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思考実験劇場  作者: 坂本小見山
究極のもの
29/32

背広を着た二人の侍

 西暦二〇〇八年冬。都内某所。

 鬼塚重工の幹部である岩本という若い女の自宅に、悪徳企業として名高い吉田グループの男がスカウトにきた。

 彼は、敏腕かつ冷酷なヘッド・ハンターとして名のしれた神埼という男だった。


 背広姿の二人が挟むテーブルいっぱいに、彼女の業績について調べ上げた資料が広げられた。神崎は、吉田グループが彼女を高く評価していることを主張した。

 彼は、資料を一切彼女に手渡すこと無く、弁舌が済むやいなや鞄にしまいこんでしまった。

 また、彼は固有名詞を一切口に出さず、「あなた」や「そちらの会社」と指示語をつかって喋った。録音されている場合に備えてのことと思われた。


 岩本は、神埼の申し出を、鄭重に、かつ毅然と断った。

 すると、神崎はこう言った。

「失礼ですが、そちらの会社はあなたの才能を本当に活かしてくれていますか」

「どういう意味です」

「聡明なあなたなら分かっておられるでしょう。そちらの社長が部下の才能を潰す方だということが」

「中傷には抗議申し上げます」

「これは失敬。しかし、そこですよ。あなたは、あなたの社長に忠義を誓っておられる。

 ねえ。我々は、言わば現代の侍なんです。主君のために戦い、才能を存分に発揮することが、我々の幸せでしょう。私も、この業界では冷血漢だとか悪魔だとか言われていますが、結局は同じです。私もあなたも、良い主君に仕えようじゃありませんか」


 獲物を狙う蛇のような神埼の目を、岩本はじっと見据えたまま話を聞いた。

 聞き終えると、彼女は微笑んで言った。

「おっしゃることはよく解りましたわ。あなたの主君に仕えた方が、私は刀を振るえるかもしれませんね」

「分かっていただけましたか」

 岩本は掌を見せて神埼を制して話の続きをした。

「そして、その刀の許には、無辜の町人のしかばねが積み重なることになるのです。

 私の主君は、天下こそとれないかもしれません。しかし、その領民のかまどは、つねに賑わっています。あなたの主君の領民はどうです。重い年貢に喘ぎ、一揆を企てては、見せしめとしてむごたらしいやり方で殺される。

 私は、自分の十の才能を、十ぜんぶ主君の野望のために活かすより、たとえ十のうち一しか活かせなかったとしても、その一が民草のために活かされるなら、そちらを選びます」


 その言葉を聞き終えたとき、神崎は苦笑して言った。

「勿体ないなあ。実に勿体ない。そんな考え方をして、むなしくなりませんか?」

「それはこちらの台詞です。お引取りください」


 こうして交渉は決裂した。しかし、二人とも、不思議に、理解し合える戦友と話せたような気がしたのだった。

2018/03/13起筆

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