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アンドロイドオアロイド  作者: M. Chikafuji
アンドロイドオアロイド|ハロー
2/16

宮廷の期待の表れだな

 

 歴史書によれば、かつてこの地にブラダリアという国が存在した。領域内に貴重な古代森を有し、そこで産出する魔石により豊かさを保つ国だったと伝えられている。


 しかし時が経つにつれて、魔石の産出は減った。


 ブラダリアは新たな鉱脈を求めて古代森を切り拓き続け、結果として森奥に眠る強大なモンスター達を目覚めさせてしまった。怯えた働き手は採掘業を避けるようになり、それを補うために傭兵(ようへい)が高額で(つの)られた。


 それでも魔石の産出は先細り、そして大勢の傭兵(ようへい)がモンスターに敗れ(たお)れていった。魔石採掘の出費額は上がり続け、ブラダリアは急速に衰退していくことになる。


 実は魔石の安定産出には古代森が関わっており、鉱脈を求めて森を切り拓いた時から、事態は魔石の枯渇に向けて進んでいた。ただしこの事実が知られたのは後年の報告。当時のブラダリアは知る(よし)もなかった。



 転機は今からちょうど100年前にあたるテータ紀1329年。周辺国からの借貨にまで手を出し、国家破綻の危機に(おちい)ったブラダリアは、ある魔術により逆転を図る。


《エコシード》


 そう伝えられる《禁忌魔術》は、地に倒れ伏した、あるいは地中に埋まった(しかばね)達、さらには怨嗟(えんさ)慟哭(どうこく)を抱えた残留思念さえを労働力に転化するものだった。


 果てた亡者達はゾンビやスケルトン、あるいはゴーストといったモンスターと化して使役(しえき)され、魔石の採掘を行う……ことはなく、ブラダリア領域内を蹂躙(じゅうりん)していった。開発不備による大魔術の暴走だ。


 街や城はもちろん、古代森を含む全域が亡者の軍勢に飲み込まれて荒野と化した。かつての民々(たみだみ)や森、そこに()った生命すべてが不死なる軍勢に加わり、ブラダリアの滅亡は完成された。


 以降100年続く荒廃の歴史に終止符を打ち、失われた古代森を復元するため、私はこの古城に派遣された。1年前のことだ。



「……ここまでの内容について、質問を許可しよう」



 果てた景色から視線を返すと、アンドロイドは大空の昼光を指差して言った。



「君の言う“1年”とは,あの恒星との位置関係から算出されるのかい? つまりは天体の公転周期を1年としているのだろうか」


「貴様の言葉はわからん。1年は聖鐘が告げるものだろう。奇妙なことを聞くな」


「うぅむ,どうやら別の質問をした方が良さそうだ.時間単位の類似性は,後で観測すれば考察できるだろうからな」


 お互いに話のできる部分を探りながらの会話となっている。少なくともさっきまでの一方通行よりはマシになってきたか?


「それでは,100年という期間は君たちの寿命と比較して長いのかね」


「貴様、長寿種か? まあ100年を生きる人間は(まれ)だろうな」


「すると,100年間未解決というブラダリアの環境問題は,実に難題だな」



 アンドロイドはバルコニーから死の荒野を見渡した後、洗濯カゴに入った私の衣類に視線を落として続けた。



「その100年の難題を解決するために派遣されたのは,――君だけなのか?」


「フフン、宮廷の期待の表れだな。この私さえいれば他の人員を割くまでもないということだろう」



 私は宮廷魔術師の証たる黒きローブを大きく(ひるがえ)してみせる。(たっと)き生まれの年長者ほど敬われる宮廷魔術師の界隈(かいわい)では、(いや)しい生まれの若輩である私を大多数の者が煙たがっていた。にもかかわらずこの大任を拝したのには理由がある。その理由とは……、



 私が最も有能な魔術師であるからだ!

 そうに違いないッ!



「しかし君が派遣されたのは1年前だろう.古代森の復元作業は進んでいるのかい? 私にはそうは見えないな」


「ぐぅ……」



 痛い所を突かれた。アンドロイドの見立ては正しく、古代森の復元は滞っている。領域内は亡者がうごめく荒野のままだ。


 私は自分の右手首に()められている環状の腕枷(うでかせ)をバルコニーの欄干(らんかん)に叩きつけた。マイティクリスタルと古びた石壁がぶつかり、甲高い音が響く。



「くそうっ……、この魔術枷さえなければ! ゲスダー上級魔術師の策謀にはまるとは、不覚をとったっ!!」



 この魔術枷は騎士団の依頼で私が開発した(・・・・・・)品で、罪人の行動範囲を制限する際に()めるものだ。ただしもちろん、私は罪人などではない。


 私は宮廷を出立する前に、ゲスダー上級魔術師の極めて巧みな策略にはまってしまったのだ。私が国務を達成するまでの時間を稼いで出世を邪魔しようという背景があったのだろう。


 私に魔術枷を()めたゲスダーの策略とは次のようなものだった。






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アンドロイドオアロイド|ハロー

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 宮廷の廊下をゆく私の目に、黒きローブが目に止まった。ただ、ジャラジャラとついた輝かしい装飾が、私と異なる階級を主張していた。



