24 命運尽きる
支柱から倉庫の中央まで、五十嵐の血で描いた軌跡が延々続いている。
五十嵐は捕らえられ、倉庫の中央に引きずり出されたのだ。
勝ち誇った黒田が、益田らと共に五十嵐を見下ろしている。
仰向けに転がされた五十嵐の目線の先には、下着一枚の千尋が手足を縛られ横たわっている。
五十嵐は大量の出血で朦朧とする意識を、必死に保っていた。
「ひろちゃん・・・」
千尋が呼びかける。
「ひろちゃん!死なないで!」
「バカやろう・・・こんな、クソ野郎にやられるかよ・・・」
二人のやりとりをニヤニヤ眺めていた黒田が顔色を変える。
「クソ野郎だぁ?」
黒田は素早く駆け寄り、五十嵐の鳩尾に渾身の蹴りをぶち込む。五十嵐の身体が海老のよう折れ曲がる。
「うぶっ・・・!ぶはっ・・・」
五十嵐は涙を滲ませ、大量の血と吐瀉物を吐き出す。
「ゴオォォール!」
黒田はストライカーを気取り、軽やかにステップを踏む。
「ひ・・・ひろちゃん・・・」
千尋が震える声で呼びかける。
「だ、大丈夫だ・・・まだ、生きてる・・・」
無理に笑顔を作り、五十嵐は千尋に目を向ける。すると、千尋の内腿に青痣と、うっすらとした血の跡を見つけた。
五十嵐は目を剥く。
「千尋・・・・・・」
五十嵐の目線に気づいた千尋は五十嵐から目を逸らし、つぶやいた。
「・・・ひろちゃん・・・ごめん・・・」
「きさま!黒田ぁ!!」
五十嵐が目を血走らせ吠える。
五十嵐は腹ばいのまま、両肘で黒田の足元まで這いずり、顔を上げ睨みつける。
「なんだ五十嵐?また蹴って欲しいのか?」
ニヤついた黒田が右足を大きく後ろに引き上げる。
「やめて!」
突然、五十嵐のジャケットからコロボが走り出て、五十嵐の顔の前で止まる。
「あゆむ!」
五十嵐が思わず叫ぶ。
「はぁ?なんだこのオモチャ?」
黒田がウンコ座りをし、コロボをしげしげと眺める。
「もうわるいことしないで!」
「はぁ?」
「アニキさんと、ちひろさんをかえして!」
コロボが五十嵐の顔の前で両手を広げ叫ぶ。
一瞬の間が空き、黒田と益田らは、腹を抱えて笑いだした。
「ぎゃははは!」
「五十嵐ぃ・・・おめぇ、こんなオモチャで・・・」
コロボはじっと黒田の顔を見上げている。
ひとしきり笑った黒田は立ち上がると、コロボの前で大きく右足を引いた。
「やめてっ!」
「やめろ!」
五十嵐と千尋が絶叫する。
黒田は五十嵐を一瞥するとニヤリと笑い、右足で勢い良くコロボを蹴り上げた。
「ああっ!」
歩が悲鳴を上げる。歩の視界がぐるぐる回り、天井が迫る。
コロボは3メートルほど宙を舞い、弧を描いて10メートルほど先のコンクリに激しく激突した。破片が飛び散り、コロボが転げる乾いた音が庫内に響く。
落下地点まで、捥げた手や胴体の欠片が点々と散らばる。
「あゆむ君!」
千尋が髪を振り乱し叫ぶ。
「きさま・・・なんてことを・・・」
五十嵐は黒田を睨みつける。
その時、コロボがふらふらと起き上がり、壁に何かの投影を始めた。
コロボは左脚と左腕が捥げ映像は斜めに傾いている。
「このひと、こんなわるいひと・・・」
歩の声だ。
壁に写し出されたのは、どこかの監視カメラの映像だ。
青信号の横断歩道を多くの人が行き来している。斜め上の背後からのアングルだ。
母親と小さな男の子が渡ろうとしているが、男の子が目の前の何かに気を引かれ、母親の手を離し小走りに飛び出す。
そこに、セダンが猛スピードで突っ込み、一瞬で男の子を撥ね上げた。
横断歩道に迫り来る運転席には、居眠りする黒田がはっきりと写っていた。
撥ねられたのは、2年前の歩だ。
走り去る車は写っていないが、歩むに覆いかぶさる南波の姿も写っている。
歩は、倉庫の監視カメラに移った黒田の顔と飛び交う電波を照合し、この映像を探し当てたのだ。
途端に黒田が狼狽し、唾を飛ばし叫ぶ。
「な・・・」
「なんだ?これはぁ!?」
コロボが両目から光を発しながら、黒田の方に向き直る。
「わるいやつ・・・ぼくをね・・・ぼくをね・・・」
「うぅ・・・ぐすっ・・・」
歩は目の前の男が自分を轢いたと知り、声にならなかった。
「これで、終いだな黒田・・・いいザマだ・・・」
五十嵐が黒田に言い放ち、血の混ざった唾を吐く。
「うるせぇ!」
激昂した黒田は、咄嗟にボウガンの狙いをコロボに合わせる。
「きさま!よせっ!」
五十嵐が叫ぶ。
コロボが傾いたままゆっくりと五十嵐のほうを向き、途切れ途切れに呟く。
「・・・アニキさ・・・ん・・・ちひろ・・・さんと・・・あかちゃん・・・まもっ・・・」
「バーン!」
黒田は口で言いながら、同時に引き金を引いた。
シュン!と空気を裂いたボウガンの矢がコロボの頭を撃ち抜く。
「ああっ!」
瞬間、歩が叫んだ。
頭を射抜かれたコロボはパチパチと火花を散らしながら転がり、目のライトはゆっくり消え瞼を閉じると、それ以降一言も発しなくなった。
「きさま、黒田ぁ・・・!」
五十嵐の奥歯が音を立てて軋む。
千尋は顔を伏せ、肩を震わせて嗚咽を漏らす。
黒田は五十嵐に向き直ると、ボウガンの照準を五十嵐の頭に合わせた。
「終いは、てめぇだ!五十嵐」
一言ニヤリと吐き捨て黒田が引き金に指をかける。
「やめて!殺さないでぇ!」
千尋が涙声で叫ぶ。
「バー・・・」
黒田が指に力を入れたその時、倉庫正面の大きな扉が派手に開いた。
暗闇にいきなり外光が入り、皆一瞬目が眩む。
逆光で顔は見えないが、スーツの男が数人ゆっくりとした足取りで歩いてくる。
ようやく顔を確認した黒田が名前を呼んだ。
「わ、若松さん・・・」




