俺は人類
俺の名は「人類」。いつからか、自分でそう呼んでる。
呼んでるっつっても、それは俺の言葉じゃない。俺の脳を構成している神経細胞たちが、全体である俺について言及するときに使う、一種の神経伝達物質のようなものさ。
俺が意識を持ったのはいつからだろう?
赤ん坊のころの意識は薄くて、ぼうっとしていた気がする。まるで、夢を見ているように、いくつもの意識が移り変わり、融け合わさり、分裂し、また融合し・・・。
するうちに、いつの間にか俺は俺を「人類」として認識するようになっていた。チンパンジーやオランウータンは他者だ。それに対して、俺の手指も俺の一部だし、俺のつま先も俺。俺の目、俺の口、俺の臓器、すべてが俺の一部。そう認識することで、俺は俺になれたのかもしれない。
ふと不安になるときがある。俺にまつわる色んなことに。
俺はどこから発生したのか。俺がいるここは一体どこなのか。俺は将来どうなってしまうのか。そもそも俺は何者なのか。
生き残る努力をする合間に、俺は考えた。考えてもわからないことは、空想した。空の上に嫌味な親父がいて、気まぐれに俺を産み落としたんだろうという空想は、今でも思考が息詰まるたびに脳裏をよぎるものだ。
ずっと空想するばかりだったが、近頃ようやく答えらしいものが見えてきた。
俺が他の種から分離して生まれたこと、俺が今立ってる場所が一つの惑星であること、俺に決まった寿命はないが、他のあらゆる種がそうであるように、俺もやがては老い、ついには死ぬ運命にあること、更には、この惑星をも内包する宇宙自体もまた、やがて滅びるということも。
俺にまつわる色んなことが明らかになるにつれ、俺はよりよい生き方を覚え、肉体はより健やかになった。その一方、精神は空虚化した気がする。
なんでって、そりゃそうだろ。この惑星は阿呆な畜生ばっかりだ。俺と対等に口をきけるやつは、どれだけ目を皿のようにしてこのだだっ広い宇宙を見渡しても、いまだに一人も見つかっちゃいない。俺は孤独に生まれ、孤独に生きていって、いつかは誰にも看取られずに孤独死するしかない。むなしすぎるじゃないか・・・。
気晴らしとばかりに、色んな才能を伸ばしてみる。
絵画、音楽、運動、哲学、そして文学。
脳細胞一つ一つが競い合い、俺の能力を高めてゆく。
それでも、折に触れて思わずにはいられないわけさ。どれだけ自己研鑽しても、誰にも評価されずに死にゆくしかない残酷な運命を!
ついこの間、俺は宇宙に金のディスクを放り投げた。そこに、俺の脳細胞の模式図やら、俺の脳細胞の分泌物のサンプル、はては俺が今いる惑星の位置まで書いた。
正直、こんなもんを誰かが拾ってくれるなんて本気で思っちゃいないけど、せめてもの慰めだ。
最近は、宇宙に色んなものを投げるのにもいささか飽きてきた。やらないうちにその腕もなまってきた。でも、まあいいや。
この広大な虚無の空間の中で、俺は頭の悪い隣人たちと一緒に永遠に過ごすしかない。
さて、お次はどんな気晴らしをしたものか。
2021/05/22起筆