表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
海賊のひまつぶし  作者: 櫂矢 真衣
呪われし海にセイレーンの歌
31/86

第30話 メアリーの話

 ママと一緒に、港の酒場に行った時の話だよ。

 私の頭の上で、大人の海賊たちが大きい声でお話ししてた。

 怒鳴り声と、ビンが割れる音と、陽気な酔っ払いの歌う声でいっぱいなの。だから、みんな大声を出さなきゃお話ができない。

 店の中は散らかってて、あっちこっちでお酒や料理が溢れてた。殴り合って喧嘩してる人もたくさんいたよ。

 私、お酒飲めないから、ママがお酒飲んでる間、ライムのジュースを飲みながらぼーっとしてたの。

「お嬢ちゃん」

 知らないおじさんが話しかけてきたの。

 服がボロボロで、ちょっと臭かった。海から上がってきたばっかりみたいに、ずぶ濡れだった。

 今思うと、不思議。

 それほど大きい声を出してたわけじゃないのに、はっきり聞こえたの。

「旅の人かい?」

「うん」

「どこへ向かってるんだい?」

「ママの行くところ」

「君の行きたい場所は?」

「ないよ」

「それはいけない!」

 ガシッと私の肩を掴んだ手は、水を吸ってふやけてた。

 変な人だなあと思った。

「どうしていけないの?」

「行きたい場所がないのに船に乗るなんて! それじゃあ、渦潮に自分から飛び込むようなものだ!」

「そんなこと言われても困る」

「それなら、いいものをあげよう!」

 おじさんは、ポケットから羊皮紙の地図を出して、見せてくれた。

 くしゃくしゃで、濡れてて、薄くなってたけど、だいたいなにが書いてあるのかは見えた。

 三つの島と、その周りの海の様子が書いてある。

「これを君にあげよう。呪われた海の海図だ!」

「いらない」

 おじさんはびっくりして、目を見開いた。

「なんてこった! なんでだい?」

「呪われてるんでしょ? そんなところ行かない」

「この世界に呪われていない場所なんて、果たしてあるんだろうか?」

 おじさんは無理やり押し付けてこようとしてたけど、私はもう一回断った。

「いらない。私は自分一人じゃ、船を動かせない。ママはそういうの、興味ないと思う」

「いずれ必要になるよ。誰もがいつかは、自分のための船出を迎えるんだ。その時にこの海図を必要としない人なんて、いないんじゃないかな? ここには、誰もが求めるものがあるんだ」

