エグゼムの刃(二)
休日の夜、カイトは悪友と共に、未成年者禁制の闘技場の観客席に座っていた。
はじめは、遵法精神に引き止められた。しかし、チーズの
『何も剣道場かボクシングジムにでも入り浸ろうと言うんじゃない。大人の愉しみを、ちょっと俺たちが垣間見てやろうというだけだ。このぐらいの社会見学は、当の大人たちも見て見ぬ振りをするものだぜ』
という誘惑が、遵法精神の敗北を手伝ったのだ。
しかし、最終的に遵法精神を打ち負かしたのは、黒服の聖職者たちが作ったルールへの、ささやかな反骨心であったことに、当のカイト自身は気づいていなかった。
こうして実際に闘技場に来てみると、不戦を第一義とするモラルと対極に位置する雰囲気に、一度は敗走した遵法精神が舞い戻って、カイトに非喃をなげつけぬでもなかった。
ナイフを持った両選手が入場した。
「青コーナー、正義の味方、グリル・フィーユ!赤コーナー、野獣、スープゲート・エグゼム!」
選手紹介のあと、ゴングが鳴り響き、ナイフ術の試合がはじまった。
試合と言っても、本当に相手を打ち負かそうというわけではない。写実的に模造された銀色のナイフを持った二人の若い男が、リングの上で、台本どおりの立ち回りを演じるだけにすぎない。
カイトはそれを自分に言い聞かせ、罪悪感を打ち消した。
フィーユが踏み込み、斬りかかると、エグゼムは身を倒して躱し、フィーユの足に一本決めようとした。しかし、敵もさるもの。フィーユは飛び上がってこれを躱し、目下の挑戦者にナイフを振り下ろした。
ギン!
振り上げたナイフと振り下ろしたナイフが熾烈に噛み付き合ったとき、客席がどよめいた。
二人の力は最初拮抗していたが、エグゼムの腕力がフィーユのナイフをじりじりと押し上げていった。そして、ついに天高く弾きとばした。
動揺するフィーユの首筋に、エグゼムのナイフが叩きつけられたが、そこは模造品。パンと音がする以上のことは起きなかった。
拍手が鳴り響いた。
ゴングが鳴り響くと同時に、レフェリーがフィーユの手を取り上げ、
「敗者、グリル・フィーユ!」
と叫ぶんだ。彼は客席に誇らしげな笑みをふりまいた。
大人の観客に混じって、未成年の二人が拍手を送っていた。
「やはり、フィーユ選手のナイフさばきは違うよなあ!」
「うん。ビデオで観るのとは比べ物にならない迫力だね!」
興奮しきったカイトは、そう言ってしきりに手を打った。
勝った赤コーナー、スープゲート・エグゼムは、憎々しげな表情を浮かべて、袖に退散していった。全て芝居に過ぎぬとはいえ、その演技力は、カイトを圧倒した。
帰りにロビーを通ったとき、カイトはふと、スープゲート・エグゼム選手の姿をみとめた。この期を逃せば、エグゼム選手との接点がまた持てないと思った。
カイトはチーズに
「ごめん、出口のところで待ってて」
と言い、エグゼム選手に駆け寄り「あの」と声をかけた。
「何です?」と言ったエグゼムの優しげな面持ちは、リングの上とは打って変わっていた。
「去り際の、あの憎々しげな演技は、台本に書かれてあったんですか?それとも、アド・リブですか?」
エグゼムは、ため息を一つついた。
「あれは演技なんかではありません」
「え?」
「君さえ良ければ、今から控室に来てもらえますか。いいものをお見せしましょう」
そう言って、エグゼムはカイトをいざなった。
(つづく)
起筆日不詳




