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思考実験劇場  作者: 坂本小見山
「今」という聖域
20/32

四次元との交信

「四次元人と交信しようと思う!」

 キホーテ教授がまた途方もないことを言い始めた。


 キホーテというのは勿論あだなで、とんでもないことばかりを研究テーマにするので、かのラ・マンチャの狂える騎士になぞらえて、私達ゼミ生は陰でそう呼んでいるのだ。

 因みに教授が所属している学会は「一般宇宙物理学会」といい、教授と同様、「一般」という言葉からは無限の距離で隔てられた奇人・変人ばかりで構成されている。


 そんな教授の今回の研究テーマはこうだ。

 私達は「上下」「前後」「左右」という三つの方向がある空間に生きている。

 そこに「過去と未来」を加えた四つの方向がある空間にも、住人が居るはずだと、教授は言うのだ。

 そして、その四次元人に、メッセージを送ろうと言うのである。


 その方法は、次の通りだ。

 例えば、「こんにちは」という文言を伝える場合、「は」の底辺の部分を粘土で作り、それを少しの時間を空けて、底辺よりもすこし上の部分の形に形成しなおす。これを繰り返して、最終的に「こ」の上の線にまで達すれば、四次元方向(つまり「過去と未来」の方向)から見れば、「こんにちは」という形に見えるだろう、ということだった。


 理屈は通っているようだが、いくつか問題点が見受けられた。

 一つは、四次元人がそれを見つけてくれるかどうかの問題である。四次元空間が、どれほどの広がりを持っているかは見当もつかない。砂漠のような四次元空間の中から、砂粒ほどの「こんにちは」を四次元人が見つけてくれる可能性は、限りなく無に等しいと思われた。

 もう一つは、言語の問題である。果たして、四次元人が日本語を理解できるだろうか?


 これらについて、教授は、指摘されることを予期していたといった様子で、得意気にこう説明した。

 四次元人は時間を自由に往来できる。ゆえに、たとえ砂漠の中の砂粒ほどの大きさであったとしても、遠い未来の四次元人が一人でもそれに気付いてくれれば、時間を遡って交信に応じてくれるはずだ、と。

 言語の問題も同様で、例え日本語を知らなかったとしても、十年間日本語を学習して、十年前に戻って来れば、一瞬で十年間分の学習を積んだのと同じことになるという。


「しかし、十年前に戻ったら、学習成果もリセットされるんじゃないですか?」

 私はそう指摘した。すると教授は、少し考えてから、こう言った。

「住人がいるからには、四次元にも何か『時間』のようなものが流れているはずだ。おそらく、それは第五の次元、言わば『超時空』とでも呼ぶべきものだ。超時空の中では記憶が保たれるから、リセットされる心配はない。うん。私はやはり天才だ!」

 ・・・いよいよ胡散臭さが漂いだした。「四次元人が存在する」ということを、仮定から前提にすりかえ、その上に新たな議論を構築したのだから、空中楼閣もいいところである。


 とまれ、実験は行われた。教授は、千字を越える長文を拵えると、地道な作業はすべて私たちゼミ生に任せ、自分は、実験が成功した場合に備えて、早くも論文を書き始めた。さしづめ、獲らぬ四次元人の皮算用と言ったところか。


 こうして、夜遅くまでかけて、メッセージを送る作業を終えた。だが、それから何日経っても、遂に四次元人からの応答はもたらされなかった。


 教授は、敗因を次のように分析した。

「きっと、粘土の形を変えるタイミングが、早すぎたか、遅すぎたのだ。だから、四次元から見たら、グシャッと押しつぶされた形になったか、路面標識の『止まれ』のように、縦に引き伸ばされすぎたかで、読めなかったに違いない。今度は、一時間が何メートルに相当するのかを調べてから、もう一度やり直そう」


「やり直そう」と聞いて、私たちが心底辟易していると、寡黙な男子学生が口を開き、こう言った。

「先生、それは無理です。だって、巻き尺を持って四次元に行くことはできませんから」

 今度こそ、キホーテ教授の口は封じられたのだった。

2017/12/11起筆

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