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海賊のひまつぶし  作者: 櫂矢 真衣
海の悪魔と盗まれた真珠
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第20話 メアリーの話①

 りんご、ありがとう。

 食べるの、初めて。

 ママがダメって言うから。

 ママは、幽霊船の船長。

 あの船で生きていたのは、ママと私だけ。

 ああ、「ママ」って呼んじゃダメなんだった。

 「ママ」って呼ぶと、すごく怒るの。

「そんな呼び方しないで」

 って、怖い顔をする。

 でも、ついつい「ママ」って呼ぶのをやめられなくて、私はママに殺された。

 私は幽霊船で生まれた。

 ママは海の上で私を産んで、海の上で私を殺した。

 私のゆりかごを揺らしていたのは、渦潮に飲まれて死んだ船乗り。

 私の遊び相手だったのは、若いカップル。海に飛び込んで、しんじゅう? って言うのをしたらしい。

 ママは、とっても優しくてかっこいいの。

 私をかわいがってくれた。

 朝は起こしに来て「おはよう」って言ってくれたし、昼は一緒に船の上から海を見るの。夜になったら、一緒にご飯を食べる。

 海賊だから、海軍が捕まえに来ることもあるけど、ママは負けないの。

 とっても優しいママだけど、時々よくわからない理由で怒るの。

 帆の張り方を聞くと「とぼけないで。知ってるでしょ?」って言う。

 りんごを食べようとすると「あなたはりんごが嫌いなはずよ」って取り上げる。

 「ママ」って呼ぶと、「私はあなたのママじゃない」って言う。

 それからもう一つ。

 船長室に入るのも絶対にダメだって言ってた。

 不思議だと思ってた。

 幽霊たちに聞いても、答えてくれない。

 でも、一人だけまともに取り合ってくれた幽霊がいた。

 その子の名前はメアリー。

 私と同じ名前。背格好も、私とよく似てた。

「絶対に覗いちゃダメだよ」

 メアリーは、私にきつく言った。

「私は船長室を覗いたから殺されたの。あなたは絶対に覗いちゃダメだよ」

「なにがあったの?」

 私が尋ねると、メアリーは肩をすくめた。

「知らない方がいいよ」

 そんな言い方したら、余計に気になる。いじわるだと思った。

「ママが私を殺すはずないよ」

 私が言うと、メアリーは真剣な顔になった。

「ママは、絶対にいずれあなたを殺すよ」

「そんなことないもん!」

 私はムキになって駆け出した。

 ママはきっと、私が船長室の扉を開けても殺したりしない。

 そりゃあちょっとは怒るだろうけど、私が反省したら許してくれる。

 そう思って、勢いよくドアを開けたの。

 私はびっくりして、その場で固まった。

 そこには、骸骨がたくさん並べてあったの。

 赤ちゃんの骨がたくさんと、私と同じくらいの骨が一つ。

 床に寝っ転がってたり、壁にもたれて座った姿勢だったり。

 私はびっくりして、その場に固まった。

 ママは海賊だから、人殺しをすることもあるけど、なんでこんなところに骨なんか集めているのか、わからなかった。

「ダメって言ったでしょう?」

 いつのまにか後ろにはママがいた。

「ごめんなさい、ママ」

 怒られる、と思って、私は身構えた。

 けれど、ママが口にしたのは、お小言じゃなかったの。

「あなたもメアリーじゃないのね」

 なにを言ってるのか、わからなかった。

「ねえ、この骸骨はなに?」

「メアリーのなりそこないよ。赤ちゃんは、男の子だからメアリーじゃないってわかった子達。一番端の二人は女の子だったけど、双子だったからメアリーじゃない」

 ママの手が私の肩を掴んだ。

「あの大きいのは、メアリーだと思ってたのだけれど、違ったわ。長いこと私を騙していたの」

 大きい骸骨の向こうで、幽霊のメアリーが怒ってた。だから、ダメって言ったのに、って言ってた。

 逃げ出そうとしたけど、ママの手はがっちり私の手を掴んでて、振りほどけなかった。

「あなたもメアリーじゃないのね。メアリーが私との約束を破るはずないもの」

 ママは、見たことないほど怖い顔をしてた。

「またメアリーを探しに行かなくちゃ。どこにいるのかしら」

「ママ? メアリーは私よ?」

「違う!」

 すっごく大きな声だった。

 ママは私の喉に手をかけて、持ち上げた。

 首がしまって苦しかった。

「メアリーは私をママだなんて呼ばない。親友だもの」

 息ができなくて、私は死んだ。

 ママは私の死体をメアリーたちの骸骨と一緒に並べると、海図を見ながら呟いた。

「どうしたらメアリーは戻ってきてくれるかしら……」

 次の目的地はトゥーガってところだって言ってた。

 前の島で「あなたはあそこが好きだったものね」って行き先を決めたの。

 私はそんなところ行ったことないのに。

 ママは、海図と私の死体をしばらく見つめてから、嬉しそうに独り言を呟いた。

「そうだわ! 前みたいにひと暴れすればいいのよ! メアリーがまだ子供だからと思って近頃おとなしくしてたのがいけないんだわ! メアリーは略奪が大好きだもの。きっと帰ってきてくれる!」

 ママは、上機嫌で鼻歌交じりに大砲とマスケット銃の手入れを始めた。

 その時、この船が近くを通りかかったの。

 誰かにこのことを伝えなくちゃと思って、私はえいってこっちに飛び移った。

 ねえ、お願い。

 ママを止めて。

 ママは、これから行く街でひどいことをするつもりだよ。


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