『ゲスダー上級魔術師。これより大任へひとり(おもむ)く私に何用だ』


『一人でブラダリアに行くとな? その程度を大任とほざくとはオアロイドよ、其方(そち)はやはり無能魔術師であったか。フォッフォッフォ、笑わせてくれる』


『愚弄するかッ 上級魔術師と言えど容赦せんぞ!』



 無能(・・)の部分を強調した発言が気に触り、私は小杖を取り出し突きつけた。ゲスダー上級魔術師は長杖に体重を預けながら、動揺せずに長い顎髭(あごひげ)を撫ぜた。



『いやなに、ブラダリア古城から外に出ることさえなく、まこと鮮やかに古代森の復元を成し遂げる。そんな“有能”な魔術師を、我が国は望んでいたのではないかと思ってのぉ』



 ゲスダーめ、ブラダリア古城から一歩も出ずに領域内の古代森を復元するのが“有能”な魔術師だというのか? 我が国が望む、“有能”な魔術師だと。



『……貴様の言う有能な魔術師ならば、心当たりがある』


『ほぉ! で、その魔術師とやらの名は何という』


『それはこの私、ロイ=ド=オアロイドだッ!!』



 なぜならッ 私こそが有能な魔術師だからだ!

 我が国が望む魔術師であるべきだからだッ!



『フォッフォッフォ! さすればこの腕枷を()めても何も変わらんな? ブラダリア古城に囚われる魔術枷を()めてものぉ。 ええ? 有能な魔術師さんや』


『フフン、無論だ! どうした、早く有能な魔術師たる私に()めてみろ。むしろ移動の手間が省けるというもの!』


『ほい、と。転移先はブラダリア古城にしておいたからのぉ、達者でな』






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アンドロイドオアロイド|ハロー

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「そうして私はこの古城に転移し、今も囚われているのだ。他でもない私自身が開発した魔術によって」


「信じがたい経緯だな」



 指で(ほお)をかきながら、アンドロイドはつぶやいた。


 その通り、信じがたい水準の高度な策謀だ。偶然にもブラダリア古城を登録した魔術枷を持っていた上に、まさかこの私の心の動きを逆手に取るとはッ!



「まあ君たちの文化的なやりとりはさておき,その円環(トーラス)状の腕枷を外せば城から出られるようになり,古代森の復元作業が進むと理解した」


「しかし、この腕枷は外れんのだ。私が開発した魔術枷は!」



 そう簡単に外してしまえるようなら罪人の拘束には使えない。私が開発したのは騎士団が(うな)るほどの出来栄えだった。しかし……、くっ、私自身の有能さが(あだ)になる時が来るとは!


 バルコニーの欄干(らんかん)に再び叩きつけようと振り上げた右手首の枷を、アンドロイドがつかんで止める。



「動作原理は不明だが,破壊してしまっても害はないかな?」


「はっ、出来るものならな」


「どれどれ,ふんぬっ! ぐぎぎ,くぅ~,――ダメだっ!!!」



 頭から湯気を出す勢いで力を込めたアンドロイドだったが、あいにく私が開発した魔術には敵わなかったらしい。力を抜いた両手で私の腕枷を触りながら、マイティクリスタルを凝視している。



「何だねこの材料は!? テラ(1兆)ニュートンスケールの引っ張りとねじりモーメントで少しもひずまないとは」


「私の完成された魔術で強化したマイティクリスタルが力任せに千切れるものか」


「科学技術とは異なる“魔術”というワケか.とにかく,君が極めて有能な魔術師だと理解できた」


「フフン、改めての自己紹介にはなったな」



 なかなかどうして話せる奴ではないか。節々の用語の意味さえ問わなければ。久しぶりの称賛を浴びて気分を良くした私は、まだ右手首の魔術枷に集中しているアンドロイドのあごを左手で上向かせた。



「私はこれから魔術の開発を行う。もし興味があるというなら……、見せてやらんこともないぞ」


「良いのかい!? てっきり機密情報と思っていたよ.なにせ君の魔術はすさまじい現象を引き起こすものだから」


「フハハハ! 私はあまりに有能なものだから、開発作業を見られるなど定常(いつも)のことなのだ」



 洗濯カゴを拾いに歩いてから振り返ると、口に手を当てるアンドロイドが映った。どうやら思索を巡らせていたらしく、カゴを抱える私に妙なことを尋ねてきた。



「まさかとは思うが――,君の開発作業を見学した他の魔術師が,君と同じような魔術を開発したことはあるかい?」


「うむ、開発中の魔術と同じものが私以外の名で出願されることは多い。屈辱だが、私の独創性や開発速度もまだまだということだ」



 どこぞの心半分な魔術が先願で受理され、聖書に載ることはよくある。結果、後に私が完成した魔術は世に出せないものも多い。本質的に同じ魔術が聖書に二つ載ることは無いから、せっかくの完成された魔術も、私個人が詠唱するにとどまっている。


 私が完成させる前に、どうやってか同じ魔術が開発され、そして心半分なままで出願されてしまうのだ。私の完成された魔術はなかなか聖書に掲載されず、国に広まらない。



「……実に不思議だ」「――実に不思議だ」



 私たちの声が重なった。

 

 その後に続けて、アンドロイドはひとりごとのように小さく自問自答している。付き合いたくはないため、半ば無視しながら足早にバルコニーから部屋へと(きびす)を返した。



「うぅむ,文化というよりユニークな個体思考によるものかな.しかし,散々利用されたあげくに追放されたのでは,と確認するのは――」


「ぶつぶつ言っていないでついて来い。有能な私の魔術開発を観たいのであればな」



 私は屋内からバルコニーに向き直り、大きな声で呼びつけた。白く切り取られた風景からこちらへと歩き出した、昼光に(きら)めく金髪のアンドロイドを。


 


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