第2話
不思議なことに、校舎は入ることができた。
鍵がかかっていなかったのだ。
「この学校ってそうだったっけ?」
少し遠くの高校に入学したかつての友達が、入ったクラブが夜遅くまで練習するということで、校舎の鍵をわりと生徒が自由に借りることができるというのを聞いた。
覚はクラブに入らずにブラブラしていたので、そこらへんのことはよくわかっていなかったのだ。
「もしかしたら、合唱部が発表会とかがあって練習してるのかな」
そうは思ったが、先ほど確認した校舎内の時計で時間が零時近くだったということもあり、そんなに遅くまで学校側は何も言わないのだろうかと、わりとまともなことを彼は考えていた。
「あ、ピアノの音が……」
外からの明かりに照らされた廊下を歩いていると、彼の耳にピアノの音色が聞こえてきた。
それほど上手といった感じではない。
というのも、覚も小さい頃から親に強制されてピアノを習っていたということもあり、ある程度の耳は持っていたからだ。
親には音楽部に入れと言われていたが、高校にもなって親の言いなりになるのも嫌だったのでいまだにどこの部にも所属していない。
運動が嫌いだったというわけではないのだが、特にやりたいものもなかったので運動部にも入る気がしなかった。
そんな中途半端な高校生活を覚は送っていたのだ。
「…………」
暗い廊下を進んでいく。
玄関のほうで拝借してきたスリッパをペタリペタリといわせて、ゆっくり歩いて。
階段についた。
音楽室は三階。
覚は階段の上を見上げた。
踊り場の上の明り取りから外の明かりが差し込んでいる。
何となく上がるのをためらっていたら、またピアノの音色が流れてきた。
まるで「おいで、おいで」と言っているようだと彼は思う。
一歩足を進める。
二歩足を進め、階段をゆっくりと上がっていく。
独り彷徨って
独り歩き続け
儚さを追い求めた
綺麗な声だなと覚は思った。
そして、歌われている歌も切ない感じがしていいなあと。
覚も何となく自分で作詞作曲することもあったが、本格的にそういう道を進んでみようかとは思ってはいなかった。
曲を作ったり歌詞を考えたりすることは嫌いじゃない。
ただ、こう内から滲み出るもの、迸るものがないというか、そんな感じで本気になれなかった。
親はどうやら音楽家にさせたかったらしいのだが、英才教育というものにことごとく反発していた自分だったので、親が望んだ人間にはなれないなと思っていた。
せいぜいなるとしたらシンガーソングライターくらいか。
だが、それもそれほど興味がないというか、情熱を傾けられない。
というか、音楽に限らず、何に対しても情熱は湧き起こってこなかった。
いったい自分は何をしたいのか。
どう生きていきたいのか、それさえもわからない。
「独り彷徨って独り歩き続けて、か」
ぺたりぺたりと階段を上りながら、その歌詞はまるで今夜の自分のようだなと覚は思う。
こんなあやふやな自分だから、だから夢遊病が再発したのだろうかと。
そして───
「ついた」
覚は音楽室の前に立った。
ピアノの音と歌声がハッキリと聞こえてくる。
明かりもついている。
間違いない。
誰かいる。
すると。
「誰? 誰かそこにいるの?」
覚は扉に手をかけ、音楽室のドアを開けた。