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アンドロイドオアロイド  作者: M. Chikafuji
アンドロイドオアロイド|ハロー
3/17

ランプだ

 


 ブラダリア古城のらせん階段を降りて、私たちは地下室にいた。ひやりと冷たい暗がりがあたりに満ちている。



「素粒子物理でもないのに地下研究室とはね.私のエネルギー残量は有効数字2桁で5.0%,光代謝系が機能しない環境にいるのは(わず)かに不安だな」


「貴様が不安なことだけは分かった」


 ふてぶてしい態度のくせに、地下が不安とは子どもじみた事をほざく奴だ。私は壁と天井に設置してある灯光(ランプトーチ)をつけて室内を照らした。


「すごいな! 明るく感じるにも関わらず光子の(フォトン)流束(フラックス)密度(デンシティ)が増加していない.これも魔術か」


「貴様が注目すべきは古くさい灯光(ランプトーチ)ではなく、部屋の中央だ。……この大穴を見ろ」



 (かせ)()められた右手で指差すと、アンドロイドは明るい魔術から、暗い縦穴へと視線を移した。大穴が地下室をさらに地下へと貫いている。



「大地の調査のため床面を破壊した際に発見したもので、100年前の魔術の痕跡と私は見ている」


「やけに暗くて深そうな縦穴だね.奥は調べたのかい?」


「屈辱ながら、答えは否だ」


「ああ,その腕枷で城の外に出られないのだったか」


「ここは城の敷地内の地下であり、腕枷は関係ない。魔術調査を阻んでいるのは、この暗闇それ自体なのだ」



 暗闇の先に目を細めるアンドロイドの横から、私は壁から外して持ってきた灯光(ランプトーチ)をかざした。しかしながら大穴は照らされることなく、静かに暗黒をたたえている。魔術を吸収した暗闇から私は振り返り、地下室の隅の机上にある開発ノートを空舞い(エアリア)で引き寄せた。



「このように、旧来の魔術では吸収されて視認さえできない。そこで調査のために、新しい魔術を開発しようというワケだ」


「ふむ,深さはおよそ―― 0.17 light-µs(光マイクロ秒)か.奥には――網目状に発達した有機物と、小さな無機物があるみたいだな」



 めくっていた開発ノートが私の手から滑り落ちた。


 (ふち)から乗り出しているアンドロイドの肩部を源として、明るい昼光? らしきものが大穴をこうこうと照らしている。底の方には樹の根が絡み合う中に、魔石の欠片の照り返しが視えた。



「き……貴様っ、何だその光は!?」


「ランプだ」



 絶句して口をぱくぱくさせる私を見かねたのか、アンドロイドが補足を入れる。



「このハロゲンランプでは,希ガス原子の励起(れいき)電子なだれ(アバランチ)を利用している」


「私にわかる言葉を使え!!」


「そう言われても困るんだが――,ランプの中にはおとなしい光の精が眠っているのさ.これで進めていかい?」



 地下に沈んだ謎を掘り返すべく、私は拾い上げた開発ノートのページを開いた。例え話の翻訳先は精霊、異国の伝承等でたまに聞く言葉なので、記しながら先を促す。



「眠っている光精を起こすと,少し活動した後にまた眠りにつく.こうして活動した分だけ光が放射されるのだ.ちなみに,光精が活動状態になることを励起(れいき)という」


「ぼんやり分かったことにする。で、アバランチとは何だ」


「ひとりの光精を励起(れいき)すると,動いた拍子に近くで眠る別の光精にぶつかって起こしてしまう.そうして起こされた光精がさらに近くで眠る別の光精を起こす,という具合にどんどん励起(れいき)される光精が増えていくのだよ」


アバランチ(電子なだれ)というのは、雪崩(なだれ)のイメージから来ているわけか。雪山のたった一点への衝撃が、またたくまに広範囲の雪をなだれ落とすイメージから」


「うむ,君が雪崩を知っていて助かったぞ.この文化の類似性は驚くべきことだ」



 フフン、私の知識量に感謝することだな。光の話を持ち出すのに雪崩(なだれ)の例えが出てくるのは謎だが、これは翻訳魔術の限界とみるべきだろう。



電子なだれ(アバランチ)励起(れいき)された光の精霊の中には,すごく激しく動くのもいればあまり動かないのもいる.それらが出す光をうまく調整したのが,私のランプだ」


「説明ご苦労。しかし私にとっての謎は未だ解決を見ない」



 アンドロイドは、首だけを動かして隣に立つ私を見上げる。私は今の話をノートに記録した後、大穴の底を明るく照らす肩口のランプの光を指し示した。



「謎とは、どうして暗闇に吸収されずに光が照っているかだ」


「さあね.技術論はともかく,魔術論は私にはわからない」


「はぁ……貴様に聞いた私が愚かだったか」


「なあに,私たちが協力すれば解き明かせるさ!」



 アンドロイドはランプを消して立ち上がると、私の両肩をがっしりと掴んだ。



「君の魔術は私にできないことができるし,私の技術は君にできないことができる.つまり――理想的なパートナーと言えるだろう!」


「手を離せ気色の悪い。しかし身体的な意味でなければ、手を組むのはおもしろい案だ」



 振り払ったその手が、私に届かない範囲を担うという。興味深い申し出には、さっそく応えることとしよう。さっきランプが照らした縦穴の奥には、わずかな魔石の欠片と、絡みあう樹の根が視えた。



「私の魔術師としての勘が、あの樹根が怪しいと言っている。まず貴様が中に入って、少し折りとって持ってこい」


「あんな暗い奥まで行けっていうのかい!? 危険かどうかさえ分からないんだろう?」


「貴様、出会いがしらに『私にできることがあれば何でも言ってくれたまえ』とほざいたのは偽りか」


「ぁう,――よく覚えていたな.わかったよ,頑張ってみよう」



 未知には未知をもって対抗する。魔術的な暗闇にどんな危険が潜んでいるかわからないのであれば、存在そのものがわからんアンドロイドの出番だ。私の魔術は吸収されて使えんからな。



「ただし穴に入って魔術的に変な影響を受けると嫌だから,器具を使って採取(サンプリング)するよ」


「樹根が()れるなら好きにしろ」



 アンドロイドが右腕を穴の底に向ける。用具を持っているようには見えないが、何をするつもりだ? 注視していると、右手首から先が、ガシャンと切断されて勢いよく暗闇に飛び出していった。



 ……右手首が飛び出していった!?


 


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