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思考実験劇場  作者: 坂本小見山
究極のもの
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異なる神の統べる世界

 京都の精神病院に入院している、ある女の手記。


「私は異世界から来た。元の世界にいたころ、私は自然破壊運動に参加していた。

 元の世界は、一見この世界にそっくりだが、価値観が全く異なっていた。

 例を挙げると、昔話桃太郎の内容は、弱者を苛む鬼の島に桃太郎が攻め込んでくるところまでは一緒なのだが、元の世界では、鬼の行いが善行とされ、最後には悪しき桃太郎が撃退されるのだ。

 また、金閣寺に放火した男は、器物破損で起訴される危険を冒してまで美しいものを破壊した英雄として崇められていた。更に、動物虐待法なる法律が存在し、動物を可愛がっていることがばれると厳しく処罰された。


 しかし、私自身は元の世界の価値観に馴染めていなかった。弱いものを見ればいたわりたい気持ちが起きてしまう性分であったのだ。

 このようなことが世間の知るところとなれば、私は忽ち危険人物の烙印を押され、大手を振って歩けなくなろう。

 それに、私自身も自分の不道徳な気質を憎んでいた。道徳的な気質を持って生まれてきたかったと何度も思った。

 そこで、私は非営利の自然破壊団体に所属し、美しい自然を壊す活動に身を投じることにした。自然を守りたいという悪の心があったとしても、意志の力で善行を積もうと決めたのだ。


 こうして、自分の持って生まれた気性を克服してまで、善を為してきたと言うのに、神はなぜこのような仕打ちをなさったのか。私を、悪徳の跳梁跋扈するこの世界に飛ばしてしまうとは!


 最初こそ違和感があったが、私の気性を是としてくれるこの世界の価値観は、ほどなくして私に浸透した。

 私は、人間の弱さを知った。風潮が自分の欲望を是としてくれれば、人はその風潮にいとも容易く染まってしまうのだ。これは、もともと善良であった兵士が、戦友たちが侵略先で蛮行をはたらく中で、自らも暴力性を帯びてゆくのに似ていた。


 だが、このままで良いのだろうか?私の内なる正義が、私に問うた。たとえ世の風潮と自分の欲望との両方に背いたとしても、為すべき善があるのではないか。


 ついに私は、これが試煉であることに気付いたのだ。

 私は全てを捨てる覚悟を決めた。そして、原生林を爆破したのだ。そのとき、何者かに褒められたような心地がしたのだった。


 私は逮捕され、精神病患者とまちがえられ、こうして閉鎖病棟に入院させられた。悪を善とするこの世界だから、致し方のないことである。しかし、私をこの世界に連れてきた存在だけは、私の行いが善だということを知っているはずだ。


 これは神が与えた試煉だ。だが、これ以上私を苛む必要があろうか。私は、自分の欲望に打ち克ち、世間から精神病患者あつかいされてまで、善を貫いた。これで私に対する試煉は十分ではないのか。

 そう心に念じたときだった。天から声が聞こえたのだ。

『お前の行為は善などではない。向こうの世界ではそれが善だったかもしれぬが、この世界ではそれは悪なのだ』

 そう言われ、私の心は一瞬くじけそうになった。しかし、私の勇気の炎が吹き消されることはなかった。

『ならば、あなたは神ではない。この世界を統治しているだけの、県知事のようなものにすぎぬ。私が善であるということを真に知るのは、すべての世界を統べる、総理大臣のような存在だ』

『そのような者などおらぬ』

『かく言うならば、あなたも所詮は信念無き者よ。立ち去るがよい、この世界の神。我、大悟徹底したれば、いずくにか迷妄の闇あらん!』」


 この手記を読みおえ、主治医は特大のためいきをついた。

「まだまだ治りそうにおへんなあ・・・」

2018/02/16起筆

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