹きすさぶ青はまるで大空のようであり、下を向けば私の両足の遥か下方に、点々に覆われた四角いものが視えた。


 ……あれはブラダリア古城ではないか?


 だんだんと冷静さを取り戻すと、アンドロイドが椅子のような姿勢で私を膝の上に抱きかかえていること、そして私たちが宙に浮いている状況を理解した。



「どうだ,君の要望に従い上空に浮いたぞ.姿勢制御スラスタの調子が悪いのか,落下速度をゼロにはできないようだが」


「まずは心より感謝する。しかし貴様と出会ってからというもの、私の想像力がいかに矮小(わいしょう)だったかを思い知らされるな」


「私も同じだよ.さあ,エネルギー変換を表現する魔術の開発を続けよう」



 言われるまでもなく小杖を取り出そうとすると、黒きローブの腰部に感触がない。




 無い、私の杖が。




 ぞわりと背筋が冷たくなった。バカなっ! 魔術師が杖を手放すことなど……、いや、まさか。上空に飛んだ際のわずかな時間、私は冷静さを失い手足を振り回した。あの時、この手に小杖を持っていなかったか? まさか、あの時。


 ふいに私に光景が浮かぶ。私の手から離れた小杖が、ひどくゆっくりと、大地へと落下し、小さく、なって、いく、様子が、映る、の、だ。


 ブラダリア古代森復元の誓いが、私の魔術師としての矜持(きょうじ)が、私たちの生存が、他でもない私の失態によって亡者の地に落ちて、堕ちていく。杖なくして魔術は詠唱できない。いまや駆け出しの魔術師にも劣った私は、思わずして両目を手で覆っていた。



「何を、何をやってきたんだ、私は……!!!!」


「君が全てを負うことはないぞ.君と私で解決するんだ.問題を言ってくれ」


「魔術の詠唱に必須となる、杖を落とした」



 杖とは特別なものだ。魔術の詠唱のために術力を込める際、魔術応答は人ごとに微妙に異なる。よって、自分の魔術応答に適合した材料を適切に加工したものが杖となり得る。


 道端の枝では代わりにはならないし、ましてやここは大空だ。私自身の他にはアンドロイドしかいない。謎めくアンドロイドしか……いや、待てよ。




 ここには私の想像を絶するアンドロイドがいるのだ。


 そうだ……、そうだったのだ!


 今、私の思索の欠片たちは統合をみた。




「貴様を杖とする」


「何だって!?」


貴様に(・・・)魔術を詠唱するのではなく、貴様で(・・・)魔術を詠唱することにした」



 魔術応答もまともに返してこないアンドロイド。この謎の存在から、私の良く知る術力を膨大に捻出するのは無謀だった。


 取るべき手法は逆だったのだ。


 術力ではなくこいつの謎力で、従来実現できなかった裏天使(バックヘイロウ)の魔術を(ひね)りだす。



「私を杖にするっていったって,どうやるんだ?」


「まず私が試すから、後は自分でどうにかしろ。貴様の中には貴様自身さえ知らない何かがあるはずだ! 可能性を信じろッ!」


「私自身がしらない? 機密情報へのアクセスを試みるのは極めて危険だ! 何が起こるか――」



 何か言うのを無視し、私の胴を抱く力を強めたアンドロイドの両腕に触れる。この“杖”を介して、裏天使(バックヘイロウ)の魔術応答を完成へと導くのだ。私は術力を込め、史上初となる大魔術の詠唱を試みる。



「テータ紀1429年、ブラダリア亡国に永劫なる亡者の行進尋常ならざれども……」


「イベントID:識別不能,Blackhole(ブラックホール) Driver(ドライバ)ロード開始,――ッ――何だって!?!?」


「うわぁっ!!! 落ち、落ちるぅっ!!」



 アンドロイドが姿勢を崩したせいで私の下半身の支えが無くなり、私は脚を絡めて必死にしがみついた。



「何をしているんだ! せっかく魔術の手ごたえが感じられたのに」


「危険な技術情報を想起(リコレクション)した.Blackhole(ブラックホール) Driver(ドライバ)は、――戦術的な(・・・・)機能さえも動かせる代物(シロモノ)だ! 初のイベントで制御できる自信がない! 事故が起こったらとんでもない被害になるかもしれないぞ!?」


「そもそも過去の事故の被害がこの現状だ。穴を穴で塞ぐという言葉もある。貴様は私の杖という役割を担え」


「めちゃくちゃだな,もう」


「滅茶でも苦茶でも押し通す。私たちを死なせてくれるなよ……!」



 ゆっくりと下降する私たちがこの空にあるうちに、100年をさまよう墓標無き者共に永遠の安らぎを与えるのだ。さもなくば、私たちも亡者へと堕ちるだろう。



「テータ紀1429年、ブラダリア亡国に永劫なる亡者の行進尋常ならざれども一條(いちじょう)の光あり。大地を埋め尽くす幾万の亡者を昇天せし驚天動地は光の術域、()の千と三十二…‥」


Blackhole(ブラックホール) Driver(ドライバ)ロード中,承認ログ:該当なし,ハードウェアチェック:物理障害_分類2,情報漏洩リスク検出_優先度1,マスデリーター起動待機.Blackhole(ブラックホール) Driver(ドライバ)ロード完了,非論理演算へ移行 ― ̵̶―」



「‥ ̵͟… ̶͞‥裏天使(バックヘイロウ)




 あらゆる死を地から天に還す裏天使(バックヘイロウ)の照鳴がブラダリアに触れる。透明な棺桶で地に囚われた魂は、聖なる光輝を響かせながら天へと昇っていくのだろう。


 かつてない衝撃で暗黒に覆われた私には感覚できずとも、私が詠唱した魔術の結果は、後の歴史に示されることになるはずだ。



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テータ紀1329年

 リグ=ゼノグレムが禁忌の魔術《エコシード》を詠唱し、魔術暴走によりブラダリア滅亡。


テータ紀1331年

 第一次復興遠征、《禁忌魔術》《エコシード》によるモンスターの軍勢に阻まれ撤退。


テータ紀1332年

 第二次復興遠征、《禁忌魔術》《エコシード》によるモンスターの軍勢に阻まれ撤退。


テータ紀1335年

 第三次復興遠征、《禁忌魔術》《エコシード》によるモンスターの軍勢に阻まれ撤退。


テータ紀1339年

 第四次復興遠征、《禁忌魔術》《エコシード》によるモンスターの軍勢に阻まれ撤退。


テータ紀1349年

 第五次復興遠征、《禁忌魔術》《エコシード》によるモンスターの軍勢に阻まれ撤退。


テータ紀1429年

 第六次復興遠征、ロイ=ド=オアロイドが魔術裏天使(バックヘイロウ)を詠唱し禁忌の魔術《エコシード》を打破するも、余波でブラダリアが世界地図から消滅。ブラダリアの歴史に終止符を打つ。


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