第63話 海と花
次の港は、大きな大陸の端にある貿易都市だった。
物も人も溢れかえっていて、目が回りそうだ。
ジョナサンたちは港に降り立ち、賑わう街に目をみはる。
この街では、寄港する船は役人に申請をしなければいけないらしい。桟橋に立っていたかっちりした身なりの役人が、すぐに駆け寄って来た。
「こんにちは。今回はどのようなご用件で?」
ジョナサンは、船長として答える。
「医者を探してる。わけあって、危ない毒を飲んじまった患者を保護してな。こんだけでかい街なんだ。一人くらいいるだろ?」
自分の船と、牽引している元奴隷船を指し示し、かいつまんで事の次第を話すと、役人はさらさらと紙になにやら書き込んでから、ジョナサンに木の札を渡した。
「これは寄港許可証です。これを提示すれば、ちゃんと申請して港からやって来た船乗りである事を証明できます。出発するときには返却をお願いします」
「へえ。変わった決まりだな。こんな港は初めてだよ」
「そうなのですか? ここいらでは最近これが普通なのですが」
「遠くから来たもんでね。なんでこんなことしてるんだい?」
「最近海賊が多くて。港の見張りも兼ねて、こうして関所を設けているんです。あなたがたは、変に傷だらけってわけでもないし、盗品らしき宝石類をさばきに来たわけでもないようですので、問題なく通ることができます」
「へぇ……。海賊がねえ……」
改めて、街を見回してみる。
言われてみれば、確かにあっちこっちの建物に補修の跡が目立つ場所がある。海賊の襲撃で壊されたのだろう。
役人は、おや? と不思議そうな顔をした。視線の先にはメアリーがいる。
「こんなに小さな子が、それも女の子が船に乗ってるなんて、珍しいですね」
知らない人に話しかけられて驚いたのか、メアリーはサッとジョナサンの陰に隠れてしまった。
役人はそれを気にした様子もなく、ふふふ、と笑っている。
「海にいる幼い女の子だなんて、まるでデビー・ジョーンズみたいですね」
ジョナサンたちは、「そ、そうですね〜」と曖昧に笑って話を合わせる。まさかこの船の船室に本物がいるだなんて、この人は思ってもいないのだ。
ジョナサン、クラフト、エルモ、メアリーの四人は、港の商店街で買い物をしていた。お目当は、メアリーの新しい服だ。
医者探しは、ギベッドが引き受けた。エルモは「私も行く」と言ったが、ギベッドに「お前はアップルパイを探しに行け。あの女は自分が最優先じゃないとキレるぞ」と言われ、ジョナサンたちのショッピングに合流することとなった。
あんまり高くなさそうな、ジョナサンの財布でもなんとかなりそうな服屋を見つけ、「好きなの選べ」と言うと、メアリーは嬉しそうにピョンピョン跳ねてはしゃぎながらどれにしようかと悩み始めた。
「ねえジョナサン! これ似合う?」
「似合うぞ」
「これは?」
「似合うぞ」
「……こっち」
「似合うぞ」
メアリーは拗ねてしまった。
頬をぷうっと膨らませて「いいもん。もうジョナサンには聞かないもん」とクラフトの方へ走って行ってしまった。
全部似合っていた。だから「似合う」と言ったのになにが不満なのか。
ジョナサンは「解せぬ」という気持ちで買い物をする二人を眺める。
「ねえクラフト。これ似合うかな」
「うーん、似合うが、白は汚れが目立ってしまうぞ? すぐに汚くなったら悲しいだろう?」
「これは?」
「そんなにヒラヒラしたやつは船の上では危ないんじゃないか? 索具に引っかかったら大変だ」
「……こっち」
「肌の出るものは避けるべきだろう。日焼けしてしまう」
メアリーは拗ねてしまった。
頬をぷうっと膨らませて「いいもん。もうクラフトには聞かないもん」と言っているところへ、近くの菓子屋でアップルパイを選んでいたエルモが買い物を終えて戻ってきた。
「メアリー! 服決まった?」
「ううん。決まらないの。いっぱいあるから悩んじゃって」
「そうだね。気に入ったやつとかある?」
「これとか」
「うわー! かわいい!」
「だよね!」
エルモと一緒に買い物を始めたメアリーを見送り、クラフトは「解せぬ」という顔をしている。
「真剣に相談に乗っていたつもりだったんだが……」
「だよな。俺たちどの辺がダメだったんだろうな……」
完全に置いてけぼりにされてしまった男二人で、メアリーとエルモの買い物が終わるのを待つ。
二人は楽しそうに買い物を続け、いくつかに候補が絞れたようだ。
「メアリーは今さ、ポシェットを持ってるじゃん? それと合わせた時にマッチしてるやつにするのがいいと思うんだよ」
エルモがそう言って、メアリーのポシェットを指差した。
「これ?」
「そうそう。メアリー、それ気に入ってるもんね。薄緑にお花の柄かぁ……。春っぽい雰囲気でまとめるのがいいかな? デビーちゃんにもらった櫛も薄ピンクだし、パステルで統一するとかわいいと思うの!」
