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歩道橋の招き手 その3

 地を這う蚯蚓のように無数の腕が二人へ目掛けて進んでいた。しかしあと少しのところで腕は後方へと弾き返される。それが二人の周囲で際限なく繰り返されていた。

 さなえはその様子を息を荒くしながら眺めている。もうどこまで飛ばすか指定するほどの体力は残っていない。さきほどからさなえの心拍数は上がり続けていた。経験上あと五分は耐えることが出来るはずだ。しかし体力が尽きればすべての能力行使ができなくなる。この場でその状態になることはあまり考えたくなかった。 

 

 無敵の歪曲能力など存在しない。何らかの誓約を、自らに対する枷をいくつもつけない限り強力なものにはならない。さなえの『膜』もまた体力の大量消費という枷をつけることによって成立している。

 それならば無限に思えるこの腕の大群はどのような誓約の上で成り立っているのか。何をすればその誓約を破ることが出来るのか。さなえにはもう時間がない。そんなときに思い出すのは『学園』時代の記憶だった。


 その男は歪曲能力に目覚めていた。そしてその能力を使ってさまざまな悪事を行なっていた。そういう人間は多く居る。それを処理するのも『学園』の仕事だった。

 通常ならば能力訓練を受けていない歪曲者はただ少し強い人間に過ぎない。自分の能力を道具の延長として捉えているからだ。ゆえにその道具を無効化しながら戦い、人体の急所を突けば確実に殺せる。

 しかしその赤い瞳を持った男はそう簡単には殺せなかった。『学園』は、討伐に赴いた生徒が二人ほど死んでからその男を幹部級であると認定した。

 さなえがその男を殺す任務を受けたのは少しの好奇心からだった。どんな攻撃を受けても死なない男と生存者から報告されていた。では『距離』をいじる自分の攻撃は通じるのだろうかと。

 そしてある夏の夜にさなえはビルの合間でその男を襲撃した。襲撃予定地点から周囲半径百メートルは他の歪曲者によって人払いがされていたため、『学園』からはなにをしてもいいと許可されていた。なのでさなえは遠慮なく能力を行使した。

 出会いがしらに近くにあった複数のエアコンの室外機と男の頭の距離を縮めた。男の頭はその直方体の物体に挟まれ、つぶされた。室外機を頭にした男はアスファルトに崩れ落ちる。くすんだ血が熱した地面に広がっていった。さなえは近づき、男の死を確認しようとした。そのとき額近くの『膜』が反応し、さなえはすぐさま男から離れる。

 男は頭に載った室外機を払いのけながら立ち上がり、首の上から頭を生やし始めた。その右手にはグロック17が握られている。暗がりに紅い瞳を輝かせながら男は不思議そうな顔をしてさなえを見ていた。

「何で生きてんだ?」

「こっちのセリフ」とさなえは言って、一度に男との距離を縮めた。そしてその体の二点にすばやく触れる。その二点の距離を拡大したことによって男の胴体は勢いよくはじけた。血しぶきがビルの壁に降りかかる。さなえは銃口が自分に向けられるのを見て、すばやく『膜』を展開した。放たれた銃弾は跳ね返され男の額を貫通する。しかし男は怯むことなく撃ち続けた。胴体を真っ二つにされながら。

 さなえは銃弾を跳ね返しながら後ろへと下がりつつ、男の腰から全裸の下半身が生えてくるのを見た。

「かわいい女だなあ。食べちゃいたいくらいだ。高校生くらいかあ?」

「死なないって言うのはほんとみたいだね」

「なあなあ誰の差し金だあ? オレを狙うやつはごまんと居るがお前のような奇妙なやつはそうそう見ない。どうやらこの辺に人もいない。おかしいだろ? 店の回りはオレのテリトリーだったはずだ。なのにどうした? 気がついたらSPも消えてた。おかしいから外に出たら、お前だ。ええ? 誰の差し金だよ。素直に言えばちょっとだけ楽しむだけにしてやる」

 男はそう言って腰を振った。さなえは顔をしかめる。

「下種が」

「ああ、どうしても殺せない相手だと悟ったときにお前がどんな顔をするのか。オレは、オレは楽しみで仕方がないよ」

「その楽しみは今日で終わりだな」とさなえの隣で声がした。それから銃声。

 男は自分の胸に銃弾を受けたの知ると一瞬笑った。だが、その顔は次第に歪んでいった。男は胸を抑える。口から鮮血を吹き出しながら膝をついた。そして白目を向いて倒れこむ。最後には体が灰のようになって崩れていった。