「求めるもの?」

「そうとも! 手に入れた人は誰もいないけどね! なにしろあの海へ行った船は一隻残らず沈んでしまうのだから!」

 私は怖くなって、おじさんから逃げようとしたけど、足が動かなかった。

「いらないもん! 私、欲しいものなんてない!」

「なんてことだ! 求めるものがなにもないなんて、人生最大の不幸だよ!」

 あっはっは、と笑いながらおじさんは三つの島を指差した。

「見えるかな。これと、これと、これ。この三つの島に囲まれた三角の海域。ここが魔の海域なんだ。断言しよう。君はいずれ必ず、ここに足を踏み入れる」

 おじさんはニッと笑って、地図を私の手に押し付けた。

「メアリー? どうしたの? ……あら? それはなに?」

 ママが、私が持っている海図に気がついた。

「このおじさんがくれたの」

 私が答えると、ママは不思議そうな顔をした。

「おじさん? 誰もいないじゃない」

 おじさんのいた場所を見ると、確かに誰もいなくなってたの。

「もう、ダメよ。知らない人から物をもらっちゃ」

 ママは、おじさんがくれた海図を私の手から取り上げると、くしゃっと丸めてその辺に捨てちゃった。




 話を聞き終えると、ジョナサンは歓声をあげた。

「そうだよ! そういうの! 俺はそういう冒険に行ってみたくて海に出たんだよ!」

 蛸に捕まえられて強制マッサージを受けているジョナサンの頭に、ラヴが舞い降りた。

「バカナノカキミハ」

 ジョナサンはクラフトの方を見た。

 クラフトもジョナサンと同じように、隣で蛸に絡まれて吸盤に吸い付かれている。最初は少々抵抗していたが、今はもうすっかり諦めて体を蛸に任せている。

「バカとはなんだバカとは」

「ワザワザアブナイトコロヘイクヤツガアルカ」

「なんだよ、ロマンがわかんねーやつだな。お前とは話が合うと思ってたのに」

「ソンナノシルモノカ」

 言い争う二人を見上げて、メアリーが悲しそうな顔で首をかしげた。

「ケンカするの?」

 目をウルウルさせるメアリーを見て、エルモが眉を吊り上げる。

「こらっ、仲良くしなさい! メアリーが泣いちゃうでしょ!」

 ジョナサンは大慌てで、隣のクラフトと肩を組んだ。

「しないしない! 俺たち大親友だもんな! な!?」

 クラフトも慌ててジョナサンに話を合わせた。子供を泣かせるのは嫌らしい。

「ソウダトモ! コンナノササイナイイアラソイダ!」

 その様子を見て、デビーがクスクスと笑う。

「あなたが誠心誠意お願いするのなら、行ってあげてもいいのよ? 呪われた海だろうと、私の加護があればなんとかなるわ。ここにいる魂たちをロッカーまで案内した後になるけれど」

 ジョナサンは目を輝かせた。

「本当か!? 行きたい!」

「ならば私を讃えなさい。崇めなさい。供物を捧げなさい。従順な下僕には、それ相応のご褒美をあげてもいいわ。気が向いた時だけだけどね」

 ジョナサンは、船倉の中にデビーが気に入りそうなものがないか、記憶を探った。

「そうだなー。かわいいかわいいデビーちゃん、飴玉は食べたことあるか?」

「あめだま? なあに、それは」

 よし、いける。とジョナサンは心の中でガッツポーズをした。

「すっごく甘くておいしいお菓子だ。ただの菓子じゃない。あまりにもおいしくてやめられなくなるっていうんで、ご家庭によっては禁じられてる場合もある」

 デビーがコクンと唾を飲んだ。

 クラフトが「それでいいのか?」と言いたげな顔でジョナサンを見ている。

「でもまあ、いくら禁じられてようが、大悪魔デビー様には関係ねーよな?」

「当然よ」

 デビーは得意げに胸をそらした。

「人のことわりでこの私をしばれるだなんて、思わないことね。いいでしょう。あめだまとやらを献上するのであれば、呪われた海域に連れて行ってあげる」

「よっしゃー! あっ、でも場所わかるのか? 海図はおふくろが捨てちまったみてーだけど」

「ええ。だいたいの見当はついてるわ。あの辺、確かに難破船が多いのよね」

「おー、マジっぽいなー。デビー・ジョーンズのお墨付きまで出ちまった。俄然ワクワクしてきたぜ」

「キケンダトイワレテナゼウレシインダ。ヤハリキガシレナイ」

 ワクワクした気持ちに水を差されて、ジョナサンはムッとした。

「はー? これだから坊ちゃん育ちはよう」

「ナンダト? キミノホウコソヤバンスギルンダ」

 メアリーが二人を見上げた。

「ケンカするの?」

 エルモが眉を吊り上げる。

「こらっ!」

 ジョナサンは大慌てでクラフトと抱き合った。

「しないしない! なー? 俺たち仲良しだもんなー?」

「ソウダトモ! ケンカスルホドナカガイイトイウヤツダ!」

 エルモはじーっと二人を見ている。

「本当に〜? 後腐れのないように決闘でもして決着つけた方がいいんじゃない?」

「さては仲裁する気がないな?」

「そんなことないもん。神も「殴り合えば分かり合える」って言ってたような気がするもん」

「お前んとこの宗派、やっぱおかしいって。改宗した方がいいぞ、割とマジで」

 デビーがパチンと指を鳴らすと、蛸が二人の拘束を解いた。スルスルと蛸足が離れて、二人は甲板にゆっくり降ろされる。

「もうしばらくしたら、デビー・ジョーンズ・ロッカーへの入り口へ着くわ。その前にご飯食べましょう。お腹が空いたわ。ジョナサン、用意して」

 港へ向かう時は、デビーがお疲れだったせいか思ったより時間がかかったが、今は元気いっぱいのようだ。波も風もぐんぐん船を進めて、陸地はもう望遠鏡を使わなければ見えないような場所にある。

「仰せのままに」

「あめだまも忘れないでね」

「わかってるよ」

 ジョナサンは、船倉から食料を持って甲板へ戻る。

 街で仕入れた堅焼きパンと、水と酒と、干し肉とライム、デビー用に飴玉を用意する。

 食料をみんなに配りながら、ジョナサンはデビーに聞いた。

「そんでさ、そろそろ着くって言ったが、デビー・ジョーンズ・ロッカーへはどうやって行くんだ? それっぽいものは見えねーけど」

「海の底へ行く方法なんて、一つしかないでしょう?」

 デビーは酷薄な笑顔を浮かべた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