エグゼムの刃(三)
(三)
控室には、ダンベルやらタオルやらが無造作に置かれていた。スポーツマンらしい反社会性が、カイトの身にまとう良識の鎧を微妙に侵蝕した。
「君、未成年ですね」
カイトはぎくりとした。しかし、続くエグゼムの言葉がカイトを安心させた。
「君もなかなかですね。大人のふりをして観戦なんて。昔の私もそんなだったなあ」
懐かしそうにそう言いつつ、エグゼムは、カイトの手に黒くて長いものを握らせた。カイトの手にすっぽりと収まったそれは、鞘に収まったあのナイフだった。
「抜いてみなさい」
カイトは首を横に振った。未成年者と知りつつ、他者に打ち勝つための道具を抜けと言うなんて、尋常じゃない。カイトは俄然怖くなった。
「それに刃はありません。そもそも、刀身は仮想生命体を傷つけない安全スクリプトで鍛造されています。リングを離れたそれは、真の意味での武器じゃないんです。安心なさい」
エグゼムの悠然たる物腰には、カイトを酔わせるものがあった。エグゼムの愛刀を握っている自分は、果たしてカイトなのか、エグゼムなのか、認識が陽炎のごとくゆらいだ。
カイトは陶酔に身をゆだねた。カチッと音がし、鞘から、きらめく鋼が姿を表した。
蛍光灯を反射して、ナイフがぎらりと輝いたとき、ぞくぞくとした感覚が湧き上がった。この感覚の名を、カイトはまだ知らなかった。
「感じますね?そうです。それが闘志です」
エグゼムがそう教えてくれた。
これが闘志。相手より強くなって、うぬが勝者にならんとする意志。それをカイトは己のうちに見つけた。気が遠くなった。
エグゼムは、カイトの手に自分の手をそえて、そっとナイフを鞘にしまった。カイトは我に返った。
エグゼムはしばらく黙っていたが、おもむろに口を開いた。
「私はいつも、より強くなるために努力しています。勝つためにね」
「より強く・・・」
エグゼムの犯罪的心理に、カイトはしばし慄然とした。しかし、エグゼムを非難することは最早できない。闘志という感情を知ってしまった、今となっては。
自分がエグゼムだったら、こんなに努力できないだろう。カイトには、エグゼムが解らなかった。
「虚しくないんですか。誰も褒めてくれないのに、そんな努力を続けるなんて」
エグゼムは深くうなずいた。
「虚しいですよ。だけど、努力をやめることはできません。それが闘志ですから」
カイトはナイフを返そうとしたが、エグゼムはこれを押し留めた。
「良ければもらってください。私にはもう必要ありません」
このときは、その言葉の意味がわからなかった。
家に帰っても、カイトは、その感覚を忘れることができなかった。
戦うために作られた道具と腕が一体になった感覚。あたかも、自分の手から刀身が生え、対戦相手を打ち負かすための特別な形態に変身したかのような感覚への恋しさが、日毎に増した。
思い出すたびに、肚の奥底よりあふれでるこの御しがたい欲求に、しばし胸が苦しくなった。
これを鎮めるため、カイトはいつにもまして勉学にはげんだ。それも、義務的なものではなく、人よりもよい成績をおさめることをかんがえて。
問題集を取ろうと手を伸ばした拍子にみえた新聞に、ちらとエグゼムの名が見えた。カイトは目を見張った。
エグゼムが逮捕されたというのだ。
(つづく)
起筆日不詳




