9 落雷
数日天気のすぐれない日が続いていた。
空は厚い雲に覆われ、景色も灰色に染まって見える。なんとなく憂鬱になる天気だ。
歩の病院で南美は診察を受けていた。
「低気圧による影響ですね。内耳の血流を改善するメリスロンを処方しておきます」
「はい。ありがとうございます」
南美は昔から天候が悪化すると体調を崩しやすく、梅雨や台風など気圧の上下が激しい時期は特に影響が大きい。
病室に戻ると真が心配そうに聞く。
「大丈夫?」
「うん、ありがとう。慣れてるから大丈夫よ」
気圧の変化は交感神経と副交感神経にも影響し、歩のことで常に気が張っている二人は普段から交感神経が活発になっている。
しかし低気圧は副交感神経を活発にするため、南美の場合は急激なスイッチングに身体の反応がついて行けず、体調を崩した。
「あ!今ビカって光った!」
窓の外を真が指差し声を上げる。
数秒後、ドガーン!と耳を震わすような落雷が轟いた。
「きゃ!」
雨雲はフラッシュの様にビカビカと発光し、時折大音響で二人を驚かせる。
外は大雨で煙り景色が霞んでいる。
窓に打ち付ける雨が激しいドラムのようにリズムを刻む。
「しばらく帰れないな。危ない危ない」
真が呟いたその時、外がストロボライトのように真っ白に数回フラッシュし、今までよりも数倍大きな音量で
ガラガラガラドカーン!
と近くに落雷した。
窓ガラスがビリビリと震える。
瞬間、病院は真っ暗になった。
「え?ウソ!」
南美がすかさず医療機器に目をやる。
歩の生体情報の管理や、歩に酸素を送っている機器のモニターが真っ暗だ。
「まずいだろ!」
真が慌てて扉を開け廊下に飛び出す。
看護師が何人か風を巻き走っている。
「あゆむ!」
南美が慌てて歩に駆け寄る。すかさず呼吸器に耳を近づける。
酸素マスクからは呼吸音が聴こえてこない。
「しんちゃん、歩が息してない!」
「ええっ⁉︎ナースセンター行ってくる!」
真が廊下に飛び出し暫くすると、ブゥンという低い音がして照明が灯き、モニターの表示も復活した。
「あぁ・・・良かっ・・・」
南美が安堵を漏らした時、歩の身体がピクン!と動いた。
「え?あゆむ?」
南美は目の錯覚だと思い、歩を凝視する。
歩は植物状態になって以来、初めて南美の前で動いた。
何かの刺激に一瞬反応したような動きに見えたが、それでもたしかに動いた。
二年間、抜け殻のようにただ寝ているだけだった歩が、生きていることを訴えているように、南美には思えた。
「あゆむ・・・」
南美の瞳が潤む。
この時、歩の脳波計のモニターが活発な波形を描いていたが、南美は気づかなかった。