第57話 人殺しの話
私、奴隷だったところを助け出されたの。
私を買った持ち主をギベッドがぶちのめしてくれたおかげで自由になったわけだけど、その頃には私は全てを失ってたわけで。
全部なくなった後で「もう自由だ」って言われても、今更って感じ。
大事なものも生きる理由も全部根こそぎぶっ壊れたのに、どうしろっていうの?
解放された私が最初にやったことは、ギベッドに捕まって簀巻きにされてた私の元持ち主を殴り殺すことよ。
その様子を見ていたギベッドは私に聞いた。
「許せねえか?」
私は答えた。
「もちろん」
ギベッドは少し考えて、私に聞いた。
「この後はどうする気だ?」
「お兄ちゃんを探すよ。もしかしたらどこかで生きてるかも」
両親は、私たちを助けようと立ち向かって、目の前で殺された。兄は私と一緒に捕まって、私とは別のところに売り飛ばされて、消息がわからなかった。
ほとんど諦めかけてたけど、他にやりたいことなんて思いつかなかった。
「ならついて来い」
私は、ギベッドの旅にくっついて行くことになった。彼は奴隷商人を締めて回ってたからね。ついていけば奴隷取引の情報が手に入る。私は兄の手がかりを探した。
行く先々で、クソ野郎どもをぶちのめして回る旅だった。
ギベッドはいい顔をしなかったけど、私は積極的に彼の仕事を手伝った。
だって、私から全部を奪った連中の同類を叩き潰せる絶好の機会なんだから。
修羅場をくぐり抜けられるように、頑張って銃や剣の使い方も覚えた。
薬の種類も覚えた。娼婦のふりして言い寄って、隙を見て眠り薬を飲ませれば取っ捕まえるのが楽だから。
クソ野郎どもを縛り上げて踏みつけて拷問にかけて、用が済んだら頭をかち割るの。
楽しかった。悲鳴を聞いている間だけ、生きてるって気がした。
兄は見つからなかった。
何年くらい探したんだったかな。いくら探しても見つからなくて、私は諦めかけてた。せっかく捕まえた商人を拷問せずに殺すことも増えた。
「許せないか?」
ギベッドは私に聞いた。
「もちろん」
私は答えた。
ある時、立ち寄った町の宿屋でスクリムショウを見つけた。
知ってる? スクリムショウって。
鯨の歯とか骨とかに絵をつけた民芸品だよ。無骨な白い塊に、細い線で絵が入ってる。
普通は海の様子とか、船とかが描いてあるもんなんだけどさ、私が目を奪われたそのスクリムショウには、女の子の似顔絵が書いてあった。
私にそっくりだった。
びっくりしたよ。私は絵のモデルになった覚えなんてなかったからさ。
絵の中の私は、今の私よりもちょっと幼くて、細かいところがいくつか違ってた。
お兄ちゃんが描いてる。直感的にそう思った。記憶を頼りに幼い頃の私を描いてるんだって。
私、その頃には最後に兄と会った時より、だいぶ背も伸びてたし、荒んだ生活で顔つきも変わってたから、細かいところが違うのはそのせいかなって。
私は宿屋の主人に詰め寄った。「これはどこで手に入れたもの!?」って。
宿屋の主人は「この近くの鯨油を売ってる店で譲ってもらった」って答えた。
私は店の場所を聞き出すとすぐに走り出し、希望に胸を膨らませて店へと急いだ。
お兄ちゃんが近くにいる。私のことを思い出しながら、スクリムショウに絵を描いてるんだって。
兄は商店の店先で荷運びをやっていた。
「お兄ちゃん!」
私は駆け寄って飛びついた。
「お兄ちゃん! 見つけた! 助けに来たよ! すぐにこんなところぶっ潰してあげるから!」
お兄ちゃんは、最初は困惑していたけど、すぐに私だって気がついて強く抱きしめてくれた。
「誰を殺せばいいの? すぐに自由にしてあげる!」
