僕(愛)
2015年5月14日、僕は職場の爆発事故による毒ガスで死んだ。
僕の最愛の妻を残して。
都内の大学を卒業して、念願だった大手研究所に就職が決まり日々研究にのめりこんでいた。
5年目の春、ビックプロジェクトの研究に欠員が出たことを知り、以前から入りたかったプロジェクトのポストへ応募した。
この春、博士号を取り論文も数本投稿の実績もあり、選考通過を信じて応募した。
その甲斐あってか、念願のポストに就任することができた。
男8人女3人の11名のチームだった。
その中に一人に僕は恋をすることになる。
彼女の第一印象は、近寄りがたく物静かで表情があまり出さない人。
目鼻立ちが整っていて、色白の薄い茶色のロングヘアをいつもまとめてお団子にしている。年齢より落ち着いた雰囲気をもっていて、同時に気品を感じさせる。顔が整っている分、一見冷たく見えるが実は優しい人だと分かった。一緒に仕事をしているうちに彼女の一面が見えてきて、僕は彼女にどんどん惹かれていった。
ランチに誘ったことをきっかけに彼女との仲は次第に進展していった。
私服の彼女。髪をおろした彼女。笑った彼女。長いまつ毛で大きな瞳、細い肩や腰
白く滑らかで柔らかい肌、小さい手、僕を包む優しさ、僕を呼ぶ声、彼女のすべてが好きで
愛しくてたまらない。
何より彼女の優しさと笑顔が好きだった。
この先もずっと一緒にいたくて、僕だけの彼女という証明がほしくて
結婚を申し込んだ。彼女はうなずいてくれて、僕は幸せをかみしめた。
ざまあみろ。他の男ども。
今日から彼女は僕の「妻」だ!
周囲の男から妬まれたが、祝福してくれた。
初めてお互いの肌を重ねたことは今でも忘れない。
愛おしくて何度も重なった。今はまだ無理だけど、近いうちに子供も欲しい。
あの時は僕だけ浮かれていていたような気がする…。
職場の規則から、夫婦が同じ環境で働くことができなかったため、僕が他の研究所に勤めることとなった。
後から聞いた話だが、上司が彼女を気に入っていたから僕が異動したらしい。
家に帰れば彼女が居る。職場が離れていてもそれでも僕は満足だ。
だが、彼女のチームにいるお調子者の後輩は気になる存在だ。彼女に好意があるのは見え見えだ。
新たに配属された僕の新しい研究は危険物質を扱うLavel5の施設だった。
防護服が欠かせず、危険が伴う環境だった。
2015年5月14日、突然隣の研究所が爆発し、その爆風から防護服が破損。また別の部屋から爆発。現場の危険物質との化学反応から有害ガスが発生し、多くの命を奪った。
上の階からも爆発音が響き、地下全体にどうやら爆弾が仕込まれていたらしい。
酸素機能も破壊され、施設内の酸素が無くなりガスに侵されていない人も窒息で亡くなった。
僕は何か意図的に仕組まれたものだと考えた。
僕は毒ガスと熱傷に侵され、倒れた。早く脱出して助けを呼ばないと。
でも、体は動かない。ここで死ねない。
彼女を置いていけない。一緒に生きていくと誓った。僕の人生をささげると誓った。
死ねない。
死んでたまるか。
生きて帰るんだ。
朦朧とする意識の中、彼女のことだけ考えていた。
必死だった。
すると、僕の目の前に誰かが立った。
そこには彼女が微笑んで僕を見つめていた。
すると彼女は僕を抱き起して頭を撫でた。
「なぜ君が…?」
「…」
彼女は微笑むだけで答えない。
「綺麗だ。君を愛しているよ。」
彼女の顔が近づき、僕の唇と重なった。
僕は最後に見たいものが見れた。
そして僕は息絶えた。
2015年5月14日日差しの強い晴天の日だった。