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クオリア—あゆむとヤクザの約束—  作者: Tatsuya.Miwakami
26/30

26 不意打ち

「若松さん、どうしてここに?」

黒田が笑顔で飛松組の若松に歩み寄る。

「いや・・・お前の動きが気になってな・・・」

「俺からも連絡しようと思ってたんですよ」

黒田は、兄貴分に良い所を見せられると上気した。

「こいつ、稲吉会の五十嵐です。近藤はこいつのせいで、バラされました」

「そうか・・・」

「若松さん、目の前でこいつ仕留めますから、そしたらさかずき、お願いします」

黒田が軽く頭を下げる。

若松の両眉りょうびが、くっと上がる。

若松はゆっくりとした動きでスーツの左ポケットから白いハンカチを取り出し、右の拳にぎゅっと巻きつけた。

黒田は不思議そうに、若松の動きを目で追う。

若松は無言で黒田の方に向き直り、右の拳を思いっきり後ろに引くと、黒田の顔面に全体重を乗せて叩きつけた。

鈍い音を発し黒田の鼻骨がへしゃげ、黒田は真後ろに勢い良くぶっ倒れる。

益田郁子もマサルも、突然のことに目を丸くし微動だにしない。

五十嵐も千尋も事態を飲み込めず、唖然とする。

「だ・・・だんで・・・?」

鼻血を噴き出しながら、半笑いの黒田が若松を見上げる。

若松は無言で黒田の後頭部を掴み、無理やり立たせると、壮絶なボディーブローをぶち込む。

「ぐ・・・げぼぉ・・・!」

黒田が腹を抱えて崩れる。

若松は呻く黒田を引き摺り立たせ、今度は左の頬骨に渾身の拳を叩き込む。

黒田の左頬骨が砕け、人相が変わる。

「ば・・・ばっでぐださ・・・」

さらに若松は両腕で黒田の顔を持ち上げると、黒田の顎に下から勢い良く右膝を叩き込んだ。蹴り上げた若松の膝は胸の高さに達するほどの勢いだ。黒田の顎と顎関節は粉々に砕け、もはや使い物にならない。

黒田は這いつくばり、身体をくの字に曲げ微かにピクピクと動いている。

「ふぅ・・・」

若松は血に染まった拳のハンカチを取り、黒田の上に乱暴に投げ捨てると

「まとめて連れて行け」

と連れに指示を出した。

若い衆は機敏な動きで黒田達全員を捉え、乗ってきたバンに押し込んだ。


「五十嵐さん、大丈夫ですか?」

若松が千尋にスーツの上着を掛けながら、五十嵐に声をかける。

「あ、あんたは一体・・・?」

「申し遅れました、飛松組の若松です」

言いながら若松は五十嵐の側にひざまずく。

「若松さん、なんで、俺たちを?」

「はい。事情は病院に向かう車中で説明します。まずは車へ」

そう言うと、若松は五十嵐に肩を貸し、千尋は若い衆が車に運んだ。


 五十嵐と千尋を乗せた車は、西新宿の病院を目指していた。

若松が口を開く。

「暴対法が厳しくなってから、ウチの組も逮捕パクられる奴が増えて、かなり厳しい状況になってます」

「それはウチも同じですよ」

「そこで私が、飛松組と稲吉会の合併を、組長に提案したんです」

「合併と言っても、稲吉会の方が規模ありますから、事実上はウチの組が傘下に入るという格好です」

「そんな動きが・・・」

「はい。警察サツに漏れたら潰されますから、極一部しか知らない事です」

「ヤクザも、M&Aの時代ですよ」

若松はキザな事を言う。

「ただそのためには・・・飛松組として身綺麗にしておく事が、そちらの条件でした」

「なるほど、それで・・・」

「はい。黒田や、もう死にましたが近藤を便利に使ってたんですが、そのまま飼っておくには奴らはリスクが高い」

「早々に締め上げて大人しくさせる予定でずっと監視してたんですが、暴走しましたので、私が始末を付けました」

若松は両膝に手を付き、

「兄さん、すいませんでした」

と頭を下げた。

「いや・・・」

五十嵐はどう対処して良いか困惑した。


「しかし若松さん、ウチの組みとオタクの組の合併とか、よくそんな大胆なこと思いつきましたね」

「ええ。昔の話ですが、青森の原発用地買収の時に、地元の代議士竹森が、組織使ったのはご存知ですか?」

「聞いたことはある・・・」

若松は軽く頷く。

「その時、稲吉会と飛松組は一時手を組んだらしいんです。そうした経緯があるので、今回の合併も利害が一致すれば可能性はあるかと踏みました」

「なるほど・・・」

五十嵐は感心したが、一方で、この切れ者が稲吉会に加わることの怖さも感じた。


「ところで若松さん・・・あの連中の処分は?」

五十嵐が質問したところで、車は病院に着いた。

「医者に話通してありますから、我々はここで」

車から運び出された五十嵐と千尋は、待機していた担架に乗せられた。

若松の車のドアが閉まると後部座席のウィンドウがスルスルと下がり、若松が顔を出す。

「五十嵐さん、さきほどの質問ですが・・・」

「そんな連中はこの世にいなかったんですよ」

そう告げると、若松の車は走り去った。

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