メアリーは楽しそうにウンウンと頷きながら話を聞いている。
置いてけぼりのジョナサンとクラフトは顔を見合わせた。
「今のわかったか?」
「まあ……、なんとなく。姉上たちがそんなような話をしていたような気はする」
「まじかよ。お前すげーな」
方向性が決まり、メアリーは候補の中から最終的なものを選ぶ段階に入ったようだ。
「これ、かわいい」
手に取ったのは、花の刺繍が入ったシャツだ。淡い色の野の花が、襟や袖口にあしらわれている。
「メアリーはお花が好きだね」
ニコニコと応じたエルモの言葉に、メアリーは首をかしげる。
「ねえ、おはなってなあに? ジョナサンとクラフトもそれの話してたけど」
「へえ、ジョナサンとクラフトがお花の話? 意外だな」
「うん。あのね、クラフトがジョナサンに、エルモにお花をあげてみたらどうだって」
ジョナサンは慌てて大声を出して止めた。
「なななな、なんでもないぞ! 海の上にずっといるから、最近見ないなーって話してただけだ!」
それよりも! と強引にジョナサンはメアリーの質問の方へ話題を戻した。
「お花って、それだよ。このシャツにも、メアリーのポシェットにもついてるだろ?」
「この糸がおはな?」
「違う違う。それは糸で花の絵を描いてるんだ」
そこで、ジョナサンは一つの可能性に思い至った。
この子、もしかして本物の花を知らないのでは。デビーがリンゴのうさぎを見たときの戸惑い方と、どこか似ている。
「メアリー、もしかして花を知らないのか?」
「うん。なあに、それ」
「ええっと……。花ってのは、植物だ」
「海草みたいな?」
「そうそう。陸にも草はあるだろ? 陸の草には、季節に合わせて形を変える奴があってな。その中に、綺麗な色の「花」ってのをつけるものがあるんだよ」
「草からこれが出てくるの?」
メアリーは、刺繍の花を指差して目を丸くした。
「よし。じゃあ、買い物終わったら探しに行くか。どっかにはあるだろ」
その提案に、みんなが頷いた。
花はすぐに見つかった。近くに花屋があったのだ。
切花や鉢植え、ブーケ、リース、ドライフラワー、押し花など、いろんな方法で様々な種類の花が売られている。
メアリーは目を輝かせた。
「きれい!」
興味津々で店の中を見て回るメアリーを見て、ジョナサンは思う。
この子は海で生まれ、海で育った。
ジョナサンにとっては、海がいつかは行ってみたい冒険の地だったが、メアリーにとっては陸地こそが知らないものがたくさんある新世界なのだ。
「ねえ、ジョナサン。本物のお花も欲しい」
ジョナサンは、メアリーの成長を感じて嬉しくなった。まずは自分にねだってくれる。以前はしょっぱなから強盗を働こうとしていたことを思えば大きな進歩だ。
「おう。いいぞ。でも、生のやつじゃなくて、これかこれにするんだ」
ジョナサンは「この中から選べ」とドライフラワーと押し花を指し示した。
「なんで?」
「俺たち、船の上で暮らしてるだろ? こうやって長持ちするように加工したやつじゃないと、すぐダメになっちまう。植物も生き物だからさ。合わないところへ連れて行くと枯れちまうんだ」
しょぼん、とメアリーは悲しげな顔をして、首を横に振った。
「じゃあいらない」
「ええ? いいのか?」
「海にはお花、持ってっちゃダメなんでしょ?」
「乾かして長持ちするようにしたやつなら大丈夫だぞ?」
「生きてるのがいいもん。毎日お花が見られたら素敵だと思ったのに……」
「そうだなあ。こればっかりはどうしようもない」
海の日差しと潮風は、陸地の草花には毒でしかないだろう。
デビーに頼めば多少は日差しや風をマシにしてもらうことはできる。デビーはなんだかんだメアリーには甘いし、やってくれるだろう。
それでもやはり、海は海だ。陸の植物にとって酷な環境であることに変わりはない。
うーん、と考え込んでから、メアリーは決意を固めた目できっぱりと言った。
「私、大きくなったらお花屋さんになる! そしたら毎日お花を見ながら暮らせるもん!」
「そうかそうか。そりゃあいいな」
笑って頷きながら、ジョナサンは心の片隅で後悔した。
そういえば、今までメアリーに「どこに行きたい?」って聞いたことがない。
父親違いとはいえ、兄である自分の保護下に置いて一緒に連れて行くのが当然と思っていた。でも今、メアリーは陸に強く心惹かれている。船に乗せたのは、正しかったのだろうか。
もしかしたら、目新しいものに興味を持っただけかもしれない。が、しかし。
将来メアリーが海よりも陸を選んで、根をおろす場所を見つけたら。
その時は、絶対に引き止めてはいけない。ひっそりとジョナサンは決意した。行きたい場所へ行けずに閉じ込められる苦しさを、自分はよく知っている。




