エピローグ 港街に伝わる海賊王ジョナサンとデビー・ジョーンズについての話
とある山中の洞窟で、雨宿りしている者たちがいた。
一人は旅の商人の男。一人は近くの街に住む少女だ。
商人は街に向かう途中で山賊に襲われていた。そこをたまたま通りかかった少女が助け、街までの案内を買って出たのだが、突然のにわか雨に降られてしまい、足止めを食らっている。
雨宿りの退屈しのぎに、二人は様々な話をする。
どこからきたのか。どんなところに住んでいるのか。食べ物の話、生き物の話、人の話。
なかなか雨は止まない。
「ねえ、おとぎ話なんてどう?」
少女が提案した。
「おとぎ話?」
「例えば、海賊王ジョナサンとデビー・ジョーンズの話とか」
「ああ、その話なら知ってるよ。海にまつわる怪異だろう? 満月の夜、海面に映った月に向かってりんごを投げ入れると、どこからともなく海賊船が現れるって」
「うん、そう。その船の船長であるキャプテン・ジョナサンにお願いすれば、どんなところへでも連れて行ってもらえる。そっか、知ってるんだ」
「有名だからね、あの話は」
少女はおかしそうにくすくす笑う。
「でも、代償があるってのは知ってる?」
「代償? なにを要求されるんだ? ……魂とか?」
「ううん、違う。ジョナサンはそんなの集めてない。お話よ」
「話?」
「目的地に着くまで退屈でしょう? だからジョナサンは、お客さんにこう言うの。「なにか話を聞かせちゃくれねえか?」って」
「へぇ〜、詳しいんだな。さすが、沿岸の街の人だね」
「キャプテン・ジョナサンの話ならいくらでもできるよ。聞いてく?」
「ああ、頼むよ」
少女は話した。
キャプテン・ジョナサンの生い立ち。海の上での、仲間たちとの出会い。セイレーンの海での試練。聖女の依頼で船を懺悔室にしたこと。そして、二人の少女を救ったこと。
商人は相槌を入れつつ、感嘆の声を漏らした。
「それでね、浜辺での宴会は夜遅くまで続いて……。次の朝ジョナサンは調子よく「よし! みんな近くの港まで送ってやるよ!」って言ったんだけど、船は全部壊れてる。仕方ないからみんなで森に入って木を切り出して、ツタを織って帆にした。そうやって一ヶ月くらいかけて船を作って、ようやく船旅が再開したの。デビー・ジョーンズは「いつまで待たせるのかしら?」ってご立腹だった。それでも無事に出航して、みんなを目的の港まで送り届けたよ」
「ほうほう。……それで、キャプテン・ジョナサンと聖女エルモの関係はどうなったんだい?」
「おっ、そこ気になっちゃう?」
「そりゃあ、気になるさ。神に仕えし聖女と、悪魔と契約した男。男は悪魔とともに海へ行くことを選んだわけで……。悲しい別れだったんじゃないのかい?」
「大丈夫だよ。ジョナサンはね、みんなを港で降ろして、デビー、クラフト、ラヴと一緒に出発するとき、エルモに葉巻を渡したの」
「葉巻って……、先代海賊王が娘に残した魔法の葉巻? 会いたい人が煙の中に現れるっていう?」
「うん。一本残ってたの。「会いたくなったらこれをふかしてくれ。どこにいたって飛んでくる」って、そう言ってたよ」
「へぇー! そうやってキャプテン・ジョナサンは出航して、人の輪から外れた海の怪異になったわけだ」
「ちょっとだけ違うよ」
少女は、しみじみとした口調で語る。
雨はまだ止まない。洞窟の内壁に染み出してきた雨水が、じっとりと二人の服を濡らす。
雨粒を受け止める木の葉には雫がくっつき、集まって重くなると地面へと落ちて行く。
「本来であれば、ジョナサンは永遠にデビー・ジョーンズのものになって、二度と人の輪には戻れなかったんだろうね」
「そうだろう? ジョナサンの夢に現れた巫女だってそう言ってたって話じゃないか。キャプテン・ジョナサンは海のものになった。そういうことだろう?」
「でも、ジョナサンはデビーに「陸へ連れて行く」と約束した。ジョナサンの隣には、「たまには陸に行って昔馴染みに会いたい」って言うクラフトがいる。だから、ギリギリのところで人の形を保ってるんじゃないかな?」
商人は首をかしげた。
「なんか、ふわっとした話だなあ」
「そう? ジョナサンの船は、乗ってる人の望む場所へ行くんだもん。あの船に乗ってるみんなの心に行きたい港がある限り、人の輪に帰ってくることができる。少なくとも私はそう思うよ」
商人の中で、疑問が膨らんで行く。
この少女、一体何者だろう。さっきからまるで見てきたみたいに話をするじゃないか。
見た所、年の頃は十六、七さいくらいだろうか。あどけなさもまだ残っており、子供と呼んでも差し支えない。女の子らしいおしゃれが好きらしく、綺麗に編み込まれた髪に、一本の切り花が刺してある。
「ところで、お兄さんはどんな用事で街へ? 商人って言ったって、いろいろあるでしょ? なにを売るの?」
「あの街の花屋が最近、フルーツの栽培に着手したって聞いてね。前に来た時はおばあさんが一人でやってて、新しいことを始める体力もなさそうだったんだけど、代が変わったのかな? まあ、それで肥料を売ったり、フルーツを買ったりできたらなーと」
「えっ! 本当!?」
少女の顔がパッと明るくなった。
「嬉しい! 私ね、その花屋の手伝いをしてるの! フルーツの栽培やりたいって言ったの、私なんだ!」
「なるほど! 新しい人が入ったのか。そりゃ話が早いや。ここで商談を始めても? なんの実を育ててるんだい?」
「りんごとライムよ。いつかジョナサンたちがこの港に顔を出した時、食べてもらうの」
少女の顔つきは、おとぎ話を語る顔ではなくなっていた。これは、夢や目標を語る顔だ。
「まずね、エルモと一緒にアップルパイを焼くの。デビーちゃんはきっと喜ぶと思う。それで、みんなに私が育てたお花を見てもらって……。出発を見送る時には、船に乗り切らないほどたくさんのライムを持たせてあげる。だから、いっぱい作らなくっちゃ」
少女は、肩から下げたポシェットに手を入れた。
古くて所々汚れているが、大事に手入れしながら使っているようだ。
「食べる? 試食ってことで」
手のひらに乗せたライムを、少女は商人に差し出す。
「持ち歩いてるのかい? お弁当にしちゃ少ないし、船乗りじゃないんだから常備しなきゃいけないわけでもないだろう?」
「お守りみたいなものだよ。これは私にとって……、初恋の味だから」
雲が切れて、陽光が差し込んだ。
草木に滴る水滴が光を反射して、キラキラと輝き始めた。
「あっ、晴れたね。行こうか。いい街だから、ゆっくりしてってよ」
まさか。
あれは迷信だ。おとぎ話だ。
そうに決まっているが、質問が勝手に口から出てきてしまう。
「なあ。今更だけど、君の名を聞いてもいいかな」
二人は洞窟を出て、木漏れ日の眩しさに目を細める。この分なら、濡れた服もすぐに乾きそうだ。遠くで小鳥の鳴く声が聞こえる。
「私はメアリー。あの街の教会で暮らしながら、花屋のおばあさんを手伝ってる。大きくなったらお花屋さんになるの」
雨上がりのきらめく森林の中で、メアリーはにっこり微笑んだ。




