第32話 無人船の探索
落ち込んでいるクラフトを半ば引きずるようにして、一同は船に戻った。
デビーが指を鳴らすと、もくもくと泡が集まってきた。白い泡があっという間に船を包み込み、海底の様子がなにも見えなくなる。
フッと体が浮き上がったような感覚がした。気がつけば、船は海面の上にある。
陽光も波も穏やかだ。不思議なことに、船も帆もジョナサンたちも、どこも濡れておらず乾いている。
「よし。気を取り直して出航よ。クラフトのお兄さんの魂を探しましょう。心当たりはあるかしら? 船が難破したのはどのあたり? 行きたがっていた場所はある? 迷い出た魂はその場に留まるか、望む場所まで漂っていくかのどちらかよ」
デビーが声をかけると、クラフトはようやく顔を上げた。
「イッショニサガシテクレルノカ?」
「あなたは私の手足となる。私はあなたの望みを叶える。そういう約束だったはずよ。みんなもそれでいいわね?」
「おう、もちろんだ」
ジョナサンが答える。エルモとメアリーも頷いた。
「アリガトウ。レイヲイウ」
クラフトは少し考えてから、話を続けた。
「フネガナンパシタバショハワカラナイ。アニウエハハナセナイカラ。イキタガッテイタバショハ……。アニウエナラ、ウチニカエルコトヲノゾムノデハナイダロウカ」
「うーん、ほぼ手がかりゼロね。もし魂がおうちに帰っているのであれば、目を覚ます。里帰りしていないとなると、海のどこかにいるはずなのだけど……」
行き先が決まらない。ジョナサンは気合を入れて舵を握ったものの、どっちへきればいいのかわからずに手持ち無沙汰になってしまう。
「なんか覚えてることはないのか? どんな船で出かけて行ったとか」
「オオキナフネダッタ。カノウナカギリジョウブナフネヲヨウイシテイタ。ミズヲハジクコールタールヲクドイクライヌッテイタカラ、センタイガクロカッタナ」
「ほー、他には?」
ジョナサンは、望遠鏡を目に当てて水平線を見る。
「チミツナセンシュゾウガトリツケラレテイタ」
黒い船体。緻密な船首像。頭の中に想像図を浮かべる。
「スバラシイフネデ、フキツナイイツタエヲワライトバシテクレルノリクミインタチト、ウミニデタ」
クラフトは目を伏せた。
「ノリクミインタチハ、ダレモカエッテキテイナイ」
ジョナサンは質問を続ける。
「もしかしてその船首像ってさ、松明を掲げた女だったりする?」
「……ナゼワカル」
「全く同じ特徴の船があそこにいる。もしかしてって思ったんだが」
見つけたのは偶然だった。手持ち無沙汰になって、何気なくあたりを見ていたら、遠くに船が見えた。
「ミセテクレ!」
ジョナサンはクラフトに望遠鏡を手渡した。手渡した、というよりはもぎ取られたと言った方が近いかもしれない。
クラフトが真剣な顔で望遠鏡を覗き込んでいる間、その頭上でラヴがひっきりなしに鳴き続けていた。
「アレハ……! タシカニニテイル。……イヤ、シカシ……、ソンナグウゼンガ……?」
「ひとまずあの船を見に行くか。手がかりがあるかもしれねえ。違ってたらその時はまた考えよう」
見た所、その船はあまり動いていない。オールも出ていなければ、舵が動いている気配もない。流れる身任せているような動きだ。追いつくのは、さほど難しくなさそうだ。
ジョナサンは舵を切った。船は方向を変えて、目的地へと向かって行く。
船を横付けすると、大きさの違いは一目瞭然だ。ひとまわりもふたまわりも大きい。
クラフトは、船を見て驚いている。
「アニウエノフネダ」
「ほんとか?」
「アア。マチガイナイ」
「調べてみましょう」
デビーが指を鳴らすと、いつもの大蛸が現れた。蛸の足が一同を船の上へと運んでくれる。
ジョナサンは、船の甲板に降り立つとデビーに向かって手を振った。
「オーケー。デビーも来いよ」
ジョナサンの誘いを受けて、デビーも後を追ってきた。
船を見回す。誰もいない。
本来であれば、船を動かすために乗組員が働いたり、航海師が風や波を読むために海を見ていたりするはずの甲板には、いまさっきやってきたジョナサンたちしかいない。
「……ヤハリ、ソウイウコトナノダロウナ」
クラフトの一族は、セイレーンの血を引いている。そのために、海でその声を聞いた者は、自ら海に飛び込んで行く呪いの声を引き継いでしまった。
これがクラフトの兄が乗った船であり、今ここに誰もいないのであれば、この船の乗組員たちは兄の声を聞いて海の底へ行ってしまったのだろう。
「デビー、エルモ。お前ら幽霊見えてるんだよな? ここに誰かいるか?」
「いないわ。船の上はもぬけの殻よ。飛び込んだ者たちは、海を漂っているのでしょうね」
「うん。ここには誰もいない。船室の方まで行ったら、誰かいるかもしれないけどね」
とはいえ、不気味だ。
ジョナサンは、パンっと大きく手を打って、みんなに提案した。
「よし! 手分けして船を探索しよう! もしかしたら、船内のどこかにクラフトの兄貴がいるかもしれねえし」
「タンサク? フネノナカニハイルノカ?」
ラヴが鳴いた。クラフトは及び腰になってキョロキョロしている。
「なんだー? ビビってんのか? 幽霊ならいないらしいぞ?」
「ソレハソレ、コレハコレダ。ブキミダトオモウノハトウゼンジャナイカ」
「頑張ろうぜ。お前の兄さんが待ってるかもしれねえ」
