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海賊のひまつぶし  作者: 櫂矢 真衣
呪われし海にセイレーンの歌
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第41話 ジョナサンの話⑨

 ジョナサンは、その日のうちに岩礁に戻った。

 思いの外早く帰ってきたジョナサンを見て、クラフトとエルモは目を丸くする。

「早いな。もう試練を達成したのか?」

「してねえ! 大変なんだ! ちょっと聞いてくれ!」

 ジョナサンは慌てた様子で取り乱している。船の甲板から、出発した時にはなかったなにかを担ぎだし、岩礁にデンと置く。

 それは、一抱えもある大きな鏡だ。よく磨かれてはいるが、古くて少々くすんでいる。周囲を縁取るように、海藻や珊瑚、貝殻などの模様が透し彫りにされている。

「なんだそれは」

「それは試練の鏡よ」

 うっすらと笑みを浮かべながら、デビーが答えた。

「ジョナサンはあなたの手を借りたいんですって。だから、わざわざこんなところまで担いできたの」

「僕の?」

 不思議そうにジョナサンを見ているクラフトの袖を引くものがあった。メアリーだ。

 不安げな表情を浮かべて、じっとクラフトの方を見ている。

「どうした? 楽しくなかったのか?」

「あのね、私、このままだと死んじゃうんだって」

「なんだと!? どういうことだ! 詳しく話せ!」

 重たい鏡を置いて一息ついていたジョナサンは、クラフトに肩を掴まれてガックンガックン揺さぶられてしまう。

「だから聞いてくれって言ってるだろうが! 話すから! やめろ!」

 ハッ、と我に帰ったような顔でクラフトはジョナサンから手を離す。

「悪かった」

「いいってことよ」

 ジョナサンは軽く咳払いをして、深呼吸をして、気持ちを落ち着けてから島であったことを話し始める。




 いや、最初はさ、お気楽に探検気分だったんだよ。

 黒曜石の家が建ってる島でな。

 メアリーもはしゃいでたよ。

 「これ、きれい。欲しい」とか言って、家を壊してかけらを持って行こうとするのを止めなきゃならなかったくらいだ。

 えーと、でだ。なにが大変なのかって言うとさ。

 家の中には、前の島と同じくセイレーンの剥製があった。

 俺はそいつの前に立って「試練を受けにきたぞ」って言ったわけよ。

 剥製は、じっと俺とメアリーを見て、軽く頷いた。

「この島では未来の試練を受けてもらう。見事、未来を変えられたら認めてやろう」

「未来を変える? どういうことだよ」

「後ろを見よ」

 セイレーンの言う通りに振り返ると、この鏡が置いてあった。

 普通の鏡じゃん、って思ったんだが、一瞬水面に雫が落ちるみたいに表面が揺らいだかと思うと、そこに映っていたのは船の上の景色だった。

 俺の船だ。甲板の上で、ぐったり倒れているメアリーと、メアリーを抱えてオロオロしている俺が映ってた。

「メアリー、ダメだ。元気出してくれよ」

 鏡の中の俺が言った。

「私、死ぬの……?」

 鏡の中のメアリーが言った。

「死なねえよ! なあ! 頼むよデビー! メアリーを助けてくれ!」

 鏡の中の俺が言った。

「メアリー、命令よ。死んではダメ。立ちなさい! ねえったら!」

 鏡の中のデビーが言った。

 メアリーの腕が、力なく垂れ下がって、死んだんだってわかった。

 呆然としている俺の袖を、現実のメアリーが引いた。

「これは、未来のお前たち。この未来を覆してみせよ。さもなくば、この娘の辿る末路は見ての通りだ」

 メアリーが不安そうに俺を見上げている。

「私、死ぬの?」

「大丈夫だよ。必ずなんとかする」

 俺は、目の前にいるメアリーと鏡の中のメアリーを見比べて、必死に考えた。

「なんでこんなことになるんだ」

「それを考えるのも試練のうちだ。期限は三日とする。それまでにこの娘を救ってみせよ」

 硬質な冷たい声で、セイレーンの剥製はきっぱりと言った。

 あれこれ考えている俺をよそに、メアリーはご機嫌斜めな顔で「むーっ」って口を尖らせてたよ。

「ジョナサンの嘘つき。楽しいって言ったのに」

「ごめんな、まさかこんな内容だとは思わなかったよ。痛いところとかないか? 病気かもしれない」

「へいき」

 もう一度、鏡の中を見る。

 倒れているメアリーに外傷はない。通りすがりの海賊に襲われた、とか、海戦で流れ弾に当たった、とか、そういう類の死因ではなさそうだ。

 でも、血は出てる。口元から微かに血が滲んでいるし、カサついた皮膚にも血が付いてる。

 なんでそんなことになるんだ?

「クラフトの言う通りかも」

 メアリーが言った。

「なにがだ?」

「海は怖いところ。私もちょっとわかった。陸にいれば、お医者さんに行ける。答えは簡単だよ、ジョナサン。どこか大きな町、お医者さんがいる町に行って、ずっとそこで暮らすの。そうすれば、こんなことにはならない」

 ポツポツ語るメアリーの意見を、聞きたくなかった。耳を塞いじまいたかったよ。

「海の上にいるせいで、私は死ぬんでしょう?」

「そんなことねーよ!」

 俺はつい、ちょっとムキになっちまって、大きい声を出しちまった。

 結構考えたが、俺は医者じゃねえし、村にも医者はいなかった。その手の知識、俺はまるでねえんだ。

 そこで、第一の試練のことを思い出してさ。

 クラフトの言ってた案なら、もっと簡単に答えが出せた。

 お前は物知りだし、頼ってみたら俺よりいい考えを聞けるかも、って思ってさ。

 俺は剥製に聞いた。

「岩礁で待ってる仲間の意見を聞きに行ってもいいか? 試練の途中でこの島を離れるのって、あり?」

「よかろう」

 剥製は鷹揚に答えた。

「その鏡を持っていけ。試練が達成された暁には、その鏡を祭壇に収めるといい。しかし、相談に参加するなら岩礁の者たちも試練に参加したとみなす。失敗したら、その時は高波が岩礁を襲う。みんなもろともに海の底だ」

 と、言うわけなんだよ。

 悪いな、クラフト、エルモ。特にクラフト、マジごめん。俺たちだけで様子を見てくるって話だったけど、巻き込ませてもらうぜ。

 メアリーを助けられなきゃ、俺たちみんな仲良く海の底だ。それが怖いなら、この鏡に映ってる未来をなんとか変えなけりゃあならない。

 お前ら、なんかいい考えない?


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