持ち越したい品
月野良蔵は霊界の門前に来た。
原因は明白である。人生に悲観して身投げをしたからだ。
何にせよ、このようなところに来るのは初めてなので、勝手が分からず、周りの人々の歩みに合わせて歩いているうちに、いつの間にか列に並んでいた。
思えば、このような意志薄弱が、月野の人生を失敗に誘ったのであるが、この性分は死してなお変わらぬようだ。
あれこれ考えているうちに月野の番が来た。目の前には、銀行のエイ・ティー・エムのような機械が置かれていた。
画面には、
※所持品のうち、来世へ持ち越したいものをお選びください
一、記憶
一、死装束
一、三角巾
(係員呼出)
と書かれてあった。着の身着のままここに来たのだから、持ち物が少ないのは当然であった。
月野は考えた。死装束と三角巾を付けて生まれては、誕生という晴れのふさわしくあるまい、と。
月野は、「記憶」だけを選んだ。すると、
※持ち越したい記憶をお選びください
と画面に表示され、その下には、生前の記憶の一覧が出ていた。月野は、その中から取捨選択した。
忘れたい記憶を全て除外すると、画面上には、好ましい記憶だけが残った。
だが、これを機に、全てを捨てて、一からやり直すのも良いかもしれない。月野はそう思い、思い切って、全てを削除しようとした。
だが、彼はその前に思い留まった。そんなことをすれば、自分の部品は、何一つ残らないことになり、自分は完全に消滅してしまうのではないか。そのことに気付き、彼は慄然とした。
そして月野は決心した。記憶は全て引き継ごう。そして、前世の失敗を教訓に、来世こそは成功するのだ。と。
こうして、月野は、記憶を全て引き継いで、転生することになった。
⁂
月野は徐に目を開けた。目前には、現実世界が広がっていた。
生まれ変われたのだ。彼はそう確信した。
彼は、記憶が正しく引き継がれているか不安になり、思い出を辿った。幼少の頃から、転落死までの記憶が、全て正しく思い出された。どうやら、成功したようだ。
そのとき、声が聞こえた。
「月野さん、ご気分はいかがですか」
見ると、それは、白衣を着た医者であった。
月野は、思わず自分の両手を見た。中年男の手のままであった。
驚く月野に、医者は説明した。
自殺未遂で病院に搬送された月野は、催眠術で夢を見せられていたのだ。それによって、月野は、全てを捨てることが解決に繋がる訳ではないのだと悟ることができたのだ。
これは、政府が試験的に導入した、自殺防止の企画なのだという。
まことに、この治療は功を奏した。月野は、人生を再び歩む決意を胸に、病院を後にしたのだった。
意欲に燃えて病院の門を潜る月野の脳裏に、ふと、素朴な疑問が過った。月野は、見送りに来た医者に言った。
「もし、あのとき、死装束を来世に引き継ぐことを選んでいたら、どうなったのですか?」
「死に装束を着て生まれてくることになったでしょう」
医者は、冗談らしくそう言った。
月野はそれに、更に冗談で応じたのだった。
「なら、三途の川の渡し賃は、是非とも棺に入れてほしいものですね。だって、それを持って生まれて来ることだってできるのですから」
2017/04/03起筆