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海賊のひまつぶし  作者: 櫂矢 真衣
聖女の出張懺悔室
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第55話 嘘つきの話

 私は、嘘をついた咎で、あの神父に引き渡されました。

 当然だと思います。私がついた嘘のせいで、たくさんの人に迷惑をかけましたから。

 私に生まれ故郷の記憶はありません。幼い頃に浜辺に流れ着いて、拾ってくれた村で育ちました。

 それはもう、蝶よ花よと愛でられて大切にされたものです。

 幸か不幸か、あの村には伝説がありました。

 村に大きな災いが訪れる前触れに、浜辺に幼い女の子が現れる。その子は災厄が起こる時にそれを予言で伝え、対策を授けてくれる。予言を伝えた時にその子の命は終わるが、言われたことを全て守れば村は必ず救われる。

 だから、予言が告げられるその日まで、大切に育てなければならない。

 そんなわけで、私は「将来命と引き換えに村を救う預言者」として育てられました。

 人を救うために海からやって来た、神の使いのような存在。人ならざる者。それが私です。

 でも、私には未来のことなんてなにもわかりません。災厄を止めるために来たなんて、自分がそんな大それた存在だとは、どうしても思えませんでした。

 私は悩んでいましたが、私を拾った夫婦は優しく励ましてくれました。

「予言なんてできなくたって、気にすることはないよ。災厄がないのならそれにこしたことはないんだから。予言をしなければ、あなたは長生きできるのだし」

「ここを自分の家だと思っていいからね。私たちのことも、お父さんとお母さんだと思えばいいから」

 私たちの家には、村中からみんながお裾分けをくれるので、食べ物にも着るものにも困ったことはありませんでした。

 私はいつも不安でした。

 自分に特別なところがあるだなんて思えないけど、私なんかにみんなを救うことができるだろうか。こんなによくしてもらった恩に報いることはできるだろうか。って。

 死ぬのは怖かったけれど、それが私が生まれた意味、ここにいる理由なら。と幼いながらに受け入れていました。

 私がなんとしてでも村を救いたかったのは、好きな子がいたからです。

 なにかあってはいけないから、と大人たちは私を家に閉じ込めたがりましたが、隣の家の男の子だけは、よく私を遊びに連れ出してくれました。

 海が綺麗に見える断崖や、潮の引いた時だけ入れる秘密の洞窟。イソギンチャクやウミウシのたくさんいる潮溜まり。たくさんの楽しい場所を教えてくれました。

 もし、私が災厄を予言して止めることができなければ、彼が危ない目にあってしまうかもしれない。それだけは嫌でした。

 月日は流れ、なんの予言も告げられないまま、私は子供から少女へ、女へと変わっていきました。

 同じ年頃の子には、ポツポツと縁談が持ち上がり、だんだんとみんな所帯を持ち始めていました。

 そしてついに、隣の家の男の子も結婚することになったのです。

 私は、悲しかった。でも、予言とともに死ぬ運命にある私は、誰かと添い遂げることなどできません。

 私は人ならざる者なのですから。

 だから、やはりなんとしてでも村を守らなければならない。大好きな彼と、彼が愛する家族を必ず守る。

 私は、それで満足するつもりでした。相変わらず予言なんてちっともできませんでしたが、本当にそのつもりだったのです。

 結婚式のあと、私は幼い頃に彼と遊んだ海岸でたそがれていました。

 この海岸で、きっと彼の子供も遊ぶだろう。私が上手に予言をして、平和な未来を守ることさえできれば。そう決意を固めた時でした。岩の陰から、私を見つめている者がいます。

 年老いた二人組の男女でした。

 長旅の途中らしく、ボロボロの杖と使い古したカバンを持ち、見るからに疲れ果てた様子のその二人は、私を見て大きく目を見開き、よろよろとこちらへ向かって歩いて来ました。

