誤配送(三十と一夜の短篇第25回)
着信音がして、オペレーターが回線スイッチにタッチした。
「いつもお世話になっております。こちら地球のトーキョーシティのフジ通信販売社、お客様ご相談窓口、担当のウメダが承ります。
お客様、お判りでございましたらご注文番号をお知らせください」
画面には落ち着こうと努力している様子の女性が投影されている。
「注文番号は、F8A0K0Erouge」
オペレーターは音声入力と自分の聞き取りとが合っているのを確認して操作キーの完了ボタンを押す。淡々としたオペレーターの声が続いた。
「お名前を確認させてください」
「トンチーナンペイ」
「確認いたしました。冥王星のプロセルピナシティ、レテリバータウンにお住いのトンチーナンペイ様ですね、どのようなご用件でしょうか?」
やっと本題に入れると、トンチーナンペイは勢い込んだ。
「注文の荷物が届きません。到着予定日から地球の標準時間で百二十時間を超えているんですよ」
「小惑星帯で時間が掛かっているのだと思われます」
オペレーターの事務的な言い方に、トンチーナンペイは気が障ったようで、尖った声で訴えた。
「月から注文しているんじゃないんですよ! 冥王星ですよ! こちらのコンピューターで配達状況の追跡をすると、注文の三日目からワープ航行で配達中になったままで、ずうっと変わらないんです」
オペレーターは一瞬怯んだが、なんとか気を取り直した。
「申し訳ございません、お客様。確認の為に少々お時間をいただきます。判明しましたら、すぐに折り返し連絡いたします。お客様相談窓口ウメダが承りました」
「こっちはずっと待っているのだから、早くお願いね」
「はい、一旦失礼いたします」
通信を切ってから、オペレーターはしかめ面をして舌を出した。これくらいしないと、こちらの気分が持たない。ウメダオペーレーターは配送係に注文番号と苦情の詳細を伝えて、追跡調査を依頼した。
気分を改め、また入ってくる着信を開いた。
配送係から報告が来たのは翌日だった。
「こちらから配送用のワープ移動に掛けたら、亜空間で迷子になっちゃったみたいで、冥王星のプロセルピナシティの支店のワープの受け取り機器に届いてないそうです。
こりゃもう一回同じ品物を送り直すしかないですね」
「ん~、冥王星との距離じゃあそれしか方法ないわよねえ。配送事故は付きものとはいえ、向こうさんの理解を期待しているわ」
ウメダオペーターはなるべく笑顔、明るい声でと、トンチーナンペイへの通信をはじめた。
一方、その少し前、冥府では、冥府の神プルートーの妃プロセルピナは忘却の川(レテ川)のほとりに届いた荷物を侍女たちと一緒に開けていた。
プルートーは妻の浮かれた様子に気付いて、近寄っていった。
「どうしたんだい?」
「さあ、人間界から間違って届けられたみたい」
「間違って届いたのなら返したいが……」
プロセルピナは夫の真面目くさった言葉を笑った。
「あら、あなたは富める者、手に入れたものは返さない。死者が蘇らないのと同じよ。
この頃の人間界では、料理するのにこんなヘンテコな物を使うのね」
プロセルピナは未来の最新式調理器を壊さんばかりに、いじくりまわし、プルートーは妻の無邪気さに愛情を深く感じるのだった。