6 白い箱
五十嵐は病院のベッドで目を覚ました。
彼女が心配そうに顔を覗き込んでいる。
「ひろちゃん、病院。安心して」
目の焦点が合わないが千尋の顔はわかる。
「・・・ああ・・・」
五十嵐は安堵し、再び深い眠りについた。
「ひろちゃん」
五十嵐は千尋の声で目を覚ました。
「痛っ!」
つい身体を起こそうとしたが、全身がギプスと包帯でガチガチに固められている。
頭もコルセットで固定され、顔も包帯でぐるぐる巻きだ。
寝てるだけなのにフラつくし、頭もぼーっとしている。
「一週間くらいずうっと寝てたんだから。無理しないで、安静にしてて」
千尋の声に、かろうじて目でうなずく。
「ひろちゃん、運が良かったよ。悪運強いよね〜」
千尋が茶化す。
千尋の話によれば、黒田達が五十嵐に暴行している現場に警官が駆けつけ、五十嵐は一命を取りとめたらしい。
黒田達にゴミを荒らされ怒った中華屋の主人が110番通報していたようだ。
「全治6ヶ月絶対安静、だってさ」
いいながら千尋が右手のコルセットを指でパチーン!と弾く。
「うぅっ!」
「あっ!ごめんひろちゃん!堪忍して!」
五十嵐は涙目で千尋に訴えた。
それから数週間後、介護用ベッドで半身を起こせるくらいになった頃、五十嵐の店の川崎哲夫が見舞に訪れた。
川崎は熨斗紙つきの豪華な高級フルーツを冷蔵庫の上に置き、
「社長、ご無事でなによりです」
と深々と一礼した。
五十嵐は気になっていたことをさっそく聞いた。
「黒田の例の金、どうなった?」
「はい。追い貸しのことは上から詰められましたが、五十嵐さんがカラダ張ったことで不問になりました」
追い貸しとは、返済日に入金が見込めない場合追加融資をし、そこから支払った形にすることだ。黒田が返済をバックれた時、五十嵐は追い貸しで帳尻を合わせていた。
「そうか。お前にはしんどい思いさせたな」
「いえ」
「ところで、黒田はまだニゲてんのか」
「はい、すみません。黒田はまだ・・・」
「・・・チッ」
五十嵐は思わず舌打ちをする。あいつらを思い出すと、ハラワタが煮えくり返る。
「ですが・・・」
五十嵐の眉がピクリと動く。
「黒田の仲間の一人を、バラしました」
「マジか・・・お前がか⁉︎」
「いえ、まさか!自分じゃありません」
川崎は五十嵐の店の社員だが、組員ではない。
「組が、動きました」
組員。すなわち身内の五十嵐を半殺しにされた稲吉会は面子を潰されないために、近藤を絞めた。黒田達への警告の意味も込めて。
「そうか・・・」
五十嵐は、報復の連鎖が起きそうな嫌な予感に表情を曇らせた。
そこに千尋が見舞にやってきた。
「ひろちゃん、具合ど・・・」
「あ、こんにちは・・・」
千尋は何やら思い空気を察した。
「社長にはいつもお世話になってます!」
川崎が大げさな挨拶をする。
「自分はこれで失礼します」
川崎は一礼し帰って行った。
「わたし、なんか邪魔しちゃった?」
「いや」
「うん、ならいーんだけど」
「ところでひろちゃん。ジャーン!」
そう言うと千尋は白い紙袋を目の前に突き出した。
「ん?差し入れ?なに?」
ピュアホワイトの小洒落た真っ白な袋は、新品のスマホの外袋ほどのサイズだ。袋の表面にはエンボス加工でアルファベットが書いてあるが、反射して読めない。
千尋はただニコニコと、五十嵐の顔を見ている。
「ひろちゃん、一日中ヒマでしょ」
「まぁな」
「へへ」
千尋はペロリと舌を出すと、袋から真っ白な箱を取り出した。これもスマホの箱くらいのサイズだ。
「なんだ、スマホのニューモデルか?」
「ブブーッ!」
「もったいぶるなよ」
「ではこれから、開封の儀を始めます」
なにやら楽しそうだ。
千尋はベッドの端に箱を乗せると、外周の薄く透明なテープをくるくると剥がした。