 知らない人たちですが、不思議と懐かしい感じがしました。

「あなた、お名前は?」

 私が名を答えると、老女は落胆したような顔を見せましたが、今度は男が尋ねて来ました。

「もしかして、左の足首に古い傷跡がありませんか? 大きな釣り針が刺さったような、太くてかぎ針のように曲がった傷跡です」

 私は驚いて、自分と左足首を見ました。確かに、その傷跡は昔から私の足にありました。

 あります。そう答えると、二人は泣いて私にすがりついて来ました。

「ようやく見つけた」

 はじめはなんのことかわからなくて困惑しましたが、ひとしきり泣いて落ち着いた二人が、全部教えてくれました。

 私は幼い頃にさらわれて以来行方知れずになっていた、この老夫婦の娘だったのです。

 私をさらった犯人の人相を聞いてみると、私の父親がわりだった男のそれでした。

 ショックでしたが、少し考えれば合点がいきました。

 予言の子の親となれば、村中からいろんなものを都合してもらえていい暮らしができるのです。

 だから二人は、私に「予言なんてしなくていいよ」と言い続けた。できないことを知っていたから。

 私は、私を抱きしめる二人の窶れた体を抱きかえしました。血の通った、暖かい体でした。

 私は普通の人の子だった。

 その事実が胸に落ちていくと、だんだんと怒りが湧いて来ました。

 私は人並みの幸せを全部諦めた。人ならざる者なのだから仕方ないと思っていたけれど、実際はあの夫婦に全部をむしり取られただけだった。

 好きな男の子との結婚を諦める必要なんて、全くなかったのに。

 私は復讐を決意しました。

 私が人ではないからと諦めさせられていたものを、全部手に入れないと気が済まない。そう思って私は、少しだけ待ってくれるように両親に言ってから、村へ戻りました。

「予言を告げます」

 そう言うと、村中のみんなが私に注目しました。

「村に仇なす悪人がこの中にいます。私を育てた夫婦です。縛り上げて大きな石をくくりつけ、海に沈めなさい」

 あっという間に私の育ての親は縛り上げられて、海の方へ運ばれていきました。

 みんな、私がこの歳になるまで予言を渋ったのは、育ての親への情や恩を感じていたせいだと思って勝手に納得してくれました。

 私は言葉を続けました。

「少し先の未来、もっと大きな災厄が訪れる。その時は、私の子供が災厄を打ち払う。よって、子を産むために結婚する必要がある」

 私はついさっき結婚式を終えたばかりの、昔からずっと好きだった彼を指差しました。

「私と彼の子が、将来村を救うだろう」

 すぐにその日二度目の結婚式が挙げられました。

 二人で暮らすための家が用意され、私たちの子供の誕生が待ち望まれました。

 私は新居に両親を呼び寄せ、一緒に暮らし始めました。

 こうして私は、血の通った家族と、愛する人と、一緒に暮らす人並みの生活を手に入れたのです。

 所詮は嘘で塗り固めた生活ですから、当然疑う人もいました。だって私が死んでいないのですから。本物の予言の子なら、お告げをしたら死ぬはずなのに。

 私は、私を偽物だと疑う人にも言いがかりをつけました。

「あの人はこの後悪事を働きます」

 そう言えば、誰であろうと村の人たちが殺してくれました。この方法で最初に殺したのは、結婚初日に夫を奪われた、彼の最初の妻でした。

 穏やかに月日は流れました。両親を看取った次の年、私は子供を授かりました。

 両親に孫の顔を見せてやれなかったのは残念でしたが、私は普通の人間のように我が子を腕に抱けた喜びを噛み締めていました。

 あのまま神の使いを気取っていたら、あの夫婦に利用され続けて、この子には会えなかったのです。

 かわいい女の子です。私よりも彼に似ていました。

 救世主の誕生を、村中が喜びました。

 私は、少し申し訳ないことをしたと、心の中で我が子に詫びました。

 この子が村を救うと言う話は、全くの嘘っぱちですから。

 その子はすくすくと育ち、すぐに立って歩くようになり、幼い日に私と彼が遊んだ海岸がお気に入りの場所になりました。

 ある日のことです。

 いつものように海岸で遊んでいた私の子供が、見知らぬ子供を連れて帰って来ました。

 村の子ではありません。その子のことを知っている者は誰もいませんでした。

 その子供は、七歳だったうちの子とだいたい同じくらいの背格好の女の子。たった今海から上がって来たように、頭のてっぺんからつま先までずぶ濡れでした。

 その子は真っ直ぐに私を指差してこう言いました。

「この者は予言の子ではない。嘘つきだ。野放しにしていては、必ず村を滅ぼす」

