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もう一度抱きしめて  作者: 谷兼天慈
4/5

第4話

 歌い終わると美弥子は幸せそうに覚に顔を向けた。

「君、すごくセクシーな声なんだね」

「そ、そうかな?」

 覚は照れて頭をかいた。

「み、美弥子さんってさあ」

「美弥子でいいよ」

「うん、美弥子って何年?」

「私? 三年」

「そっかー」

 年上か。

 まあ、それもいいなと思った覚。

 年下の女はめんどくせーしと、勝手なことを思う。

「あのさ。美弥子」

「なあに?」

「俺、お前に惚れた」

「え?」

「いきなりでびっくりしたと思うけど、俺、好きだって思ったらそっこー告らねーと気がすまねーんだよね」

「…………」

「あ、迷惑だった? だよなあ。振られたばっかの女に、狙ったみたいにそんなこと言う男なんか信じられねーのも無理ねーし」

「嫌じゃないよ」

 美弥子がにこっと笑った。

 思わず「かわいー」と思った。

 めちゃ抱きしめたいと。

 そんなわけで、思ったが吉日。

 ぎゅっと抱きしめる。

「きゃ」

「美弥子、大好き。俺のもん」

「覚…」

 ひやりと冷たい身体だった。

 ただ、嫌な感じではなく、気持ちいいひんやり感で、このままずっと抱きしめていたいと覚は思った。

 そして───

「あのさ、逢ったばかりで不埒な奴って思うかもだけど、キス、していいかな」

「え?」

「嫌?」

「………」

 恥ずかしそうに頬を染める美弥子。

 ますますキスしたくなる。

「私…」

「ん?」

「キス、したことないの」

「え?」

 じゃあ、これがファーストキス?

 なんてそんなおいしーこと───ああ、いやいや、そうじゃなくて、と様々な思いが覚の心に浮かんでくる。

「そっか。俺、性急すぎたかな。ごめんな、あ…」

 いきなり、だった。

 彼女のほうから唇を押し付けてきた。

 ふわっといい香りが舞う。

 覚は夢中でそれに応えた。

 ひとしきり流れる甘い時間。

 そして、離れる。

 彼女は泣いていた。

 心がズキンとする。

「ほんとは嫌だった?」

 不安そうに覚は聞いた。

 すると、美弥子はブンブンと頭を振り、言った。

「違うよ。嬉しかった。こんな私でも好きになってくれる人がいるんだって。キスしたいって言ってくれる人がいるんだって。それが嬉しくて。彼には、そんな優しいことなんて言われたことなかったから」

 それを聞いた覚はかっとした。

 こんなかわいい女を泣かせる男なんて!

「忘れろよ、そんな男なんか。俺がこれから美弥子のこと愛してやるからさ。誰よりも幸せにしてやるからさ。な?」

「…………」

 美弥子は泣き笑いの表情で頷いた。

「うん、うん、ありがと。私、嬉しい。本当に、ありがとう、覚」

「よせよ、そんな礼なんて。礼なんて言われるこっちゃねーよ」

 覚は顔を赤くしてぽりぽりと頭をかいた。

「ううん、嬉しかったの、ほんとに。嬉しかったのよ。そんなこと言ってくれる人なんていないと思ったから、だから…」

「だから?」

「もっと早く君に逢えてたらよかったのに…」

「え?」

「もっと早く…」

「みや、こ?」

「覚、好きだよ」

 覚は動けなかった。

 何か言おうとしても、凍りついたように口も動かない。

 なぜなら。

 そこに立っていたはずの美弥子が、白いワンピースを着ていた彼女が、だんだんその場から消えていったからだ。

 まるで空間に溶けていくように。

「……………」

 恐怖は感じなかった。

 ただ、ただ、もう驚きに包まれて。

 どこからか、遠く離れたどこからか、彼女の歌声が聞こえてきた。

 それはしばらく聞こえていたが、だんだんと小さくなっていき、そして最後にはふつっと消えてしまった。

 あとには、蓋の開いたピアノと呆然と立ちすくむ覚だけ。

 そこには覚以外誰もいなかった。

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