4 追い込み
暴行されているこの男、五十嵐広行は稲吉会直下の『OKファイナンス』を任されている。
OKファイナンスは090金融で固定電話を持たず、チラシのポスティングなどで客を集める。
現在日本で貸金業を営むには固定電話の所有が義務で、090金融は違法な闇金となる。
そして、五十嵐に暴行を加えている愚連隊の黒田将吉は、店の客だ。
黒田は定職に就かず女から小遣いを貰う生活だが、毎日昼過ぎに起きると、競馬、スロット、賭け麻雀に興じ、夜はキャバクラ三昧だ。
金が無くなると、小遣いをせびりに女の家に転がり込む。
複数居る女の家を渡り歩き、金を出し渋ると容赦なく鉄拳制裁し、むしり取る。
女の蓄えが底をつくとサラ金に行かせて50万づつ引っ張らせたが、それが複数になり、あっという間に500万に膨れ上がり、とうとう借りられるサラ金が無くなった。
そんな折、次々に女に逃げられ金づるが尽きた黒田は、およそ半年前に五十嵐の店で10万円をつまんだ。
トニ(10日で20%の利息)の複利だから、半年後には46万円の返済が必要だ。
「黒田さん?OKファイナンスです」
五十嵐は黒田に何度目かの電話を掛けた。
「あ?何の用だよ。だいたいテメーしつけーんだよ!」
「それはすみません」
「でも黒田さん、金利の1万6千円だけでも入れてくださいよ。返済日とうに過ぎてますよ」
「だから、まとめて払うつってんだろ」
「いやいや・・・まとめなくていいんで、金利分だけお願いしますよ」
話しながら五十嵐は雀荘の下まで来ていた。
「今、取りに上がります」
「は?おい・・・!」
五十嵐は電話を切ると、雑居ビルの二階に上がり、雀荘に入っていった。
タバコの煙でむせぶ店内を見渡した五十嵐は大声で、
「黒田さーん、どちらですかー?1万6千円受け取りに来ましたー!」
と叫んだ。
サラリーマンや出勤前の水商売の女の目線が五十嵐に集中し、皆怪訝な顔をする。
ダークスーツの五十嵐の形を見れば、雰囲気で堅気じゃないと判る。
「てめ・・・!」
「あ!黒田さん、そこでしたか!」
五十嵐が近寄る。
怒りで顔を真っ赤にした黒田が慌てて立ち上がり、五十嵐を店外に連れ出す。
この手の男は恥をかかされることを、何よりも嫌う。
「てめ金融屋、調子こいてんじゃねーぞ」
「黒田さん、私もこんなことしたく無いんですよ。お金受け取ったら帰ります」
たまたま麻雀で勝っていた黒田は、五十嵐を睨みつけながら渋々金を渡した。
これ以降、黒田は何度か金利分だけは払ったが、元本を返済しないまま五十嵐から追加融資を繰り返し、元本含めた借金は500万円に膨れ上がった。
そして、ぷっつりと音信不通になった。
五十嵐は組に収支報告をする義務があり、さすがに500万円の不良債権は言い逃れが出来ない。黒田を金に換えるか、働かすか、五十嵐が全額立て替えるしか選択肢が無い。
あんなクソみたいな男の借金を被る気など更々ない五十嵐は、黒田を換金しようと考えた。
戸籍売買で150万円。免許証10万円。
臓器は肝臓と腎臓で500万円。
まず黒田の戸籍と免許を160万円で売り、その後黒田に臓器も売らせれば500万円も帳消しになり、160万円が五十嵐の懐に入る。
五十嵐は黒田の行動範囲に網を張ることにした。
店の従業員も使い、パチンコ屋、雀荘、週末は場外馬券売り場や競馬場を巡回する。金に困っている奴がこうした場所に現れる可能性は低いが、ギャンブル仲間に金を借りに来る可能性もある。念のためだ。
さらに五十嵐は毎晩、客の女が勤めるキャバクラを巡回した。
「麻美さんいる?」
五十嵐はボーイに指名を伝える。
「はい。少々お待ち下さい」
女が来るのを待っている間、さりげなく店内に目を走らす。
「五十嵐さん、ごぶさたしてます」
麻美は、青いスパンコールに膝までスリットの入った細身のドレスを纏、色香を漂わせている。
「おう。元気でやってる?」
「はい。お陰さまで」