 そして、不思議な女の子はその場でバッタリと倒れ、動かなくなりました。一言だけ残して死んだのです。

 私は慄きました。これが本物の予言の子だという確信がありました。

 村中の人が私を取り囲み、石を投げました。

 押さえつけられて縛り上げられ、私を殺そうとする人々を、夫は必死になって止めてくれていました。

「頼むから殺さないでくれ。予言の子だって、殺せとは言ってない!」

 私の処遇を巡って、村中が揉めました。私は鍵のかかった倉庫に押し込められ、結論が出るのを待ちました。

 どれくらいそうして、自分への罰が決まるのを待ったでしょう。

 ある日、村に神父がやって来て「罪人がいれば引き取ろう」と言いました。

 私の扱いに困っていた村人たちは、渡りに船と私を神父へ引き渡し、追放しました。

 こうして、私は地獄行きの船に乗せられたのです。




 女は話を締めくくると深いため息をついた。

「夫と子供のその後が気がかりですが、私は二度と二人には会えないのでしょうね」

 エルモは真剣な顔で答える。

「そんなことはありません。あなたは懺悔し、罪を告白した。神はそれを必ず許してくれる。今まで辛かったでしょう? あなたは充分苦しみました。この船を降りた後、どこへ行くのかはあなたの自由です」

 女は顔を上げ、一筋涙を流すと礼を言って元の船に戻って行った。

 声が届かないところまで彼女が去ったのを確認してから、ジョナサンは疑問を口にした。

「なあデビー。海から来る幼女って、お前に関係あったりする? 姉妹とか?」

「さあ。でもまあ、なんでそんな伝承が生まれたのかはなんとなくわかるわ」

「ほう、と言うと?」

「海の近くに住んでる人間って、海の様子から明日の天気を知るでしょう? あなたにも覚えがあるんじゃない?」

 確かにそうだ、とジョナサンは頷いた。潮の流れや風の動き、海鳥の動きで明日のことがわかる。

「そうやって暮らしている人間にとって、海は預言者なのよ。だからそういうキャラクターとして擬人化された伝承が生まれることは、全く不思議じゃない。むしろ当たり前のことね」

 えー、でも……、と納得いかなそうにメアリーが声をあげた。

「そうやっておとぎ話ができたとしても、そのお話は作り話でしょ?」

 デビーは楽しげに口の端を上げた。

「いいことを教えてあげるわ、メアリー。その手の怪異……、お化けって話題に出すと本当に現れるのよ。たとえ嘘だったとしてもね。信仰され、いるって語られた時点で、その存在は力と実態を持つの。噂をすれば影がさすって言うでしょう? 神の存在を疑うことが罪とされるのは、疑われれば神が消えることもあるからよ」

 いたずらっぽくデビーは笑う。

「あなたの目の前にいるのは誰かしら? 大悪魔デビー・ジョーンズはおとぎ話ではあるけれど、私は本当にいるのよ? たくさんの船乗りが海を怖がったから、私が生まれたの」

 メアリーは不思議そうに首をかしげた。

「うん? デビーちゃんは怖くないよ?」

「あら、随分豪胆ですこと。この私を怖れないなんて」

「だって怖くないもん」

「ふ、ふふふ。しょ、将来有望ね。私を前にすれば、どんな屈強な男でも震え上がるのよ?」

 メアリーはよくわからないという顔をしている。

「……なんで?」

 ムキになったデビーは半泣きで答えた。

「私は! 怖い! 悪魔だもん!」

 これ以上はかわいそうだと、ジョナサンは助け舟を出すことにした。

「そうだなー。デビーちゃんは怖〜い悪魔様だもんなー」

「もう! あなたたち兄妹と来たら! 揃いも揃って私を舐めすぎよ!」

 ぽかっとデビーに小さな拳で叩かれて、ジョナサンは「やられたー」とわざとらしく倒れて見せた。

「ほら! バカなこと言ってないで、早く次の人を呼びなさい! 聖女様に話を聞いて欲しい人は、まだいるんでしょう?」

 デビーに問いかけられて、エルモは力強く頷いた。

「ラヴニヨビニイカセヨウ。ソッチノホウガハヤイ」

 クラフトがラヴに合図を出して指示を伝えると、ラヴは飛び立って隣の船へと向かった。

「ツギノカタ、ドウゾ」

 その声に応えて、今度は屈強な男が現れた。船べりから縄ばしごを降りて、ジョナサンたちの前にやって来る。

 見るからに粗野な男だ。顔にも、腕にも足にも、無数の生傷がついている。

「俺みてえなクズでも、神様ってのは許してくれるのかい?」

 男の問いに、エルモは即答した。

「当然です。神の愛は全ての人に与えられるものですから」

「そうかい」

 男は一度大きく息を吸い込んで、意を決したように話し始めた。


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