私は意気揚々と言ったんだけどね、お兄ちゃんは首を横に振った。
「そんなことしなくていい。お前が生きててくれただけで充分だ」
「優しいんだね。じゃあ、一緒に逃げよう!」
私が手を差し出すと、またお兄ちゃんは首を横に振った。
「俺にはあの子がいるから」
そう言ってお兄ちゃんが指し示した先には、スクリムショウが飾ってある。そこにはまた、私の絵がついてた。
「何言ってるの? 私はここにいるじゃない!」
「違うんだ」
なにを言われているのかわからなかった。
「俺の生きがいなんだ。あの子がいれば、未来に希望を持てる。それに、ここの人たちはいい人だよ。ほら、俺は鎖に繋がれてないだろう? 給料だってもらってる。お金を貯めたら、家を買うんだ。そこであの子と暮らす。だから、殺したり、逃げたりはしなくてもいいんだ」
私は思った。お兄ちゃん、辛すぎておかしくなったんだなって。
早く助けてあげなきゃ。早くここから連れ出して、ゆっくり休ませてあげないと。
私が宿屋まで戻ると、ギベッドが不思議そうな顔をした。
「どうした」
「お兄ちゃんを見つけた」
「嬉しそうじゃないな」
「おかしくなってる。スクリムショウに描いた絵を私だって思い込んでるんだ」
「そうか」
武器を持って部屋を出ようとしたギベッドを、私は止めた。
「自分でやるよ。お兄ちゃんは私が助ける」
私は夜を待って、闇に紛れて商店に近づいて、窓から中を覗き込んだ。
店はもう閉まっていたけれど、閑散とした店内ではまだ従業員が片付けをしていて、兄もその中にいた。
私はびっくりして、その場に固まった。
お兄ちゃんの足元に、もう一人私がいるんだ。
その子は、私よりも絵の中の私に似ていた。
私よりもだいぶ幼い。ちょうど、お兄ちゃんと引き離された私と同じくらいの年頃だ。
その子は、なんの邪気もない笑顔でお兄ちゃんの足にじゃれついててさ。お兄ちゃんもニコニコしながらその子に話しかけるんだ。
昔の私が、絵の中から出て来たみたいだった。
私は、自分を省みて自嘲した。
私は人殺しだ。人を殺すのが楽しくて仕方ないような、荒んだ女だ。もう、お兄ちゃんが知ってるようなかわいい妹じゃない。
そう思うと、焦りが湧いてきて嫌な汗が流れた。
あの子の方が、きっといい子だ。私みたいに怖いことや汚れ仕事なんかやらない。
このままじゃ、あの子にお兄ちゃんを取られる。
そう思った瞬間に、今度は怒りが湧いてくる。
私だって、昔はあんな風に笑ってたのに。
お兄ちゃんが私と一緒に来てくれないのは、あの子のせいだ。
あの子さえいなければ、今頃お兄ちゃんを連れ出してたのに。故郷のあった場所へ向かって出発していたかもしれない。
すぐに「あの子さえいなければ」ってことしか考えられなくなってた。
混乱して、怖くなって、まともじゃなくなってたのは私の方だ。
気がついたら私はナイフを片手に店に入り込んで、その子供を殺してた。
手が生ぬるい血で濡れて、その子供が幻なんかじゃないってことはすぐにわかったけど、もう遅い。
子供はたくさん血を流して、医者が駆けつける前に死んじゃった。
「なんてことをするんだ!」
お兄ちゃんは私を責めた。
「なんなのよこの子は!」
喚く私に、お兄ちゃんは絶望しきった顔で力なく答えた。
「俺の娘だよ。つまりお前の姪にあたる」
私はその場で崩れ落ちた。
そりゃあ、私に似てて当たり前だ。
お兄ちゃんは、記憶の中の私じゃなくて、目の前の娘をモデルに絵を描いてたわけだよ。
「この子が大きくなっていくのが、未来への希望だったのに。この子の成長に救われてたのに」
私は町の牢屋に入れられた。気のおかしくなった旅人が殺人を犯したってことになって、連れのギベッドも呼び出された。
