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海賊のひまつぶし  作者: 櫂矢 真衣
海の悪魔と盗まれた真珠
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第17話 エルモの話②

 出航した時はまだ昇ったばかりだった太陽が、だんだん高くなっていく。それに応じて潮風も温もりを持ち始める。

 穏やかな陽光の下、心地よい湿気を含んだ風に吹かれながら、一同はエルモの話を聞いている。

 ジョナサンは「ちょっとごめん!」とエルモの話をさえぎった。

「うん? なに?」

 エルモは話をやめて、酒瓶に口をつける。

「それって、その画家の爺さんが子供の頃の話だよな?」

「そうだよ」

 状況的に、話に出て来た少女というのは、デビー・ジョーンズで間違い無いだろう。だが、話の情報と、目の前にいる少女が頭の中で食い違ってしまう。

「デビーちゃんって今いくつ?」

 ジョナサンが問いかけると、クラフトが肘で脇腹を突いてきた。

「ジョセイニネンレイヲキクナ。ブレイダロウ」

 エルモは目を見開いた。

「えっ? デビーちゃんってあのデビー・ジョーンズ!? 昔話に出てくる? おじいさんが海に落ちた時に会ったのってあなたなの?」

 デビーはなんでもないことのように答えた。

「そうよ。年齢なんて数えてない。私はあなたたちと違って、時間が経っても変化しないの」

「つまり永遠の幼女ってことか」

「なんか嫌だからその言い方やめなさい。そりゃあそうでしょ。デビー・ジョーンズの伝説は大昔からある伝承なのよ? 私は見た目通りの幼子じゃないの」

 デビーはフンッと胸を反らした。

「わかったら、もうちょっと敬いなさい」

「だから敬ってるってば。デビーちゃんはそんな昔から悪魔やってるのか〜。すごいな〜。継続は力なりって言うもんな〜」

 ジョナサンがデビーの頭を撫でる。呆れ顔をしているクラフトの肩で、ラヴが鳴いた。

「ナライゴトミタイニイウンジャナイ」

 ひとまず疑問が解消したので、ジョナサンはエルモに先を促す。

「さえぎって悪かったな。続けてくれ。それと、飲むペースちょっと落としてくれ」

 エルモは不満げに答える。

「え〜? ヤダヤダ。もっと飲むの」

「水がなくなったらその後は、酒で水分取るしかないんだ。水は日持ちしないし、次の港まではまだまだ長いからさ。干からびたくないだろ?」

「う〜。わかったよ。我慢する」

 断腸の思い! という顔で酒瓶に蓋をしてから、エルモは話を続ける。

「えーと、おじいさんがデビー・ジョーンズ・ロッカーに流れ着いたところまでだったよね?」

 エルモは軽く咳払いをしてから、話を続ける。

「おじいさんはそこまで話すと、ちょっと口ごもっちゃったの。照れちゃってたっぽい」

 ゆるやかな波に運ばれて、船はぐんぐん進む。

 ジョナサンは、ちらっと波間を見た。

 この波のはるか下に、デビー・ジョーンズ・ロッカーは本当にあるらしい。

 長いことおとぎ話だと思っていたが、生き証人が目の前にいる。

 母親や話の中の老人のように、自分もいつかは行くのだろう。そういう契約をしたのだから。

 ジョナサンは、自分の終の住処はどんな場所なんだろうな、と思いを馳せながら、エルモの話に耳を傾けた。




 最初こそびっくりしたが、いくらビクビクしたところで戻れるわけでもない。

 わしは開き直って目の前の女の子に話しかけた。