 さなえはその一連出来事を呆然と見ていた。隣に立つ黒いスーツを着た男を見上げる。

「笹倉さん、どういうことなんですか?」

「なに、弟子のピンチだと聞いてな。出張ってきたよ」

「いえ、そういうことでなく。どうして殺せたんですか? しかもただの銃で」

「確かにただの銃だが、銀の弾丸が装填されてるんだ。純銀さ。吸血鬼とかにはよく効くって言うだろ?」

「アイツ、吸血鬼だったんですか?」

「さあな。だがそういう物語を喰ったのは違いないだろう。やつはその物語で生きていたのさ。だからそれに相応しい幕引きが必要なわけだ」

「はあ。よく分からないんですが」

「ようは無敵の力はないってことだ。そいつを徹底的に観察しろ。何を好むのか何を嫌うのか。そしてお前に何をさせたのか。ことに歪曲能力においてはそれが重要になる」


 さなえは考える。いま対峙している人型の『歪み』はこちらの攻撃を避けなかった。避ける必要がなかったのだろう。おそらくすべてのどんな形式の攻撃であれ無に還される。

 現在頭上には歪みの一部であろうものが浮遊していた。その黒い渦からは周囲をかこむように黒い幕が広がっている。その範囲はそこまで広くはない。可能性としてはこの幕の内部ならばこの相手は無敵になれるのだろうか。ならば結界を生成しているあの『歪み』を破壊すればこの状況を打破できるのではないか。


 そんな折にナツコは目を覚ました。迫りくる青白い手を見て思わず近くにあったものに抱きついた。それはさなえの生白い足だった。抱きつかれたさなえは身をすこし崩しながらもナツコの頭を撫でた。

「起きたんだね」

「え、うん。いまどうなっとん、うひゃ!」

「大丈夫、手に囲まれてるけどこれ以上近づけやしないよ。ああ、できれば立ってほしいんだ。できるだけ私に寄り添って。うん、そう、そんな感じ」

「これ、どういうこと?」

「敵がこの手たちの向こう側に居るんだ。そいつを倒せばハッピーエンド」

「見えないけど」

「一度全部弾いちゃおうか」

 さなえはそう言って周囲で蠢いている手をすべて遠方へと飛ばした。視界が開ける。黒いスーツを着た男はいぜん対岸のたもとに立っていた。

「だれ、あいつ」

「アイツが敵だ。私に掴まっててね。どんなことがあっても」

「え? どういうこと」

 ナツコがそう聞き返す間もなく二人は上空に居た。飛んでいるとは別の感覚、しかし浮遊感は確実にあった。ナツコはそんな矛盾した身体反応に戸惑いながらも、目前にある黒い渦に注意を向けていた。さなえはそれに触れて弾けさせる。渦は霧散したが結界が解ける様子はない。下から腕が迫ってくる。さなえは舌打ちをして元の場所に戻った。頭上には再び黒い渦が出来ていた。

「参ったね」

「なに、どうしたん?」

「いやね、あれさえ壊せばここから抜け出せるものかと思ったんだがそうでもなかった。結界解除の条件が必ずあるはずなんだが全くわからないんだ。不味いね。とりあえず春野さんだけでも逃げてもらおうかな」

「逃げるってどうやって」

「私がこの結界のそとまで弾く。少なくともその付近まではいけると思う。で、春野さんは結界の外に出る。それで何とかなる」

「前島さんはどうなるの?」

「わからない。ベストは尽くすさ」

「いやだよ、そういうのは」

 その強い声の調子にさなえは驚いてナツコを見た。

「いやだって言っても、一緒に死ぬのはダメだろ」

「でも一人逃げるのはもっといやだ。一緒に出ること考えよう。この変な手だって無限に出てくるわけじゃないでしょ」

「今のところ無限なんだ。アイツに攻撃してもダメージはないし、さっきの渦だってすぐに戻っちゃった。八方ふさがり。撤退するしかないよ」

「けど」

「いいかい。あと少しすると私の体力が尽きるんだ。そうするとこれらの手にむさぼりとられる。いろいろね。だからそうなる前に君を逃がす。さあ、行くんだ。走る準備をして」

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