「……。ソウダナ。ガンバル」
クラフトは、キッと眉を吊り上げて決意を固めた顔をした。
「決心はついたようね。私のチームとエルモのチームに分かれましょうか。見えない人がお兄さんを見落としたんじゃ大変だし」
「わかった。じゃあ、俺はデビーと行くぜ」
エルモは、軽くメアリーの手を握った。
「メアリーは私と行こうか」
コクン、とメアリーが頷く。
「ナラボクハ、エルモノチームニハイロウ。ジョセイフタリダケデハシンパイダ」
「よし決まり! 行くか!」
「ソコノトビラカラ、センナイニハイレル。ボクタチハセンビホウメンヲミル」
「わかった。じゃあ俺たちは船首の方な。各々見れるところを全部見たらここに集合して報告し合うってことで」
五人と一匹は二手に別れて、船内の探索を始めた。
確かに不気味ではあるが、変わったところはない。
ジョナサンはかたっぱしからあちこちの扉を開け、廊下を歩き回り、窓を覗き込んだ。
少々豪華すぎること以外は普通の船だ。
しかし、一面に湿ってべたついた埃がつもり、蜘蛛の巣が張っている。時折物陰で、チョロチョロとネズミが動く。
「薄暗いな。眼帯外していいか? 真珠の光があれば、もっとはっきり見えると思うんだが」
「随分贅沢なカンテラね。いいわよ。ただし、この辺一帯の幽霊が押し寄せて来るけど」
「マジか。じゃあしない。絶対しない」
「なに? あなたも怖いの? クラフトといいあなたといい、男性陣が頼りないわね」
「しかたねーだろ。幽霊なんてみんな怖いに決まってる」
「ふうん。そうなの」
見られる場所は全て探りつつ、階段を降りて船底の方へ向かって行く。
食料庫があった。食材は全てダメになっていた。
一部屋、空っぽの倉庫があった。手土産を積んで帰るつもりだったのかもしれない。
「そういえばクラフトって、なんだか海にいる時と陸にいる時で雰囲気違うわよね」
「そうか? そうでもねえと思うけど。違うとこって言ったら、自分で喋るかラヴが喋るかくらいじゃないか?」
「この前海岸で老婦人の護衛を申し出たときなんか、堂々としたものだったじゃない? 聞けば、家族と話し合った時も啖呵を切ったみたいだし。なのに、私の前だとサメの前の小魚みたいにビクビクするでしょう?」
「それは純粋にお前が怖いだけだと思うんだが」
「なに? 私のせいだっていうの?」
「そうだと思うぜ。クラフトは海の血が入ってるわけだしさ。デビー様の威光にあてられてるんだよ」
船員が雑魚寝する休憩室に出た。睡眠をとるためのハンモックがたくさん張られている。
そのうちの一つに、干からびた死体が引っかかっていた。
腐敗が進み、悪臭を放っている。死んでからそれなりの月日が経っているようだ。
カサカサになった肉と骨が、骨にへばりついている。
「うおっ、びびった……」
「なにか持ってるわね。ジョナサン、取りなさい」
見れば、確かに胸元になにか抱えている。小さな手帳のようだ。
「えぇぇ……」
「取りなさい」
「わかったよー……」
ジョナサンは、恐る恐る手を伸ばし、死体の胸から本を引き剥がした。ひっついていた皮が、ベリ、と嫌な音を立てた。
「なにが書いてあるの?」
開いてみる。色々と書き込まれているが、要領を得ない。「交代の時間だ」とか「マストを頼む」とか、「今は船長の機嫌が悪い」とか、雑多なことが書き込まれている。
「なんだこれ?」
「なんでこんなもの書いたのかしら?」
会話の、一方のセリフだけが書かれているようだ。頼みごとが書かれていても、その返事はない。
どこかで、こんなふうに書かれた文章を見たことがある。ジョナサンは記憶を探った。
「あっ、筆談だこれ。筆談してたんだよ、この人」
「ああ、なるほど。音声で意思疎通ができないから、これに書くなり書いてもらうなりしてたのね」
ジョナサンは、一つの可能性に思い至ってハッとした。
この人はもしかして、耳が聞こえなかったんじゃないだろうか。だとしたら、筆談で意思疎通を図っていたとしても不思議ではない。
パラパラ、とページをめくる。
途中からは、指示だけではなく日記のようなものが記されていた。
『一体なぜこのようなことが起こったのかわからない。俺はじきに死ぬだろう。水も酒も無くなった。一人きりじゃ船は操れない。最後の力で、この船に起こったことを書き記すが、きっと誰にも見つけられはしないのだろう』
日記だ。
「わお。思ったよりでかい収穫だぜ」
「どうしたのよ。私にも見せなさいよ」
デビーが背伸びして手帳を覗き見ようとしたので、ジョナサンはその場で膝をついて、手帳の位置を低くした。
「この人、きっと耳が聞こえなかったんだ。だから、セイレーンの声に惑わされなかった。それで生き残ったはいいものの、一人じゃ船が動かせなくて立ち往生して、ここで死んだんだ」
小さな窓から入ってくる日の光が、朽ちた骸骨を照らしている。
この人は、きっとこの船で起こったことを全て見ている。そして遺書のように、見たことをここに記しているらしい。
「残りも早く見よう。そんで、みんなにもこれを見せに行こうぜ」
不謹慎だとは思うが、ジョナサンは内心ワクワクしていた。
探検をして、手がかりを探す。それを元に次の行き先を決める。
冒険じみてきたじゃないか。