町の人たちも私のことを持て余して困ってたんだろうね。ギベッドが私を引き取るって言ったら、あっさり解放されたよ。
「お兄ちゃんを救うにはどうしたらいい?」
私は、迎えに来たギベッドに聞いた。
「お兄ちゃんがこの傷を癒して、また希望を持って生きていくことってできると思う?」
「子供の成長を見守るのが、癒しだったんだな」
「そうだよ。でも私がそれを壊した」
ギベッドは少し考えてから、私に告げた。
「天使の工場を作ろう。作り出した天使を傷ついた人たちのところに届けて、心の慰めにしてもらおう。そうだ、それがいい。深い傷を癒すのは、未来への希望だ」
「天使? 何言ってるの?」
「……。お前、まだ俺の手伝いをする気はあるか? お前の兄さんのような人を救うために、俺は今から島を一つ占拠して、工場を作ろうと思う」
「乗った。でも何をすればいいの?」
「人さらいだ。俺たちと同類の罪深いやつらを集めて来て鎖に繋いで働かせる。罪人に罪を償わせつつ、傷ついた人たちに希望を届ける。いい考えだと思わねえか?」
具体的な話はよくわかんなかったけど、私はお兄ちゃんのためになにかがしたくて必死だった。
ギベッドに言われるままに、クソ野郎を縛り上げて船に詰め込み続けた。
ちょうどよく見つけた無人島に人と資材を運んで、ギベッドは建物を作り始めた。
「なんでこんなことするの?」
ひとまず人が生活できるくらいの建物が出来上がった頃、私は聞いた。
「俺もクソ野郎だからだ。昔やった悪事を後悔している。でも、悔い改めたところでなにも変わらない」
「悪事?」
意外だった。潔癖なくらいに悪いこと、特に人さらいとか、奴隷での商売が嫌いだったから。
「なにをやったの?」
「俺は昔、奴隷商人だったんだよ。数え切れないほどの人間を売りさばいた」
信じられなかった。
固まっている私に、ギベッドは話を続ける。
「後悔してるんだ。だが、いくら後悔したところで俺が踏み壊したものは戻らない。何人助けたところで、俺のせいで地獄を見たやつらは救われない。もしも俺が下手なことをしなけりゃ、今も笑って暮らしてたはずの奴らがごまんと死んでる。全部を失った人間が再び希望を取り戻すにはどうしたらいいかって、考えてたんだ。お前のおかげで、答えにたどり着けた」
あいつ、正義の代行者ぶってたけど、実際のところはクズ中のクズだったんだってさ。
ま、ともかく。
こういう事情で私は、あのクズ野郎が地獄を作るのを手伝ってたわけなんだ。
話を終えると、女はエルモの方をじっと見た。
「お姉さん、顔色悪いね。やっぱり知らなかったんじゃない?」
「ええ。知りませんでした。教えてくれてありがとう」
「ねえ、聖女様。誰かの大事なものをぶっ壊しちゃったとしてさ。その取り返しがもうつかない時って、どうしたらいいと思う?」
エルモはじっと女を見つめて答えた。
「どうもしなくたっていいんです。悔い改める以上のことを、神は望みません」
「いくら悔やんでも元には戻らないのに?」
「元に戻らないからと言って、あなたの後悔と苦しみがなかったことになどなりません」
「……そっか」
女は乾いた笑いを漏らして、船に戻って行った。
その後ろ姿がすっかり見えなくなったのを確認してから、エルモははーっ、と大きく息を吐く。
「うわ〜、びっくりした〜! ねえ! 私大丈夫だった!? ちゃんと慈愛に満ちた聖女やれてた? 動揺してたのバレてなかった?」
あまりの変わりように、ジョナサンは呆れ笑いを浮かべた。
「自分で「慈愛に満ちた」とか言うと台無しだぞ」
「ダイジョウブ。ヤレテイタゾ」
「良かったー!」
