5 報復
五十嵐襲撃から数日後、黒田達は西麻布のバーにいた。
店は大通りから細い路地を入った雑居ビルにあり、一般の客は滅多に訪れない、十人ほどで満席になるような狭い店だ。
予想外の警官の乱入で散り散りに逃走して以来、数日ぶりに集まった。
「高志は?」
ハイボールを飲みながら黒田将吉が尋ねる。
「・・・パクられた。お前知らなかったのかよ」
「マジか・・・」
「あいつどんくせぇからな」
五十嵐に小便をかけた近藤正義が、半笑いで答える。二十代とは思えない、でっぷりした中年のような体型だ。コンビニで買った唐揚げを貪るように喰っている。
「・・・の野郎、サツに余計なこと言わなきゃ良いんだが」
「あいつ釈放されたら、誰か店に連れてこいよ。マサル、お前頼んだぞ」
「はい」
「しかしマサル、お前のアームロック。ありゃ効いたな!」
唐揚げの油まみれの手でマサルの肩をパーンと張る近藤。
「手応え、ぱなかったス」
「まぁ初端の黒田のサッカーボールキックで戦意喪失だったろうけどな」
「さすが、選抜組のストライカー。蝶野、真輔もまっつぁおだな!」
「次は俺、レインメーカーマスターしとくわ!」
近藤が息巻く。
「そりゃ強烈だ!100キロ超級のお前のレインメーカー喰らったら、ヒャクパー失神だろ」
「黒田、俺今120キロ」
近藤が首を左右に振り、おどける。
「いやマジで、誰にも負ける気がしねぇ!」
近藤はドヤ顏で吐き捨てた。
「しかし、OKファイナンスも、もう使えねぇな」
近藤が煙草をつけながら苦々しい顔をする。
「まぁ500万踏み倒したから贅沢言えねぇわな」
「あの界隈だと、あと二、三軒行けっかな?」
「いや・・・あの辺は稲吉会の息かかったとこばっかだから、もう危ねぇよ」
この連中は、闇金ばかりを狙い借金を踏み倒す常習犯だ。ヤバくなると、五十嵐の様に襲撃してやり過ごしてきた。普通は懲役レベルの激しい暴行事件も、相手も違法な闇金のため絶対に告訴されない。
「なら、新エリア開拓だな。ブクロ(池袋)あたり開拓すっか!」
近藤が指の油を舐めながら言うと、黒田がたしなめる。
「ああ。ただあんま派手にやると、さすがに若松さんに詰められるぞ」
若松とは、稲吉会の向こうを張る飛松組の若頭で、この連中の面倒を見ている。
「まずは、益田郁子にブクロで10万ほどつまませて、様子見るか」
「そうだな。あの女、クスリさえやっときゃあ何でもありだからな」
「じゃこの件は俺が預かる」
黒田が話を締めた。
「ちょっと小便してくるわ」
「あ、トイレ故障してますよ。近藤さん」
立ち上がった近藤にマサルが声をかける。
「チ・・・マジか。じゃちょいと外でしてくるわ」
近藤は店を出て裏手にある細い路地に入った。
鼻歌を唄いながら放尿する近藤の背後に、黒い影が忍び寄る。
気配に気付いた近藤が振り向いた瞬間、口を手で塞がれ、同時に腹にずぶりと何かが刺さった。
「うぶっ・・・」
小さな嗚咽が漏れる。
「この豚、肉厚すぎて刺さらねぇ」
黒い影が一度ナイフをずりっと抜き、もう一度深く刺すと刃先は肝臓に達した。
近藤の目尻に涙が滲む。
「よし。運べ」
数人の男が近藤を取り囲み、スモークで目隠ししたバンに乗せ連れ去った。