麻美が微笑し、向かいにすっと腰を下ろす。
麻美は五十嵐の紹介でこの店に入店し、その給料で五十嵐に借金を返済している。
「何かドリンク飲みなよ」
「いいんですか?ありがとうございます」
「お願いしまーす」
麻美は手を挙げボーイを呼び、ドリンクを2つ注文する。
こうした店のホステスのドリンク代は客が支払い、ホステスには一杯毎にインセンティブが入る仕組みだ。
「乾杯」
「お疲れ様です」
「ところで麻美さん、この男見たこと無い?」
五十嵐はさっそく、スマホに保存した黒田の写真を見せる。
スマホを覗き込んだ麻美は、頬に右手を添え少し考え込むと、
「この人・・・何かしたんですか?」
と、怪訝な顔で聞き返す。そして少し声を落とし、
「昨日も別のお客さんに聞かれました」
と耳打ちした。
黒田の奴、他の闇金からも追われてるな。五十嵐にはピンと来た。
「詳しいことは言えないが、何か手がかりがあったら連絡が欲しい」
「わかりました。それと五十嵐さん、昨日のお客さんが言ってたんですけど・・・」
「この人結構ヤバイみたいで、なんか・・・昨日のお客さんの仲間が大怪我したとか・・・」
「大怪我?」
麻美がうなづく。
「それは、この男にやられたって?」
「詳しくは聞かなかったですけど、そんな感じの言い方でした」
「わかった、用心するよ。じゃ、何か解ったらよろしくな」
五十嵐は会計を済ますと、30分で店を後にした。
その後も五十嵐は毎晩、22時〜深夜2時近くまでキャバクラやクラブを覗き、顔見知りの嬢に聞いて廻った。
すると、他の店でも同じように、五十嵐以外にも何人かが黒田を探していると耳にした。
網を張って3週間が過ぎたころ、五十嵐の携帯に着信が入った。
「五十嵐さん、お久しぶりです。益田です」
電話の相手は、麻美と同じように五十嵐の紹介でホステスをしている、益田郁子だ。
「ああ、益田さん?ご無沙汰で。元気でやってますか?」
「ええ・・・なんとか、やってます・・・」
この女は少し陰気で五十嵐は苦手なタイプだ。
初めて金を借りに来た時、なんとなく、シャブでパクられた過去がありそうだと思ったが、もちろん本人に確認はしていない。
「益田さん、どうしました?」
「はい・・・えっと、五十嵐さんが人を探してるって人づてに聞いて・・・」
「えっ⁉︎何か知ってるのか?」
「はい。五十嵐さんが探してる黒田ですけど、ウチの店に時々来てました」
「そうなのか。それで?」
「明菜って娘の常連でしたけど、明菜に何十万もツケ残したまま来なくなって、店長も黒田を探してたんです。それで、居場所を突き止めたって・・・」
「益田さん助かる!今から時間取れる?詳しく教えて欲しい」
「わかりました。ただ、これから出勤なので、五十嵐さんお店まで来て頂けますか?」
「わかった。えーっと・・・」
「歌舞伎町の『卑弥娘』です」
「そーだったな。直ぐ行く」
五十嵐は電話を切ると、速攻で店に向かった。
店に向かう途中に益田郁子から、店の裏口で待っててとメールが入り、五十嵐は裏口で待つことにした。
到着したことを益田郁子に電話していると、
「五十嵐さん」
と男の声で呼ばれ、振り向くと、黒田と知らない男数人が五十嵐を取り囲んだ。
五十嵐は瞬時に、益田郁子に嵌められたと悟った。首筋を冷たい汗が流れる。
黒田はニヤニヤしながら口を開いた。
「五十嵐さん、俺のこと探してるって聞いたんで、来てやったよ」
「・・・」
五十嵐は答えない。
「あんたに金借りたいって仲間集めたから、相談に乗ってくれるよな?」
男達が五十嵐との距離をじりじり詰める。
「それは黒田さんどうも。それなら、ウチの事務所に行きましょうよ」
言うなり五十嵐は、正面の黒田を突き飛ばすと全力でダッシュした。
益田郁子と黒田が繋がっていたとは・・・。
五十嵐は走りながら一瞬考えたが、後はひたすら走った。
五十嵐は、つい二時間前の出来事を朦朧としながら思い返していたが、そのまま意識を失った。