 今思えば、一目惚れだったんじゃ。わしの大好きな海にそっくりな瞳に、目を奪われた。

 いや、この歳になって初恋の話なんぞ、するもんじゃないのう。むず痒くなって来た。

「君がデビー・ジョーンズ?」

 同年代の子を相手に「君」なんて気取った呼びかけ方をしたのは、あれが初めてじゃよ。

「そうよ。デビー・ジョーンズ・ロッカーへようこそ」

「紙と木炭、ある? モデルをやってくれない?」

 こんな綺麗な子の絵を描けたら楽しいだろうと胸を踊らせて聞いてはみたものの、デビー・ジョーンズは顔を曇らせた。

「あるわけないでしょ? ここは海の底なの。こんなところまで流れ着くはずないし、あったとしても湿気ったりふやけたりで使い物にならないわ」

「えー! 残念だな! 君をモデルに絵を描きたかったのに! きっとすっごくいい絵になると思う! 君みたいな美人は初めて見た!」

 デビー・ジョーンズは、悪い気はしない、と言う顔で誇らしげに胸を反らせた。少々顔が赤かったように思う。

「ま、まあ? 当然よね? あなたなかなか見る目があるんじゃない?」

 わしの思い違いでなければ、照れとったんじゃなかろうか。昔のことじゃし、少々都合のいいように記憶を美化しとるかもしれんが。

 だって、悪魔があんな風に、普通の少女みたいに照れるなんて、自分の目で見たのでなければわしだって「嘘をつくな」って笑い飛ばすに違いない。

 最高のモデルが目の前にいるのに、不幸にも画材がない。困ったわしは、デビー・ジョーンズに頼み込んだ。

「うちまで一緒に来てくれ! 僕の部屋の椅子に、座りに来てくれないかな?」

「無理よ。あなたの家なんて。一応聞くけど、あなたの家は海の上に建ってるわけじゃないのよね?」

「ああ。海が見える小高い丘の上に建っているとも」

「私、陸に上がれないの。だから、せっかくの招待だけど、遠慮するわ」

 わしは絶望した。

 だが、なんとかしてこの子の絵を描きたい。

 なんとかして、デビー・ジョーンズ・ロッカーを抜け出し、画材が手に入るところまで帰った暁には、必ず描こうと心に決めた。

 今のうちに姿を目に焼き付けるのは当然として、目に見える部分以外のことも知りたかった。うまく絵を描くには、対象をよく見てよく知るのが一番いい。

「なら、君のことを教えて。いつからここにいるの? 悪魔って普段なにしてるの? 好きな食べ物とかある?」

 いやあ、我ながら若かった。

 急に質問攻めにしたのがよくなかったんじゃろうな。デビー・ジョーンズを怒らせてしまった。

「もう! そんなにいっぺんに聞かないで! なんなのよあなた! まだ生きてるわよね? 早く海面まで浮上しなさいよ! そうしたら、元のところに帰れるから!」

「それはいいことを聞いた! 帰ったら必ず君の絵を描くから、その時参考にするために色々教えてくれ! 君のことをちゃんと知るまで、僕は帰らない!」

「なんなのよー! 帰れるって言ってるんだから帰りなさいよー!」

 なんとかなだめすかして拝み倒して、わしはようやくデビー・ジョーンズの身の上話を聞くことに成功した。

 いやあ、勢いってすごいのう。

 デビー・ジョーンズは、少々口ごもりながら、自分の話をしてくれた。




 えーっ、と、そうね。好きな食べ物は鯨の肉かしら。食べたことない? おいしいのよ。あなた、見たところ西の方の人かしら。あの辺の人間っていつも、鯨を捕まえても油しか取らずに肉は食べないから、もったいないって思ってたのよね。

 普段してること? 魚と戯れたり、海に沈んだ魂を導いたりしてるわ。

 あの光、見える?

