第1話
「マジかよ」
覚はあたりを見回した。
真っ暗だった。
だが、離れた場所に街灯が明かりを灯しており、まったくの漆黒の闇というわけではない。
広々した場所だ。
草木もない。
遠くから車の走る音が聞こえる。
「マジかよ」
覚はもう一度呟いた。
彼は学校の校庭にいた。
さっきまで自分の部屋で寝ていたのに、なぜ?
彼は校庭に設置してあるベンチに横たわっていた。
もちろん裸足だ。
そして、ここまで歩いてきたという証拠に、その足は汚れていた。
「まさかこの年になって?」
この状況に心当たりがある彼は大きくため息をついた。
「夢遊病なんて、大きくなりゃなくなるもんだと思ってたのなあ……まいったなあ」
夏の日差しに消え行くあなたの影追いかけ
「今も愛してる」
抱きしめてと叫んで
「今も覚えてる?」
あなたの記憶にわたしを刻んで
いつか逢えたなら
すぐにわたしだと気づくでしょう
あの夏の夜に佇んだその場所で
あなたの流した涙を
わたしが掬ったことを
きっと
「歌?」
覚は耳をすました。
初夏の夜はまだそんなに暑くない。
そよそよと吹く風も涼しく、気持いい。
そんな風に乗って、さきほどから微かな歌声が聞こえてきた。
女の声のようである。
どこから聞こえるのだろう。
覚はあたりをきょろきょろと見回した。
そして気づいた。
「ここ、俺の通ってる学校じゃん」
考えてみれば当たり前だった。
歩いて来れる学校など、近所にはそう多くない。
小学校か、中学校くらいなもので、唯一高校は彼の通う高校くらいなものだった。
家から自転車で五分程度しか距離はない。
地元の高校に入学したばかりの覚だった。
朝寝坊ができるからという、ただそれだけの理由で入った高校だった。
何になるかという希望も目標もなく、ただ、漫然と生きている、そんな生活を送っていた。
理由もなく生きてきた
けれどあなたを愛した
それが生き続ける理由となった
「!」
覚は驚いた。
聞こえてきた歌声が、まるで彼の心を見透かしたようにそう歌ったからだ。
そして、彼は顔を上げた。
「あそこは確か音楽室…」
闇に浮かぶ校舎の三階の端っこの窓から明かりが漏れていた。
歌声はそこから流れてくる。
よく聞けば、ピアノの音色も聞こえてくる。
「……………」
覚はふらふらと歩き出した。
自分が裸足であることにも頓着せずに。