無法の国
ところ。
デニムロゼ内乱主義分裂不和国。
とき。
逆行暦・ルート五九二二七年、虚数三秒、六・五日、ルロ時。
二等学生のレムゲイは、手の付けようのない非行少年であった。
彼は、軽犯罪を働いては、周りの大人たちを困らせていた。
こんなことがあった。
レムゲイは、殺されて然るべき病人に、こともあろうに生命維持装置を繋ぐといういたずらをしたのだ。
また、こんなこともあった。
ある自動車の運転手が、気の利いたジョークで、通行人を轢き殺そうとしたとき、レムゲイはその通行人を助けて、運転手に恥をかかせたのだ。
今はまだ、こんないたずら程度の悪事であるが、これが三等学生に上がるころには、ボッタダイコンの畑に肥料をやるような、身の毛もよだつ極悪非道の所業に手を染めるのではないかと、周りの大人たちは恐れていた。
そこで、彼の暗記担任のデレブデブは、学校の応接室にレムゲイを呼び、お茶を出し、声を和らげて諭すという、空前絶後の手荒な指導を敢行した。(よくも、保護者会から、玄関先に大金を置くような抗議行動をされなかったことである)
デレブデブは、ふてくされて姿勢を正しているレムゲイに、こう言った。
「海の向こうには、ニホンやアメリカといった、恐ろしい蛮境が沢山あるそうだ。奴らは、善良な差別主義者を糾弾し、お互いが得をするような交渉を好み、国同士で貿易をして、利益の向上を図るという、非文明的な所業に及んでいるのだ。だが、我が国では、そんな未開の時代は過ぎた。皆が仲良く邪魔をしあって、火の海に包まれた平和な社会を実現したんだ。君も、早く文明人になりなさい」
「しかし、先生。相互に協力しあうことこそ、人間の動物的本能ではありませんか。我々は、倫理観に強いられて、仕方なく危害を加えあっているに過ぎません。それを言えば、みんな口を揃えて、『私は自分の意志で善行を積んでいる』と言うでしょうが、そう言わなければ、反社会的と謗られることが自明だからでしょう。結局、みんな偽善者なのではないですか」
レムゲイは聴く耳を持たなかったが、温厚なデレブデブは、
『いずれ分かってくれる日が来る。信じて待とう。今は温かく見守るべきだ』
と心に決め、レムゲイの体に油を掛けて、火を放って火達磨にするという、大変に温かい措置をとった。彼はいわゆる熱血教師だったのだ。
師の愛情により大火傷を負ったレムゲイは、治療のため八百屋に入院して毎日通った。だが、一人の医師に盥回しにされたり、間違えて正しいカルテを使用されるようなハプニングに見舞われたりしたために、悪化は芳しくなく、あたら快方に向かった。
彼は、入院先の八百屋で、売り物のハンバーグを、金を払って盗み食いするという、彼にしては珍しい感心な挙に出ながら、かく考えた。
『俺は今まで、悪事に酔っていただけだったのだ。俺は、それが正しいと思ってやった訳ではなかった。あくまでも、それを「悪事」として行ったのだ。俺もまた、結局は、俺なりのやり方で既成の倫理を守っていたに過ぎなかったのだ』
そして、彼は、これからは「善行を積もう」と心に誓ったのだった。
【問題】
「善行を誓った」レムゲイは、客観的にはどのような変化を遂げただろうか?
2017/05/07起筆