ひとしきり安堵のため息を吐き切ると、今度はエルモの顔がだんだん曇っていく。
「元奴隷商人……。本当なのかな」
「それに関しては……。デビー、お前なんか知ってるだろ」
ジョナサンが話を振ると、デビーはわかりやすくうろたえた。
「えっ、ななな、なんでかしら?」
「いや、だって。事あるごとにあのおっさんを追いかけるのはやめろって言うし。向こうもお前のことめちゃめちゃ怖がってるし。なんか隠してるな?」
「そっ、そんなわけないでしょ? この私を疑うなんて万死に値するわよ? 知らない! 絶対言わないから!」
「ソウカ。シラナイノカ。ジョナサン、ウタガウノハヨクナイゾ」
咎めるような目をしたクラフトの肩で、ラヴが鳴く。その隣でメアリーも小さく頷いた。
「ジョナサン。デビーちゃんをいじめちゃダメ」
「違うって。デビーは、本当は知ってるけど言いたくないから「知らない」って言ってるんだ」
ジョナサンの解説に、クラフトとメアリーが首を傾げた。
「なんでそんなことするの?」
「隠しておきたい理由があるんだろうよ。な、そうだろ?」
「何度も同じことを言わせないで頂戴。この話は絶対にしないから! だって、絶対にエルモを傷つけるんだもの!」
ぱっ、とメアリーが顔を輝かせて「わかった!」と手を挙げた。
「おっ、どうしたんだメアリー?」
「デビーちゃんはエルモのために黙ってるんだ」
「ドウイウイミダ?」
いまいちピンと来ていない顔で、クラフトがメアリーに聞いた。
「あのね、デビーちゃんは、その話をしたらエルモがショックを受けるから話したくないんだと思うの」
「アア! ナンダ! ソウイウコトカ! エルモノコトヲキヅカッテイルンダナ?」
ポンと手を打って、クラフトが納得の表情を浮かべる。
デビーは苦虫を噛みつぶしたような顔で、決まり悪そうに歯噛みした。
「そんなわけないでしょ? 私は大悪魔デビー・ジョーンズよ? 人間が苦しむ姿を見て高笑いするのが大好きなん」
全部を言い切ることはできなかった。エルモに抱き上げられて、スリスリと頬ずりをされ始めたからだ。
「デビーちゃんは優しいねえ! 知ってたのに隠して、やんわり止めようとしてくれてたの! 私を傷つけないように!」
そう言ってデビーを抱き上げてぐるぐる回る。そして「感動した!」という顔でほっぺに雨のように軽いキスを降らせ、ぎゅーっと抱きしめる。
「ぎゃー! やめなさい! 不敬よ! 離しなさい! 離しなさいったら!」
「ありがとうねえデビーちゃん。でも私は大丈夫だから、本当のことを全部教えて?」
デビーは深い深いため息をついてから、真剣な顔でエルモの方を見返した。
「わかったわよ。話してあげる。その前に……。ジョナサン、脱ぎなさい」
思わぬ命令に、ジョナサンは固まった。
「なんでだ?」
「いいから脱ぎなさい。シャツだけでいいわよ」
意図はわからないがデビーの命令ならしょうがない、とジョナサンはシャツを脱いで、上半身をさらけ出す。
「えっ……?」
エルモが目を丸くして、ジョナサンを凝視している。
「そんなに見つめられると照れちまうんだが」
「あっ、ごめん。見たことある刺青が入ってるからびっくりしちゃって。それ、はやってるの?」
「刺青?」
「胸のやつ。ギベッドにも同じのがあった」
ジョナサンは息を飲んだ。この胸の刺青は、デビーと契約した時に浮かび上がって来たもの。
と、いうことは。
「わかったかしら? あの男は、以前私と契約していたの。でも、デビー・ジョーンズ・ロッカーに囚われるのを怖がって、教会に助けを請うた。その時に奴隷商人から神父に変わったのよ」
デビーはじっとエルモの顔を見ながら、淡々と話を始めた。