 そう、あの灯台の光。あれが海に沈んだ魂を呼んでるの。普通はあの光を目指してまっすぐここに来るんだけど、たまに光を見失って迷い出るのがいるから、そういう魂を見かけたら「こっちよ」って声をかけるの。

 あとは……、そうね。退屈したときに時々人間をからかって遊んだりするわね。

 これが結構楽しいのよね。みんな、私に気に入られたくて必死なの。私が味方につけば、海では怖いものなしだから。あの手この手で私の機嫌を取ろうとするの。

 もし気に入ったらかわいがってあげてもいいし、気が向かなければ無視する。

 私の一挙手一投足で人間が右往左往するの。すっごく愉快で楽しいわ。

 ……こんなところでいいかしら。もう満足? 気が済んだら早く帰りなさい。

 え? いつからここにいるか?

 数えてるわけないでしょ? 海の上なら季節が巡れば風の温度が変わるけど、ここではそれもない。強いて言うなら潮の流れが時々変わるくらい。

 ああ、でも、そうね。

 いいこと教えてあげる。この話は誰にもしたことがないから、あなたが地上で他の人に話したら人気者になれるかもね。それとも、眉唾ものの話をするペテン師呼ばわりされるかしら。

 デビー・ジョーンズ・ロッカーって、昔は海の上にあったのよ。

 街が見えるでしょう? 今は魂達が滞在する場所になってるけど、昔は人が住んでたの。

 私はそこで祀られてた。悪魔を崇拝する島だったの。私のことを女神って呼ぶ人もいたかしら。どっちでも似たようなものだけど。

 私の加護の元、その島は大いに栄えたわ。

 人は、海の恵みを存分に受けて、子を産み、育て、死んでいく。

 そういう営みがよく見える神殿が私の家。海岸ギリギリのところに、塩水に強いツルツルした岩でできた建物があってね。中は海とつながる水路が引いてあった。

 そこが、海と陸の境目。私と人間が対面する場所。私はいつもは海にいて、巫女から呼びかけられて気が向いたら、神殿に遊びに行くの。

 で、今の様子を見ればわかると思うけど、その島は海の底に沈んで滅びた。

 なんでかって? 私の機嫌を損ねたからよ。

 あの島の人間たちは、私の気分に生活が握られていることに危機感を覚えた。

 だから、なんとかして私を制御しようと研究を始めたの。

 供え物に怪しげな薬草をよこしたり、神殿の扉に妙な模様を書き込んだり、色々してたわ。まあ、そんなものでどうにかなるこの私ではないのだけど。

 無害ではあったけど、面白くないわ。

 私は海からの恵みを絶った。網を投げても魚はかからず、浜辺を掘っても海に潜っても食べられる貝は見つからない。

 私を崇めるのならかわいがってあげるけど、そうでないならそれ相応の罰を与えるのは当然でしょう?

 ちょっとしたお仕置きのつもりだったのだけど、島の者達はムキになってしまった。

 このままだと本当に、悪魔に島を滅ぼされる。そうなる前になんとしてでも制御しなければ。そう思ったみたい。

 人間たちは日夜研究に血道あげ、あの手この手で私の行動を制限しようとする。

 嫌になっちゃって、私は神殿の扉を固く閉ざした。

 誰も入れないし、戸口を叩かれたって返事なんかしてあげない。私を怒らせるからいけないの。

 でも、謝ってきたら許してあげるつもりはあったのよ?

 そして、その日はやってきた。

 私に仕える巫女の女の子が、戸口に立って私を呼んだの。

 名前はアトラ。まだ幼かったわ。おとなしい子だった。

「デビーちゃん。デビーちゃん。お返事してくれる?」

 その子は、私の一番お気に入りの子だった。私と一緒に遊んでくれるし、綺麗な貝殻をあげたら、すごく喜んでくれたから。

「デビーちゃん」

 無視していても、その子が立ち去る気配はなかった。

「ごめんなさい、デビーちゃん」

 弱々しい声だったわ。当然よね、食べ物が獲れなくなってるんだから。

「なに?」

 私は、何日かぶりに外の人間に返事をした。

「本当にごめんなさい。身勝手なのはわかってるけど、ちょっとだけ私のお話を聞いてくれないかな」

 そう言って、アトラは神殿の扉越しに話をし始めた。


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