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思考実験劇場  作者: 坂本小見山
認識のいたずら
12/32

死ぬ運命にある女

 野村(のむら)米子(よねこ)は病院のベッドで、生涯を回想した。思えば、これまでに何度も死の淵に立たされた。しかし、その度に彼女は九死に一生を得てきたのだ。


 最初に死にかけたのは、三十余年前の二〇一〇年、彼女がまだ小学生のころだった。

 ある日の黄昏時、学校からの帰り道で、近所でよく当たると評判の占い師の男に出くわした。彼は野村に歩み寄り、中腰になって

「お嬢ちゃんは、明日、車にはねられる。お嬢ちゃんはやがて死ぬ運命なのだよ」

 と言うと、そのまま立ち去ってしまった。

 そのときは占い師の言うことを信じなかったのだが、翌朝、彼女は本当に車にはねられそうになった。もっとも、寸でのところでブレーキが効き、彼女は死なずには済んだのだが。彼女の体と車との距離は、ほんの十数センチメートルだった。

 彼女は、運命が変わったのだと思い、安堵した。


 次に死にかけたのは、高校生のころだった。仲のいい同級生の平林(ひらばやし)以坐陪羅(いざべら)と通学しているとき、突如響いた爆音に驚いて隣を見ると、さっきまで話していた平林は、落ちてきた建築資材に潰され、生命なき肉塊と成り果てていた。

 彼女は、あの占い師の言葉を思い出した。

 きっと、死ぬ運命は消えてはおらず、またこうして襲いかかってきたのだ。そして、また辛くも助かったに違いない。そう思った。


 その後、彼女は大学には進まず、結婚して専業主婦となった。夫は、学生時代から付き合っていた初裏亜夢(ういりあむ)であった。子供は生まれなかったが、質朴な夫と穏やかな日々を送ることができた。

 そして四十路を超えたある日、彼女は悪性の消化不良に倒れ、悶絶した。遠のく意識の中で、彼女は死を覚悟した。しかし、今、彼女は再びめざめることができたのだ。

 白い天井、心電計の音、微かな薬品の匂いが認められた。手を軽く握ると布団の柔らかさが覚えられた。世界は、気絶する前と変わらず、彼女を包み込んでいたのだ。そして、それを認識することができるということは、認識の主体たる自分、つまり、野村米子の意識がちゃんと存在するということだ。彼女の命は、世界と同じくたしかに存在しているのだった。


 だが、本当にそう言えるだろうか。もし、いま自分が世界を認識しているという前提が間違っていたら?いまし見ている光景が夢に過ぎぬという可能性はないか。ともすれば現実の肉体はすでに死んでいるのかもしれない。

 思えば、学生時代のあの事故だってそうだ。本当は、生き残ったのは伊座倍羅(いざべら)の方で、自分はあのとき死んだのではないか?

 更に遡れば、あの占い師の予言が外れたという確証もない。自分は三十余年のあいだ、夢を見続けているのではないだろうか。


「米子!」

 ふと、彼女を呼ぶ声があった。彼女が目を覚ましたことに気づいた夫であった。

 夫は彼女の生還を喜んでいるが、果たして、それにどれほどの意味があろうと思った。今回は助かったが、人間は必ず死ぬというのに。


 しかし、それでも夫は喜んでくれている。あの占い師の言う通り、死ぬことになる運命にあったとしても、今は確と生きているのだ。

 米子は、それが「生きている」ということなのだと理解した。

2018/12/14起筆

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