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誓い  作者: zero0
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私(誓い)

2015年5月14日、私の大切な人が亡くなった。

あれから5年。まだ私は前に進めずにいる。


都内の大学を卒業して就職した私は、仕事に明け暮れる毎日を過ごしていた。

仕事をしていないと、どうしていいのかわからなくなる。

彼がこの場にいないことを実感させられるから。

仕事をしていないと、記憶と思い出に押しつぶされてしまいそうになる。

だから、なるべく休みを入れないようにしている。


どこかに出かけることも、食事を楽しむことも、思い出を作ることも、他人と喜びを分かち合うことも、何をするにも一人。「楽しむ」ということをあの日から止まってしまった。

周りから私は、「近寄りがたい」「怖い」「鉄仮面」「無口」「一匹狼」など印象を持たれているようで、皆遠巻きに私を見ているだけで近寄ってくる人は少なかった。


彼(夫)との出会いは、就職先での3年目の春だった。

研究のプロジェクトのチームに欠員が出て、そこに彼が新たに加わったのがきっかけだ。

頭の切れる人で、人を統率する力や人望があり、チームの戦力に大きく加担していた。

一緒に仕事をしてく中で、彼の人となりが見え私は仲間として信頼していたし、尊敬していた。

いつも気づけば私のそばに居て、彼の存在を身近にいつも感じていた。

次第に一緒に過ごすことも多くなり、職場の外で会ったり、旅行に行ったりと二人で過ごす時間が増えていき、私の中で彼と過ごすことがいつしか特別なことになっていった。付き合うようになり沢山の思い出をつくり、彼と結婚をした。


初めて肌を重ねて彼の温かさを感じながらその夜は眠りについた。

彼はとても優しく私に触れてくれた。今はまだ仕事のこともあり、子供は考えられないが

いつか子供を持ちたいと、彼と将来を語った。


結婚をして、彼は別の研究所に配属されることになった。上司は君が残れてよかったよ。と言いていたが、夫はどこか寂しそうだった。


終年後、夫の配属先の研究所で爆発事故が発生し、職員550人のうち、死傷者428人と悲惨な事故となった。

そのうちの一人に彼も含まれていた。

2015年5月14日 日差しの強い晴天のことだった。


彼の研究所は地上3階、地下5階からなる建物になり、彼はその最下層でLevel5という危険物質を扱っていた。爆発は最下層から発生し、地下建物は爆発の衝動でほぼ全壊、地下職員は生き埋めにされ窒息で皆息絶えた。地上の建物は爆発の衝撃で揺れただけで影響はなかった。

地下の職員と連絡が取れないこと、誰も帰ってこないことを不審に思い地下に入ろうとしたら、エレベータが作動せず、修理業者に連絡をして業者が来たのは翌日だった。

翌日、地下職員が昨日から誰も帰っていないことに気づき、この異常事態にやっと気づき救助を要請した頃には遅すぎた。

拾える遺体を回収していく作業で、事故の原因が判明した。

爆発源は地下5Fだが、何者かによる爆弾によるものだった。爆発の影響で危険物質の化学反応で

毒ガス化が発生し、多くの人の命を奪った。遺体の死亡解剖でも同成分の反応が証明された。

当初、大きな話題となり撤去作業や遺体回収作業、汚染環境などのニュースは異例の1か月に及んだ。


私もそのニュースを知り、すぐに現場に駆け付けたかったが、目の前の患者を置いてはいけない。

無事を祈りながら、何度も祈った。

業務を終えた頃、上司から呼び出された。嫌な予感がした。


「研究所が爆発事故により、地下が封鎖されてしまっているそうだ。今救助作業を急いでいるよ。」

彼がいるのは最下層だ。嫌な予感がする。お願い。無事でいて。

上司の話など耳に入らず、無力な私はただ祈ることしかできなかった。


事故発生から9日のことだった。

私に訃報が届いた。上司と私は収容された病院に向かった。

病院の正面にタクシーがつくと、医者と看護師が待っていた。


タクシーから降りた私に医者が「××さんの奥さんですね。ご案内します。」と言った。

長い渡り廊下の先を行くと、一気に寂しい空間になった。どうやらここは隔離病棟らしい。


先頭を医者が歩き、その後ろを看護師と私が歩き、私の後ろを上司がついて歩く。無言で歩く中、医者が前を向きながら口を開く。「ご主人は毒物に汚染されているため、隔離病棟に搬送されました。最下層の濃い濃度の中におられたので、一番遺体の汚染がひどく近づくことはできませんが、形態は保っているのでご主人の最終確認をお願いします。」

淡々と話す医者の背中から目が離せなかった。


病室につくとガラスに隔離された広い個室に一人収容されている夫が居た。

9日経っていたので所々腐敗と変色していたが、顔ははっきりと確認できた。私は

「私の夫です。」と言った。それ以外言葉が出なかった。

涙も出なかった。なんだか現実感がなくて、ガラス越しにぼんやりとただ彼を眺めていた。

だけど、ここから動けなかった。目が離せなかった。


あれから5年。

私は同じ職場で相変わらず忙しい日々を送っている。

当初より転職も引っ越しもせず、彼と出会った職場で今も働いている。周囲は励ましてくれたけれど私は仕事は休まず、気丈に振るった。

家に帰ると、彼が居ないことに一人泣くこともあった。写真も彼の持ち物も服も全てあの時のまま、私は捨てられずにいる。二人の思い出が詰まった家に帰るのは今でも悲しいし、涙も出る。

だけど、今の仕事を放りだすこともできず、私は今日も気丈に振る舞う。


彼と出会ったことで、私は人の優しさと人を愛することを知った。

今の私は以前よりも、人に感情が持てるようになった。

そんな私にアプローチをしてくる人もいた。

同じチームの5つ年下のお調子者だ。

「俺が幸せにする」「俺が楽しませてやる」「俺が忘れさせてやる」などと人前でも恥ずかしもなく言ってくる。私はそれを受け流しながらそっと微笑む。

お調子者でおバカな人だけれど、それに救われることもあるから。



ねえ、あなた。

あなたのまっすぐな瞳が好き。

あなたの私を呼ぶ声が好き。

あなたのさりげない優しさが好き。

あなたの誠実さが好き。

あなたの笑った顔が好き。

あなたの怒った顔が好き。

あなたの泣いた顔が好き。

あなたの困った顔が好き。

あなたの胸に抱きしめられるのが好き。

あなたの手をつなぐのが好き。

あなたのキスが好き。

誰よりも愛しています。


私の寿命までまっていて。私のできること、この世界でやってみたいの。

少し待っていて。





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